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42話  アレクシスと冒険者たちvs.水竜③  

 氷の塊によって真冬のように冷えた海の上を疾駆するペガサス。

 大地を踏みしめるように脚を動かし、この戦いにまだまだ勇ましく挑む頼もしさを見せてくれる。

 向かう先は船団。

 その途中で俺とノーラのもらした声が重なった。


「あっ……!」


 同じ場所に目が移ったのも同時。

 船団の周りにある、なんとか形を保っていた氷の大地を突き破って海の王者は現れた。

 船団の目の前で双頭の水竜の咆哮が響き渡る。


「みなさん!」


 ペガサスの背に乗っているノーラは思わず叫んだ。


 翼をもつ白馬にとって大小の氷の塊は障害にはならないが、そびえたつように存在を主張する青い鱗に覆われた巨体が阻む。

 翼を羽ばたかせ、高度を少しずつ上げながら、双頭の水竜を大きく迂回するように俺たちを乗せたペガサスはその横を通り過ぎる。

 俺はペガサスの背から、雪の結晶のようにぱらぱらと落ちていく氷の破片の中で、双頭の水竜の鋭い眼光が船団を捉えている姿に戦慄した。



「うわ! でてきたぞ!」

「大きく舵をきってください! 早く!」

「死にたくなけりゃ捕まれ!」


 船団のほうへ目を向ければ、揺れ動く甲板から大声で指示をだす指揮官のヘルミーネの声と、冒険者たちの声が飛び交っていた。


 双頭の水竜が潜ったときに波紋のように広がった荒波は、船団のほうまで届いていて揺れていた。その波が凶暴さを加えたように大きくうねり、船を大きく揺らしている。

 海に放り出されないよう、帆柱や船縁に必死にしがみついている魔法使いたち。

 甲板に這いつくばりながら、ヘルミーネの指示に従って移動する前衛にいた冒険者たち。

 水しぶきが船の側壁をこえて甲板や、慌ただしく動く彼ら彼女たちを濡らした。

 帆柱の途中にある見張り台では角笛と旗で情報を飛ばしあうなど、誰が見ても危機的状況に追い込まれたとわかる。


 いつ炎を吐き船が焼かれても、大きな口で船をかみ砕かれてもおかしくない。

 戦場だった氷の大地がない今、船は冒険者たちの逃げ場であり、戦場の足場と変わっている。

 転覆してしまったら、神殿がある断崖沿いまで泳いでいくしかないが、鎧をきた冒険者たちがそこまで泳いでいけるわけがない。

 状況は最悪の展開へと転がった。


「ペガサス、水竜の周りを旋回してくれ!」


 何もせずにいたら船が沈没してしまう。

 俺はペガサスに指示を出す。

 ペガサスがハエのように周りをうろちょろすると、双頭の水竜の片割れが威嚇してきた。

俺たちのほうへ気が向いているが、それだけではこの危機を脱することはできない。

 心臓が縮みそうになるのを耐え、俺は決心する。


「ペガサス。水竜の頭上まで行ってくれ。俺は降りてあれを口の中に入れてくる」

「危険です!」


 俺の後ろから反射的といった感じでノーラが声を上げた。俺が戦闘狂のような手練れの冒険者だったら反対はしなかっただろう。


「今、選択できる状況じゃないないだろう」


 当初の予定ではペガサスの背に乗った状態で双頭の水竜の口元に近づき、毒瓶を投げ込むだった。


「でも……!」

「この毒瓶に予備はない。確実に成功させるには口元まで持って行くのが一番いい」


 俺は腹に力を入れて、自分にも言い聞かせるように言う。

 こんな選択好きでしているわけじゃない。俺の目的は生贄に選ばれてしまったリリアーヌを助けること。その過程で海の王者を倒さなければならないというだけで、決してジェシカロロシーのように武勇伝を作りたいわけではないし、戦闘狂のように強者に戦いを挑みたいわけではない。

 俺は上半身をひねり、ノーラに手を出す。

 説得させる言い方だったが、俺の気持ちは固まっていたので決定事項だ。


「もし俺が落ちたら救い上げてくれ」


 苦笑いにも似た表情で俺は言う。


「――わかりました」


 苦い表情をしながらもノーラはうなずいて、毒瓶を俺の手に乗せた。

 俺は落とさないように毒瓶を服の中にしまう。




 ペガサスは旋回しながら戦闘狂が斧で片目を潰したほうの水竜の頭上へと近づいていき――俺は双頭の水竜の頭上へと飛び降りた。

 戦闘狂と同じように青い鱗にしがみつく。

 水竜の鱗は魚の鱗のような形をしている。すべてが皮膚に張りついているわけではなく一部が重なりあっている。

 見た目は粗く削った岩のような表面をしているが、水中で生活しているからだろう、皮膚からつるりとした感触がかえってくる。

 ペガサスから戦闘狂を見ていたときは、すいすいとほふく前進して水竜の顔まで移動していたように見えたが、実際は岩と岩の隙間に指を挟み込むような感じで少しずつ移動するので、手が滑らないように指先に神経を集中する必要があった。


