41話 アレクシスと冒険者たちvs.水竜②
双頭の水竜の機嫌は悪かった。
それを示すように低くて唸るような声が俺の耳に入る。
俺とノーラを乗せたペガサスは注意を引くために、早くも遅くもない速度で双頭の水竜の目の前を通り過ぎた。
思惑通り、双頭の水竜の四つの目が船から白馬へと移る。
胴体から枝分かれした長い首と頭をゆっくりと動かしながらペガサスを目で追いかける。
珍しいものを見て興味をひかれたというような動き。
海中で生きている生物にとって翼というのは不要だ。だからはじめて目にする翼はことさら珍しく映るのだろう。
ペガサスはそんな双頭の水竜の視線に動じることなく、一定の速度を保ちながら旋回する。
純白の翼をもつ白馬と双頭の海の王者。
何事もなく時を過ごしていたら両者はきっと一生対面することはなかっただろうな、と思った。
それを思うと、俺の行動は本当に色々な人や生き物を巻き込んでいるなとあらためて思い知る。
「突然あの首が動いて、食べられたりしない、ですよね……?」
場違いにも俺がそんなことを思っていると、突然ノーラが恐る恐る怖いことを口にした。
「そうならないように祈ろう」
胸を張るように堂々と翼を広げて駆けるペガサスに対して、俺とノーラは怯んでいた。
双頭の水竜は存在自体が脅威な怪物。
間近に迫る距離で、目で追いかけられるという、明らかに寿命を縮めるような行動により心臓はどく、どくと嫌な鼓動を感じる。
周囲を旋回していると、双頭の水竜の不機嫌さが増したように見えてきた。
ペガサスの背に乗っているから目の高さこそ同じだが、本来は首を反らなければ双頭の水竜の顔は見えないほど相手は巨大。
ここまで差があると自分が蟻になったような気分になる。いや今はハエのように鬱陶しいかもしれない。
その鬱陶しさからノーラが言ったように、そのうち首が伸びて食われてしまうのではないかと冷やせが出てくる。
旋回の回数が両手では足りなくなってきたころ、船団のほうから白い何かが吹きつけ、海上を白く染めていく。
「霧? もしかしてこれか?」
「霧という魔法ですね」
はじめは煙のように薄かったが、だんだんと色濃くなっていく。
やがて数歩先も見えないほど濃い霧に包まれた。
さすがのペガサスも視界が悪い中では自由無人とはいかない。動きが止まった。
この状態でどう攻めるのか。俺にはヘルミーネがいったい何をするつもりなのか想像がつかない。
帆柱の途中にある見張り台からは具体的な作戦内容はなかった。俺たちは時間稼ぎをしてくれればそれでいいという感じだった。
視界が悪ければ自然と頼りにするのは耳だ。探るように耳をすませるが、音は聞こえない。
ときおり双頭の水竜の唸り声が聞こえる。
「ここから離れたほうがいいと思うんだが?」
視界が悪くなったことで水竜との距離がはかれず、唸り声に心配と不安が高まる。
俺は小声で背後に問うと、彼女も小声で返してきた。
「こういうときはじっとしているのがいいと思います。やみくもに動くとかえって水竜に気配と位置が知られてしまうかと……」
ノーラは俺の気持ちを察してくれたが、危険が高まるような行動はしないほうが無難だと言う。
それは個人的な考えというよりも冒険者として培ってきた経験による発言だ。
俺は頷きで返す。
しかし息をひそめるようにじっといていると、よけいに感情に揺さぶられる。
まだかまだかと思っていると、角笛が三回、断続的に聞こえた。
「!」
魔法の効果が消え始め霧が晴れていく。双頭の水竜の頭上に数名の冒険者がしがみつている姿が目に飛び込んだ。
左右の頭上に数人ずつ。彼らが手にしているのは戦斧。
その中に戦闘狂が戦斧の柄を口にくわえ、ほふく前進で移動しているのを見つけた。
