43話 気になる会話
毒瓶は双頭の水竜の口の中に吸い込まれるように入っていった。
俺は遂行でできたことに歓喜する。
しばらくすると、双頭の水竜が苦悶し始めた。
「うわっ!」
水竜の頭部だけではなく、胴体も大きくうねるように動く。
それは頭の脳が揺さぶられるほどの大きな揺れ。
俺は振り落とされないように必死にしがみつくが――指がすべって鱗から離れてしまった。
「!」
放り出されるように俺の体が宙に浮いた。それから真っ逆さまに海へ落ちた。
氷の塊で冷えた水しぶきが顔に当たり、次いで口の中に入り喉を通る。
気管支に入ってしまったたようで盛大にむせる。
「アレクシスさん!」
遠くで俺の名前を呼ぶノーラの声が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇
「――クシスさん、アレクシスさん!」
けほけほと口から海水を吐き出し、呼び声で俺は意識を取り戻した。
「ノーラ……?」
瞼を開け、薄暗い世界から聞こえてきたのはノーラの声。声からして必死に俺を何度も呼びかけていたことがわかる。
「よかったです! このまま目が覚めないんじゃないかと思いました!」
涙声にも聞こえるノーラの声。
瞬き繰り返すとぼやけた視界がはっきりしていく。
頭皮が空気に触れて冷やりとする。ノーラが兜をとってくれたようだ。
そして口の中に残っている海水と全身びしょ濡れであることが味覚と肌から伝わってきて、より意識がはっきりとしてきた。
鼻腔からは潮の匂いが通り、前にも似たような場所にいたな、と既視感が後からやってきた。
「ここは……?」
「わかりません。ヘルミーネさんたちがいる船まで運ぶのは無理だったので、たまたま目に入ったこの洞窟に……」
ノーラの話によると、双頭の水竜に振り落とされた俺は氷の塊に当たってそれから海へ落ちた。
必死に腕を突きだすように出した、俺のその手首をノーラが掴んでここまで運んでくれた。
俺は双頭の水竜から振り落とされて海に落ちたところまでは思い出せた。
その後は……海水が冷たくて、灰銀色の甲冑が重たくて、体が少しずつ沈んでいく感覚があった。
死にたくなくて必死にもがいていた。
とうとう口の中の空気がなくなり、リリアーヌと過ごした日々が笑顔が走馬灯のように流れて――そこからの記憶はない。
「海水が鎧の中まで入っていてすごく重たくて。引き上げたとき、鎧の中から滝のように海水がでてきました。私の力じゃペガサスの背まで引き上げるのも無理だったので……」
ノーラは己の非力さに肩を落とした。声がだんだんと小さくなっていく。
「助けてくれただけで十分だ。ありがとう」
俺は体を起こして、心からの感謝を伝えた。
それが伝わったようで、ノーラは微かに笑った。
ノーラに手伝ってもらい灰銀色の甲冑を外し、彼女の回復魔法で外傷を治してもらいつつ、俺は洞窟内を見まわした。
アーネウスのおかげで暗い場所には慣れた。いまさら驚きも慌てふためくこともないが、いい思い出ではない。
頭の片隅に追いやると、大腿から伝わる感触から地面が平たいことに気づく。
自然にできた場所なら地面はむき出しのはずだから凸凹があっておかしくないのに、地面はならされている。
「手提灯なんてないよな?」
俺は自分の体からノーラへ顔を向けて問う。
「すみません。持っていません」
ノーラはゆるく首を振った。
ここがどこなのかはっきりさせるには灯りで調べるのが一番いい。
しかし俺とノーラは瓶と防具、武器という最低限の物しか身に着けていなかった。
こういう状況を想定していなかったので仕方ない。
「いや、いいんだ」
頼れるのは洞窟の入り口から差し込む光だけ。
洞窟の入り口は広くて高く、あの双頭の水竜も潜りながらなら入り込めるのではと思ってしまうほど。
高さがあるので差し込む光の角度も広さもあり、俺とノーラがいる場所の先まで光が当たっている。
けれどもこの洞窟はもっと奥まで続いている。
「ノーラは視力っていいほうか?」
「悪くはないと思いますが……」
「あの先の地面とか壁とか見えるか?」
「すみません。さすがに暗すぎて……。アレクシスさんは、ここは知らない場所ですか?」
ノーラに見当がつきませんかと逆に聞かれた俺は、軽くつくった拳を口に当てる。
「王都に地下水路があるのは知っているが、こんな幅もあって高さもある洞窟は聞いたことがない。もしかしたら神殿の敷地内かもしれない。関係者以外立ち入り禁止の場所って多いんだよな」
「ここから地上に出られないでしょうか?」
「行ってみないとわからないな。もしそうだったら、リリアーヌを助けるにも神殿の近くに出られたほうがいい」
