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40話  アレクシスと冒険者たちvs.水竜① 

空を背に、翼をもつ白馬が勇ましく宙を疾駆する。

森の中で静かに時を過ごしていた、おとぎ話に出てくるような伝説の白馬だ。

しなやかな四肢は大地を踏みしめるようにしっかりとした足どり。

白馬――ペガサスは何度も翼を羽ばたかせ、着実に目的の場所までの距離を縮め、水竜へと向かっている。

向かい風で純白の鬣と尾が大きく揺れる中、ペガサスのたてがみを俺は手綱代わりにしっかりと掴んで、振り落とされないように少しだけ身をかがめている。


びゅうびゅうと吹きつける風の音はうるさいのだが、そんなことを気にしている余裕はない。

眼下は冬空にも負けないくらいの青さが目を引く海。

その海には魔法使いたちが作った氷の大地の塊が浮いていて、海水の温度をさらに下げている。

もしペガサスの背からすべり落ちてしまったら――そんな想像したくない未来を回避するために俺も後ろにいるノーラも身を固くしている。

そんな俺たちが向かっている途中で空気が震えた。


「っ!」

「ひっ!」


俺の後ろに乗っているノーラが小さい悲鳴をあげて、俺の背中に強くしがみつく。

ペガサスは危機を感じたようで、無理矢理方向転換した。


「うわ!」


急に方向転換したことで遠心力が働き、俺の体が傾く。落ちる、と恐怖を感じた瞬間、心臓がぎゅっと縮まって痛みがはしった。


「ペガサス!」


俺の必死な声が伝わったのか、ペガサスがすぐに姿勢を整えてくれたので海へ放り出される事態は避けられた。

ほっと息つくと、心臓も徐々に平常を取り戻した。


「ノーラ大丈夫か?」

「……はい。なんとか」


首をひねって後ろに声をかければ、同じようにほっとしているノーラの声が返ってくる。


「あの瓶はあるよな? 落としてないよな?」

「はい、大丈夫です」


ノーラのしっかりとした返事に、おれは安堵する。

ペガサスも落ち着きを取り戻し、翼を羽ばたかせて高度を維持しながら、水竜のほうへ駆けだす機会をうかがっている。

 俺の視線の先には双頭の海の王者――男神アドリウスが生み出したといわれている水竜が再び咆哮した。


 青い鱗に覆われた胴体に、首元から上が枝分かれした二つの頭。長い首をひねるように動かせば、背後を見ることもできて視界は広範囲だ。四つあるその目に死角はないに等しい。

 地上に存在する竜のように大きい翼や鋭い爪はないが、圧倒するほどの太い胴体と、海中を自由自在に泳ぐための尾ひれの役割をする尾がある。

 大きく開かれた口からは、肉食獣のごとき鋭い歯が並ぶ。獲物を一口でかみ砕いた後、飲み込むだろう光景を連想させる。


 俺は副団長との対峙に集中していて戦況がわかないのだが、双頭の水竜の怒り具合を見ると、冒険者たは優勢な状況にあったのではないかと想像した。

 そして劣勢に追いやられた双頭の水竜はその状況に我慢ならず、咆哮したのではないか。

 推測の域からでないのは戦況がわからないことのほかに、頭部からと胴体まで見まわしても負傷しているように見えないからだ。

 遠目からだからはっきりと見えないだけなのかもしれないが、鱗がはがれ落ちているとか、出血しているような目立つ部分が見えない。


「そう簡単にはいかないか」

「なんですか?」

「あ、いや。最初に見た時とあまり変わらないなと思って」

「鱗が硬いんだと思います。ジェシカロロシーさんが読ませてくれたあの本や、ヘルミーネさんのお話だと剣でたたき砕くことは難しいそうです」


 やっぱり体内から攻めるしかないのか。俺がそう思った時、水竜は身体をくねらせ、海中に沈めていた長い尾を海上に出して振り落とした。


「危ない! 避けて!」

「くそ! 退却だ! 船へ急げ!」


 眼下から冒険者たちの怒号と悲鳴が次々と聞こえてくる。

 みなさん早く逃げて、と俺の後ろで、ノーラが心配する声を上げる。


 双頭の水竜と冒険者たちの間にあった氷の大地は、双頭の水竜の物理的な攻撃によって粉々になり、小さい氷塊へと姿を変えていく。

 戦場の足場を失った冒険者たちは敵前逃亡。安全圏を求めて四方八方へ走る。

 ヘルミーネの作戦によって第一部隊、第二部隊、第三部隊とそれぞれ役割を任された冒険者たちは、自分たちが乗っていた船などにこだわらず、一番距離が近い船へと向かっている。