「どうやってあそこまで!?」
彼らは魔法使いではない。
自分の体を浮遊させて移動するなんてできないだろう。
「『タラリア』です」
疑問符を浮かべた俺に、ノーラがペガサスの羽根で作られた『タラリア』を履いた冒険者たちを見つけて教えてくれた。
一人の冒険者を『タラリア』を履いた冒険者が、数人がかかりで双頭の水竜まで運んだようだ。
霧を作り出したのは『タラリア』で移動する彼らを水竜の視界に入れないためだった。
戦闘狂をはじめ冒険者たちは慎重に進んでいたが、双頭の水竜が違和感に気がついた。頭を左右に動かして頭上にある異物を振り落とそうとする。
しがみついているとはいえ、油断すれば海に放り出されることになるには違いない。
俺とノーラははらはらして見ている。
「その程度でびびるか!」
本名よりも戦闘狂という二つ名で呼ばれている彼が吠えた声が聞こえた。
その鋼のような精神に俺は感動すら覚えた。
一体どんな経験をつめば強靭のような心に育つのか。
我先にと進んでいた戦闘狂が双頭の水竜の瞼までたどり着いた。
そして口にくわえていた斧を手にし、高く振りかぶってから勢いよく振り下ろした。
双頭の水竜から獣の悲鳴があがる。
斧の刃が双頭の水竜の目玉に食い込んでいる。
激痛に獣の悲鳴をあげる双頭の水竜の片割れ。
さらに戦闘狂は腰に手をまわして、短剣を握っている。まだなにかをする気だ。
いつ振り落とされてもおかしくないほど不安定な状況で、戦闘狂はさらに進んで水竜の歯肉に剣を突き刺した。
再び獣の悲鳴をあげる双頭の水竜の片割れ。
鰐のように鋭い歯が並ぶ大きな口が最大限に開かれる。
「あいつ本当に命知らずだな!」
なんて無茶をするんだ、と俺は心臓が止まりそうになる。
本当にねじ一本飛んでいるな。
「戦闘狂ですから」
ノーラが冷静につっこんでくれた。そしてあっと小さい声を漏らす。
「まずい!」
俺も思わず声がでた。
双頭の水竜が避難するように海中に潜った。
大きい胴体に比例して水飛沫が盛大に舞う。
双頭の水竜の頭上にいた冒険者たちは、その水飛沫にのまれて海へと消えた。ほかの冒険者たちも戦闘狂と後に続いてという、そう都合のよい展開にはならなかった。
そしてその余波は冒険者たちと対峙していた騎士たちにも及んだ。
氷の大地の半分以上はすでに氷の塊となっている。
双頭の水竜が潜ったことで起きた波によって、氷の塊は四方八方へ流れていく。
そんな中で、わずかな足場の上に立つ騎士団長は部下たちに向かって叫んでいるが、部下たちは海に落ちることを恐れ、氷の塊にしがみつくので精一杯な様子で耳に入っているのかあやしい。
剣を放り出して船に戻ろうとしている騎士もいる。
「助けに行きましょう!」
ノーラの声にペガサスが急いで双頭の水竜がいた場所まで降下する。
海水に触れるかどうかぎりぎりの位置で駆ける。
すると戦闘狂が海中から顔を出した。
「おい! 何をしてる! 向こうへいけ!」
俺とノーラに気がついた戦闘狂は波で海水が口に入るのもかまわず大声をだした。
「何を言っているんだ! お前、船まで泳いでいけるのか!?」
「こうなったときは小舟がこっちに来る手はずになってる。やつはむこうへいった! 早くあれを奴の口の中に投げろ!」
戦闘狂は目線を俺に固定したまま、顎で船団をさす。
いつも自信ありげな態度をとっている戦闘狂にしては余裕がないように見えた。
状況が状況なので余裕がないのは皆同じ。俺は頷いた。
「わかった。死ぬなよ!」
俺が去る間際に言うと、あたりめえだ、海の藻屑になってたまるか、と威勢のいい声がかえってきた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話 明日投稿予定です。