 ここまで命を張った行動なんて、子供時代までさかのぼってもそんな記憶はい。

 緊張と失敗は許されないという重圧に耐えながら、俺はほふく前進を続けて水竜の頭頂部から瞼の近くまでたどり着いた。

 ふと顔を少し動かせば、下には青い海が広がっている。

 うわ、と思わす声が出てしまうほどの高さだ。

 あまりの高さに俺の心臓が飛び跳ねた。

 反射的に顔を違う方へ向ければ、白亜の王城の尖塔が見えた。

 俺の目と尖塔の屋根が同じくらいだ。

 あそこにリリアーヌが閉じ込められていた。

 そして今は神殿のどこかにいる。

 俺にはリリアーヌを助けに行くという使命がある。

 相手が伝説級の生き物であろうが、こんなところでてつまずいてはいられない。

 俺の人生の優先順位はいつだって一番はリリアーヌだ。


 ふうと息を吐き、少しずつ口元のほうへと移動する。

 指先を鉤のように曲げて力を入れ、つるりとした鱗と鱗の隙間にしがみつく。

 水竜の大きな片目にはまだ戦闘狂が持っていた戦斧が目に刺さっている。痛みで半分以上目を閉じている状態だ。

 痛みのほうが勝っているのか、俺が移動していても気づく気配がない。


 ――もしかして、逆に近すぎて投げ込めないなんてことないよな。

 ふとよぎった不安が俺を動揺させた。

 もうここまできたんだ。もう引き返せない。

 俺は不安を助長させないために、心を無にする。

 さらに下へ移動していると、ふと視線を感じて首をひねった。


「!」


 片割れの水竜が俺を見ていた。

 戦闘狂が潰した目は内側だから、俺は片割れの水竜に背を向けている状態だ。

 ひとつ目がつぶれても双頭だから残りの三つ目で補助すればいいのだ。

 ヘルミーネから託された作戦を遂行しなければという使命感でいっぱいで、頭の端でそれはなんとなくわかっていたことが今になって現実味を帯びて背中に戦慄が走る。

 距離があるのでわからないが、きっと皮膚を引きつらせた必死な俺の顔が映っているだろう。


 水竜がどれほどの知能があるのかわからないが、俺をどうしようかと考えているように見えた。

 それが数分なのか、十分だったのか。

 時間の感覚なんてすでになくなっている俺には長く感じた。

 恐怖と重圧に影響されてか、俺の呼吸が浅く頻回になる。

 ――水竜の片割れは俺をつぶすために食ってかかるだろうか。

 それは鱗にしがみついている俺ごと自分の顔にかぶりつくことになるが。

 水竜の突き刺さるような視線に、俺の体が固くなって動けなくなってしまった。

 まずい。動け、動け。

 言い聞かせても俺の体は指先ひとつ動かない。

 言うことを聞かない自分の体に焦燥する。

 服の中には託された毒瓶がある。心臓の鼓動でガラス瓶の感触が気になり始めた――その時。


「!」


 水竜に向かって火矢が飛んできた。

 船団の甲板に弓を得意とする冒険者たちが一列に並び、片割れの水竜に向かって火矢を放つ。

 片割れの水竜の顔が俺から船団へと移り――口から火を吐いた。

 それを遮るように魔法使いたちが一斉に水球を次々と放つ。

 衝突した瞬間、火が蒸発していく。数でものを言わせた作戦は成功したが、無傷とはいかなかった。

 ヘルミーネが乗っている本船の横へ停船している船の帆に火がつき、すぐに消火活動へと切り替わる。

 だからといって手を緩めたりはしない。

 火矢が再度放たれた。

 殺傷力はないとヘルミーネもわかっている。きっと俺から注意をそらすために放っているのだ。


 ――今が好機だ。きっとこれが最後だ。


 俺は意を決し、口元までおりた。

 戦闘狂が歯肉に短剣を刺したことで口が開いている。

 服の中から毒瓶を取り出し、歯でコルク栓を抜く。

 毒に触れたら俺もただでは済まないので慎重に抜いた。

 そして毒瓶を持った自分の腕ごと、一本の槍だと想像し。


 ――入れ!


 心の中で叫び、俺は思いっきり腕を振った。


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