気になるならやはり歩いて確かめるしかない。
俺とノーラは相談して、無理しない場所まで歩いてみようと決めた。
俺、ノーラ、ペガサスの順で、できるだけ足音をたてないよう進む。
やがて洞窟の入り口から差し込む光の範囲から抜けて、暗い洞窟内へと変わる。
「!」
つま先が硬い何かに当たった。
光が差し込まないので、はっきりとした輪郭はわからない。
恐る恐る手でその硬い何かに触れてみる。
感触は金属製の棒、柵だと思った。それが地面まで刺さっていて、行き止まりになっているようだ。
金属製の柵は思っていた以上にしっかりとしている。
ここは海風が入ってくる。だから潮の影響で鉄は時間をかけてさびていくはず。真新しい感触はしないが、朽ち果てそうな古さもない。定期的に管理されていると感じた。
俺の後ろにノーラは不安そうで、俺の様子を見ている。
俺はノーラに金属製の柵であることを伝えた。
「開けられそうですか?」
「いや、たぶん無理だ。この手の物は操作できる器具が近くにあるはずだ。近くにあると思うんだが……」
俺は岩壁に食い込むように突出している棒を想像してノーラに伝えた。
ノーラはうーん、と声を漏らした。ノーラも暗さでわからないようだ。
「一度入口に戻って――」
「しっ」
不意に気配を感じた俺は柵の先を見たまま、人差し指を立てた。
ノーラは慌て両手で自分の口を塞ぐ。
俺とノーラは体を洞窟の岩肌にぴったりとくっつけて気配を殺して聞き耳をたてる。
ペガサスはノーラの数歩後ろへと下がった。
しばらくすると人の声が聞こえてきた。
「――連れてこれらないのか?」
「申し訳ございません。地上で陛下と若い男がもめているようでして……」
「なにをもめている?」
「生贄に選んだ娘を引き取るとかどうとか言っているようでして……」
声は二人分。
交わされた内容からして、リリアーヌを連想させる。
「騎士たちは何をしている?」
その若造を追いはらえと言いたげな苛立ちが声色からわかる。
「民の誘導と水竜に群がる冒険者たちを追い返すために戦っております」
忌々しいと吐き捨てる声が俺の耳に届く。
「生贄がこなければここでの儀式ができないではないか! 早く連れてこい! 水竜が海をかき回してくれるおかげで我が国は一番なのだぞ。このままでは次の百年までもたぬ」
「それはわかっております」
会話からして上下関係がはっきりとしている。
部下のように下手に出ているほうは、相手の損ねた機嫌を回復させようと何度も謝罪の言葉を口にする。
今は氷の大地が崩壊してそれどころじゃない。この二人は地上の状況を知らないようだ。
とすると神殿長ではない誰かということだが、俺は神殿とあまり関りがないので、声だけでは誰なのかわかない。
会話が途切れ沈黙が流れた。そして二人分の足音が遠ざかっていく。
俺とノーラに気づくことなく立ち去ってくれたようだ。
「神殿の方でしょうか……?」
ノーラが小声で聞いてくる。
「たぶんそうだと思うが」
自信がなくて中途半端な返事になった。
「戻ろう」
「はい」
行き止まりとわかったなら、これ以上の長居は無用だ。
居合わせた時間は短いが、十分気になる会話だった。
◇◇◇◇◇◇
洞窟の入り口からは、どんどんと空気を震わせるほどの爆発音が連続的に聞こえる。
ペガサスの背に乗って洞窟を出ると、海上一面に火炎球が飛んでは炸裂していた。
その標的はもちろん双頭の水竜だ。ここからでは背しか見えない。
まだ毒の効果が続いているようで苦悶するようなうねる動きをしながら、何度も獣のように吠える。
火炎球は容赦なく水竜に当たって炸裂している。
距離があるので火花は俺やノーラの場所まで届かないが、爆発音と熱風は凄まじい。
目隠しをされて神殿で宣告を受けたときの爆風を思い出させる。
「アレクシスさん。ここから船に戻るのは少し危ないと思います」
「ああ。俺もそう思う」
「リリアーヌさんを助けに行きましょう。ヘルミーネさんから託された作戦は終わりましたし、魔法が中心となっては私たちができることはあまりないと思います」
ノーラの意見に俺はうなずく。
むこうは向こうで大変だと思うが、さっきの二人の会話が気になって仕方がない。
無視できない胸騒ぎを感じる。
「そうだな。さっきの会話気にが気になる」
「はい」
ノーラが次の目的地をペガサスに伝える。
理解したペガサスは神殿の方角へと駆けた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話 明日投稿予定です。




