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44話  アレクシスVS.アーネウス ①

 両親を亡くしたのはリリアーヌがまだ十歳の時。

 リリアーヌは涙が枯れるまで泣いた。幼いながらにも両親を亡くした意味を理解していた。

 泣いて疲れ果てては眠って、目が覚めればもういない両親を思い出して泣いてを何日も繰り返す。

 ようやく落ちついたのは数カ月経ってからだ。

 去年の誕生日には白い兎のぬいぐるみを贈った。今年は化粧箱と記念にと画家に肖像画を依頼した。

 笑顔、驚いた顔、緊張した面持ち、いろいろな表情を見せてくれた。


 ――絶対に助ける。迎えに行く。


 やっとここまできたという思いでいると、ペガサスの進行方向に目的の人物を見つけた。

 灰色の雲がとぎれとぎれに流れている空の下、神殿の正門から王都の噴水広場まで続く道を走る男女数名の姿。

 儀式が始まる数時間前には王都の民が集まっていただろう場所だが、今は閑散としている。

 馬車二台分ほどの道幅で、貴族とわかる身なりの良い男が少女たちを連れていた。


 まだ距離があって目を細めないと背格好がはっきりとわからない。それでも俺には誰なのかは見当がつく。

 見つけた瞬間に怒りがこみ上げた。


「ア――ネウスっ!」


 今まで溜まった怒りの分も込めて、俺は大声で叫ぶ。


「だ、誰だ⁉」


 目的の人物はびくりと肩を跳ね上げ、きょろきょろし始める。


「俺だ――!」


 ペガサスの背に乗っている俺は眉を吊り上げ、ここだと叫ぶ。


「ア、アレクシス⁉」


 立ち止まって空を見上げ、ペガサスの背に乗って猪突猛進で向かってくる俺に、アーネウスの頬が引きつる。


「お兄さま……!」

「リリアーヌ!」


 リリアーヌは瞳を潤ませ、絶望の中に希望の光を見たような表情をした。リリアーヌの隣には第六王女セリーナ姫もいた。

 俺は久しぶりに見た家族に嬉しさがこみ上げる。

 はやる気持ちを抑えて、アーネウスと数メートルの距離でペガサスから降りた。


 お兄さま、と走りだそうとしたリリアーヌを、アーネウスはリリアーヌの白くて細い手首を掴んで止めた。

 リリアーヌから嫌、痛いと悲鳴に近い声があがる。


「その手を離してリリアーヌから離れろ。触ったら殴ると言ったはずだぞ」


 リリアーヌの行動を止めたことに腹が立った俺は、刺すような視線をアーネウスに向ける。

 俺の声は今までの仕打ちへの怒りも孕んでいて、地を這うように低い。

 こんな姿リリアーヌに見せたことなど一度だってない。だからだろう、リリアーヌの一瞬怯えた姿が目に入る。


「い、嫌だ! リリアーヌは、わ、私が連れて行くのだ!」


 アーネウスも怯えたようだが、この機会を失いたくない気持ちのほうが勝ったようでリリアーヌの手首を離さない。

 聞き分けのない子供のように反発した。


「どこへ?」

「安全な場所に決まっている!」

「リリアーヌの一番安全な場所は俺の家だ。場所を言え」


 どうせ自宅だろう。逃げないように半ば監禁する状況にでもするのだろう。

 アーネウスへの怒りがさらに増して、俺のこめかみに血管が浮きそうになる。


「う、うるさい! お、お前が、頷かないから、こうなったのだ!」

 

 こうなったとは。

 こいつに捕まって洞窟内に閉じ込められたときから気になっていた。

 さっきの洞窟内で聞いた会話も気になる。

 ――もしかして俺は何かの企みにはめられたのだろうか? だとしても、王族や上級貴族から恨みを買うようなことなど心当たりがない。リリアーヌとの婚約を許さなかったことで、アーネウスに一方的に恨まれること以外は。


 視線を固定したままでいる俺を、上から下まで観察したアーネウスは笑った。


「ふん、その姿で何ができる? 全身びしょ濡れではないか!」

「そうだな。全身びしょ濡れだ。だが、こんな姿でもお前を殴るくらいの力は残っている」


 余裕のある笑みを向けてきたアーネウスに、俺は感情をあらわにしたまま言い返した。

 アーネウスの後ろにいる男二人が反応して、剣帯に手をかける。

 彼らはおそらくアーネウスの父親が用意した護衛だろう。

 アーネウスは騎士団を辞めてしばらく経っているので、普段から稽古などしていなければ俺の敵じゃない。

 対してこちらは俺とノーラとペガサスだ。そしてノーラは治療師だ。後方支援なので、実質的には俺一人でアーネウスと護衛二人を相手にするかたちとなる。

 ちょっと厳しい状況だ。


「この場で俺から逃げられると思うなよ。俺の許可をもらうにせよ、奪ってリリアーヌを手に入れるにせよ、俺はお前の障害物だ」


 アーネウスを焚きつけるために俺は続ける。


「お前なんか父親の七光りで権力を振りかざして、裕福な生活を送っているだけのだめ息子だろう? 父親が失脚でもしたら、おろおろすることしかできない姿しか浮かばない」

「そ、そんなことはない!」


 アーネウスは聞き捨てならない、と眉を吊り上げる。


「どうだか。俺以上に経済力と包容力と優しさがないやつにしかリリアーヌは渡さないし、渡せない。そんなにリリアーヌを娶りたいなら、その覚悟を俺に見せてみろ」


 この勝負で誓うのは、リリアーヌの救済と未来への幸せ。

 両親を亡くした今、俺の唯一の家族はリリアーヌだけだ。

 深い愛情で、ずっとそばで成長を見守ってきた。

 それはこれからも変わらない。

 俺はアーネウスを見据える。


「――剣を抜いて前に出てこい」


 俺は低い声そのままに、アーネウスに一対一の勝負を売った。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話 明日投稿予定です。


※8月16日加筆しました。

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