46話 戦いの終わり
小さくなっていくアーネウスたちを横目で見送った俺は、中年の冒険者たちへお礼を言う。
「ありがとうございました」
「いいもの見せてもらったぜ!」
「そうですか? 皆さんの目から見れば寸劇みたいなものでしょう」
「いやいや、こんな可愛いお嬢ちゃんのために命はったんだ。胸を張れ!」
中年の冒険者の一人が、にかっと笑って、俺の背中を叩いた。
背中を力強く叩かれた俺はけほけほとむせた。
リリアーヌは俺を心配そうに見ている。
「セリーナ姫は?」
俺はリリアーヌと同じように生贄になれと国王に命じられた姫を探す。
「こちらにいますよ」
ノーラがペガサスと一緒にセリーナ姫を連れてくる。
顔色は悪そうに見えるものの、しっかりとした足どりで歩いてきた。
「よくご無事で」
「助けていただき、ありがとうございました。レスターク男爵」
第三王妃譲りの美しい容姿。
たしかリリアーヌよりも二つ三つ上だったと思う。
父親である国王に生贄になれと言われてさぞかし心が傷んだことだろう。
王族は国のために政略結婚などがあるが、それと比べ物にならないほどの悲惨な話だ。
「私だけではありません。隣にいるノーラや彼ら、双頭の水竜と戦っている冒険者の皆さんのおかげです。お礼は彼ら彼女らにお願いします」
今回の作戦の指揮を努めているヘルミーネの名前も伝える。
「皆さま。助けていただき、本当にありがとうございました」
セリーナ姫はノーラたちに丁寧にお礼を述べた。
「いえ! 私たちは、その」
「俺たちはあれだ、双頭の水竜を倒しにきただけだ。……そんなお礼を言われるほどのことはしてねえと思うけどな」
ノーラも中年の冒険者たちも王族との交流には慣れていないのだろう。
やや緊張気味で答えている。
中年の冒険者の話で俺ははっとする。双頭の水竜はどうなったのだろうか。
アーネウスへの怒りで忘れかけていた。
「戻りますか?」
俺が中年の冒険者たちに聞くと、ヘルミーネの指示で護衛を頼まれたという。
「お前さんの手伝いとお嬢ちゃんと姫さんの護衛をしろと言われてここまで来た」
「実際はぎゃあぎゃあ騒いだだけだったけどな」
「ノーラは後方支援だから、前衛一人じゃ大変だろ。何かあったとき援護はあったほうがいい。それに向こうは魔法主体の流れに変わっているからな」
そうは言っても彼らは冒険者として貴重な戦力には違いない。
俺やリリアーヌ、セリーナ姫のために人員をさいてくれたヘルミーネに感謝した。
「ならここはお任せしてもいいですか。俺は戻ります。そういう話なので」
「お兄さま……」
それを聞いたリリアーヌが不安そうに俺の名前を呼ぶ。
「この人たちが守ってくれるから大丈夫だ。必ず戻ってくる」
俺は安心させるために柔らかく笑って、ぽんと手をリリアーヌの頭に乗せる。
俺の言葉を信用できないわけではないだろうが、また離れ離れになることが嫌で不安なのだろう。
リリアーヌの不安そうな表情は晴れなかった。
その気持ちは俺にもある。だけれど双頭の水竜を倒さない限り、リリアーヌを助け出したことにはならない。
「ノーラ、行こう」
決着をつけに行かねば、と俺が気を引き締めて言うと、ノーラは船を指した。
「私も行った方がいいと思うのですが、今あれに近づくのは危険だと思います」
「?」
俺は振り向き、目を見開いた。
ヘルミーネが乗っているだろう船の位置に、灼熱の炎をまとった巨大な塊があった。
そしてその巨大な塊は、急な上り坂を駆け上がるように双頭の水竜へと真っ直ぐに飛んでいき炸裂した。
その瞬間、爆風と熱風と海水が入り混じったものが疾風のように四方へと飛び広がった。
「地べたに伏せろ!」
「セリーナ姫こちらへ!」
中年の冒険者たちは瞬く間に状況を判断し、ノーラとセリーナ姫を掴んで地べたに這わせる。
ノーラとセリーナ姫はお互いの服を掴んだ。
「お兄さま!」
「リリアーヌ、俺につかまれ!」
俺は無我夢中でリリアーヌを抱きしめた。
双頭の水竜に背中を向けるように、リリアーヌをかばうようにしたとき、どん、となにかにぶつかって押し出しされるような感覚があり――。
リリアーヌを抱きしめた俺の体は、神殿の時と同じように爆風で吹き飛んだ。
「――つ!」
風に流される樽のようにリリアーヌを抱きしめた俺の体は転がり続け、何かの壁にどんとぶつかって止まった。
行き場をなくした爆風と熱風が木窓や家の壁を暴力的に叩き続ける音が耳に入って、恐怖を植えつける。
全身受け身となっている俺の服もリリアーヌの服も激しくはためいていて、熱風で皮膚が火傷しそうなほどに熱い。
とにかくリリアーヌだけは守らないと、と俺は目をつぶってリリアーヌをぎゅっと抱きしめ続け、ひたすら耐え忍んだ。
やがて嵐が去ったように爆風と熱風は消えた。
「……」