 甲板から放たれた縄を我先にと掴み、船の船体を壁代わりにしてよじ登って船の中へ。


 険者たちが一時的な撤退をしたことによって、双頭の水竜と距離が一番近い位置にいるのはペガサスと、ペガサスの背に乗っている俺とノーラになった。

 その距離は大きな船一隻から二隻分くらいだろうか。

 双頭の水竜の四つの目は、戦闘狂や金の流星のメンバーなど前衛にいた冒険者たちに向いている。

 俺たちに気づく様子は見えないが、双頭の水竜にとっては数隻分の距離など、身長からして距離の範疇に入らないだろう。

 そして俺は気がついた。


「好機を逃してしまった」

「アレクシスさんのせいではないです」

「でも副団長につかまらなかったら、もう少し早く駆けつけられたら、きっと状況は違っていたはずだ」


 冒険者といっても彼ら彼女らは決して無敵じゃない。攻撃を受ければ痛いし怪我だってする。

 伝説に近い水竜を目の前にして恐怖を感じた人だっていたはずだ。

 船から降りる前に戦闘狂が鼓舞していた。それに皆も応えて巨大な水竜相手に立ち向かって行った。

 その勇気と努力を無駄にしてしまった。

 ヘルミーネからは大役を任されたのに、期待に応えられなかった。

 悔しさを含めて吐くとノーラはあの状況では仕方がないと言ってくれるが、もっと周囲に気を配ればと後悔せずにはいられない。今さらそんなことを思っても意味がないのはわかっているが、頭から離れない。


 ――今の俺にできることはなんだ。

 俺は双頭の水竜から目を離さず警戒し、後ろにいるノーラに意見を求めた。


「みんなが船まで逃げ切るために、俺たちで時間稼ぎできないだろうか?」

「ペガサスに水竜の周囲を駆けてもらって、注意を引きつけつるくらいしか思いつかないです。でも、そうしたらヘルミーネさんの作戦をつぶすことになります」


 ノーラも双頭の水竜を警戒しているようで、普段より声が低い。

 ヘルミーネの作戦は冒険者たちが双頭の水竜と戦い、注意がそちらに向かっている間にペガサスが水竜に近づき、俺が毒瓶を水竜の口の中に投げ込む。毒が水竜の胃袋から体中にまわり、効果がみえたら魔法使いたちが一斉に攻撃をして倒すという内容だ。


「その作戦は氷の大地があって、ヘルミーネの予想通りに俺たち側が優勢の状況になっていることが前提だろう? 今すぐに立て直すのは無理なんじゃないか? 俺には魔法使いたちの技量がどれ程度なのかよくわからないんだが、あの範囲の氷の大地をすぐに再現できるのか?」

「水たまり程度ならすぐにできると思いますが、足場にできるほどの厚みを作りつつ、大地のように広範囲というのは……難しいと思います」


 俺の背後から、現状の厳しさを伝えてくるノーラの声が返ってきた。

 なら、ここからは臨機応変にいくしかない。


「俺たちは最終的に、あの瓶を双頭の水竜のどちらかの口に投げ込められればいい」


 ノーラから同意の返事が返ってくる。


「水竜には腕がない。だから捕まることはない。あの大きな口に挟まれないように距離を保ちつつ、口から吐く炎にも気をつければ時間稼ぎくらいはきっとできる。その間にヘルミーネやみんなが体制を立て直してくれれば――」


 言い終える前に、角笛の音が海上に響き渡った。


「アレクシスさん!」


 ノーラは俺の袖を数回引っ張って、ヘルミーネの方角を指した。

 帆柱ほばしらの途中にある見張り台にいる冒険者が俺たちに向かって旗を振っている。


「なにを伝えたいのでしょうか?」

「時間稼ぎをしてくれ、といっている」

「わかるんですか!?」

「貿易が盛んな国に目をつけて、船の積み荷を強奪する海賊というやつらがいる。船で戦うことも想定して、お互いに旗で情報伝達ができるようにやり方を学ぶ」


 これは騎士団に入団して一年目に全員が学ぶ。

 ヘルミーネは俺の騎士団でそんなことを学ぶことを知っていたのだろうか。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 水竜によって崩壊した氷の大地の修復、前衛に出ていた冒険者たちの救出、作戦の立て直しなど、ヘルミーネの頭の中はものすごい勢いで回転していることは想像できた。


「ヘルミーネは体制が整い次第、再度攻めると言っている。あとは……霧をだす? 合図は角笛を三回吹く、だそうだ」


 俺は腕を旗代わりにして、了解したと返す。向こうにちゃんと伝わったことを確認してから顔を双頭の水竜へと戻し、深呼吸をした。


「さっきの作戦をやるぞ」

「はい」

「――よし。いこう」


 俺の気合に応えるようにペガサスが大きく翼を羽ばたかせ、双頭の水竜へと駆ける。




最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話 明日投稿予定です。


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