ゆっくりと瞼を開けると、そこは噴水広場だった。
地面には木窓の破片、噴水の中心に立てられた彫刻だと思われる砕けた石材、砕けた煉瓦屋根などが転がっている。
辺りはしんとしていて静かだった。
双頭の水竜との戦いが嘘だったかのように静まり返っていて、その静けさが逆に怖かった。
お兄さま、とか細い声でリリアーヌが俺を呼ぶ。
「リリアーヌ、大丈夫か?」
「ちょっと苦しいです。お兄さま」
「ああ。ごめん」
必死だった俺はまた力加減が強かったようで緩める。
「お兄さまも、大丈夫ですか……?」
「ああ。顔が少し熱いけど、まあ大丈夫だ」
「皆さまは?」
リリアーヌに聞かれて、俺は恐る恐るあたりを見まわした。
誰もいない。
さっきまで一緒にいたノーラやセリーナ姫、中年の冒険者たちの姿が見当たらない。
「ノーラ? セリーナ姫!」
俺はリリアーヌを抱きしめたまま叫んでみたが、声が返ってこない。
まさか、と最悪の想像をしてしまった。
俺とリリアーヌはゆっくりと立ち上がり、服に着いた汚れをはたき落とす。
「皆さま、どこにいらっしゃるのでしょう?」
俺が呼びかけても返事が返ってこなかったことに、リリアーヌはひどく心配している。
俺よりも頭一つ分以上背が低いリリアーヌは両手を組んで、首を伸ばすようにして見まわす。
「リリアーヌ、足は大丈夫か?」
「はい。お兄さまが守ってくださいましたから、大丈夫です」
「とりあえず、その辺りを歩いてみよう」
「はい」
俺はリリアーヌと手をつないで、嵐の過ぎ去った噴水広場をぐるりと回るように歩く。
リリアーヌの歩調に合わせ、地面に転がっている色々な物の破片で転ばないように気をつける。
「!」
リリアーヌのあっという小さな声と、俺が何かを見つけたのは同時。
噴水広場から住宅街へ行ける街路で、ノーラとセリーナ姫だとわかる服が見えた。
二人をかばうように中年の冒険者たちが覆いかぶさっている。
「大丈夫か!?」
俺が声をかけると、中年の冒険者たちがゆっくりと体を起こす。
「ああ……いてえ」
「顔があちい」
「俺は腰がいてえ」
中年の冒険者たちはそれぞれぼやく。
ノーラとセリーナ姫も恐る恐るといった感じで起き上がった。
「セリーナ姫、大丈夫ですか?」
「はい」
「ノーラは?」
「私も大丈夫です。あ、ペガサスは!?」
ノーラがペガサスを呼ぶと、住宅街の奥からペガサスが駆けてくる。
翼を羽ばたかせ、ゆっくりと地面に降りた。
純白の翼や胴体など所々土汚れているが、大きな怪我は見当たらない。
無事の確認ができたノーラはよかったと安堵する。
「お兄さま! 翼の生えた白馬ですわ!」
「ペガサスだよ」
「本物ですか!?」
ノーラに翼や胴体の土汚れを払ってもらっているペガサスを見て、リリアーヌは目を輝かせる。
「しっかし、凄かったな」
「隣町まで飛ばされたらどうしようかと思ったぜ」
中年の冒険者たちはお互いに生きていることを確認し、笑いあう。
冗談のように聞こえるが、あの嵐の凄まじさを体験すると冗談として笑えない。
飛ばされた距離が少しでよかったと思った。
「兄ちゃん、見に行ったか?」
「まだです。呼んでもみんなの返事が返ってこなかったので、探す方を優先していました」
問われたのが双頭の水竜と戦っているヘルミーネやジェシカロロシーを指していることはわかった。
「じゃあ、行くか」
中年の冒険者たちを先頭に、神殿の正門の方へと歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
真っ黒に焼け焦げた巨体が神殿の方へと倒れこんでいた。
それが双頭の水竜だと理解するのに数秒かかった。
海上からでている胴体も首も頭頂部も真っ黒に染まり、そこから黒い煙が猛煙と空へと向かって立ちのぼる。
俺が国王から宣告を受けた神殿は巨体によって押し潰れていた。
「……」
俺とリリアーヌは揃って呆然とした。
あまりにも衝撃的な光景に、俺もリリアーヌも口が半開きで言葉が出ない。
さらに驚愕したのは双頭の水竜の周辺が凍っていたことだった。
あの巨大な炎の塊を放った後に、誰かが双頭の水竜が海に沈まないように氷漬けにしたのだと悟った。
あの巨大な炎はたぶんジェシカロロシーじゃないだろうか。あれだけの大きさなら魔力を出し切っているに違ない。
もしそうだったら、あの氷漬けはいったい誰が。ヘルミーネだろうか。
俺は自分の身とリリアーヌを守ることで手一杯だった。
だからなにがどうなったのかわからず、沈黙するばかりだ。
ノーラやセリーナ姫、中年の冒険者たちも反応は俺と似たりよったりで、まじまじと見ている。
これが水竜との戦いの終わりだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話 8月20日投稿予定です。




