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39話 アレクシスvs.副団長 ②

 ジェシカロロシーたち魔法使いが懸命に作り上げた氷の大地は粉砕されて、大小の氷塊となる。

 俺は急いで周囲で一番広くて平たい氷塊の上に避難した。波の揺れで氷塊がゆりかごのように大きく動く中、剣を突き立て落下を防ぐ。

 俺の視界に入ったのは青い鱗に覆われた長い尾。


「水竜!」


 尾から胴体へ目を移すと、双頭の水竜が氷の大地に半ば胴体を乗り上げるような体勢で、前衛にいる冒険者たちに威嚇を繰り返して暴れていた。

 向こうでも巨体の重さに耐えられない部分から、氷の大地に蜘蛛の巣のような亀裂が走って崩壊している。大小の氷塊へとなり、足場がどんどんなくなっていく惨劇に、冒険者や騎士たちの怒声と悲鳴があちこちであがっている。


「アレクシスさん!」


 呼ばれたほうへ顔を向けると、ノーラはペガサスに乗って空中へ避難していた。

 矢に射抜かれた方の翼が元気に羽ばたいているのを確認できた俺は安堵する。


「今、そっちに行きます!」

「ちょっと、待て!」


 俺はペガサスに移動を促すノーラに向かって叫んで、急いで副団長の姿を探す。

 斜め前方で冷静な目とかち合った。

 副団長も荒波で大きく揺れる氷塊の一つの上に立っていた。孤島のような氷塊に剣を突き立て、落ちないようにしがみついている。

 俺と副団長が立っている氷の塊は、荒波によって少しずつ距離が離れていく。こういう状況であれば副団長との決着がうやむやになっても仕方がない。

 俺はそう思っていたが、副団長の表情は諦めていなかった。逃がすつもりはないと言いたげな目で真っ直ぐに俺を見ている。

 ペガサスが段々と俺に近づいて、ペガサスの体が俺の頭と同じくらいの高さまでになった。


「アレクシスさん!」


 ノーラが手を差し出す。

 俺が優先すべきことは、毒薬を水竜の口へ放り投げることだ。引き上げてもらって、そのまま水竜のところまで行くのが最善だ。

 俺は副団長を警戒しつつ、体を横に向けて空いている手でノーラの手を掴もうとした――その時。


「アレクシスさん!」


 迫る危機に気がついたノーラが、斜め前方へ視線を向けた。

 俺と同じく滑り落ちないように氷塊に剣を差していた副団長が、剣と盾を手放して俺の氷塊へ飛躍した。


「⁉」


 執念にも似た空気を感じた俺はノーラに伸ばした手を引いて身構える。

 副団長は着地に成功した。しかし氷塊は副団長の体重に耐えられずひび割れが起きて、彼の下半身が海に落ちた。

 水しぶきで顔が濡れるがかまわず、俺が立っている氷塊に必死にしがみつき、爪を立てる。


「逃がしはしない!」


「アレクシスさん、早く!」


 ノーラの急かす声が、俺の頭上から降ってくる。


「行かせるか!」


 副団長は叫んで片方の腕を伸ばし、潮風で揺れている俺の外套の裾をぐっと掴んだ。

 俺を引きずり下ろさんと、副団長が両手で掴みにかかり全力で引っ張る。


「うぐっ!」


 体を横に向けているせいで、首元で止めている外套の留め具が俺の皮膚に食い込む。とっさに首を締めつけられないよう、引っ込めた手を首と外套の間に入れた。

 引きずり落されないように氷塊に突き刺した剣を力強く握って、足を踏ん張る。

 今の俺ができることはそれだけだ。予備のための剣は持ち合わせていないので、打開策が考えられない。

 このままでは引きずり落とされる。いわゆる無理心中だ。

 頭上からはノーラの悲鳴のような声が聞こえる。

 眉間にしわを寄せて俺を睨む副団長の目と気道の確保に必死な俺の表現がぶつかる。


「ぐっ……」


 時間が経つにつれて、俺の首が絞められるような皮膚感覚がおきる。そのせいか、だんだん呼吸することが苦しくなってきた。

 ペガサスを挟んだ向こうからは、冒険者たちの怒声と水竜の威嚇する声がまだ続いている。

 このままだとヘルミーネの作戦がいつまでたっても続行できない。

 ローザや戦闘狂、みんなに迷惑がかかる。いや、迷惑をかけている。


 神が味方をしてくれているのか、幸いにもペガサスの治療は終えている。ジェシカロロシーが作ってくれた毒薬はノーラが持っている。作戦を続行できる状況が整っている。

 それを伝えようと顎をあげてノーラの方へ向けようとしたら、ペガサスから降りてきたノーラが俺の前に立つ。

 居ても立っても居られなくて降りてきたのだろう。彼女の表情は焦りの色が濃かった。


「ノーラ……、俺を置いて、行け」


 絞り出すように俺は言い放つ。

 戦場では予想外の出来事などいくらでも起きる。

 こういうときは最善を選ぶものだ。


「なに、言っているんですか!」


 ノーラが辛そうな顔で怒鳴る。


「これは、俺と、副団長の……戦いだ……」


 急げ、みんなが待っていると俺は目で訴えるが、ノーラは首を振った。


「行けるわけ、ないじゃないですか! 私が今、ここを去ったらどうなるのかわかっているんですか⁉」


 そうだ。ノーラが俺を見捨ててペガサスに乗って水竜へ向かえば、後は俺が力尽きるか、副団長が力尽きるかの勝負になる。


「誰が妹さんを助けに行くんですか!?」


 その言葉は俺の心に深く突き刺さった。身を裂かれるような痛みを感じる。

 俺だって好きで見捨てろと言ったわけじゃない。

 今でもリリアーヌは俺が助けに来てくれると信じて待っている。

 その気持ちを裏切るようなことはしたくない。だがこの状況を打開できないなら、与えられた役目をどちらしか果たせないというなら、可能性がある方に託すのが常とういうものだ。


 ヘルミーネやジェシカロロシーが色々考えて手を尽くしてくれての開戦ではあるが、勝てる勝算がどれくらいあるのかわからない戦いであることにかわりはない。

 あとは巻き込んだ俺が言うのもなんだが、ノーラには生きて孤児たちのとこへ帰還してほしい本音もある。


「絶対に助けます!」


 ノーラは腰に差していた短剣を鞘から抜いた。彼女は手に持っていた短剣の柄を握り、首と外套の間に入れた俺の手の間にできた隙間に剣先を差し込むように入れた。

 俺の手を傷つけないように、慎重に動かしてびりびりと外套布を裂く。


「やめろ。アレクシスは罪人だ」


 副団長の言葉にノーラは作業の手を止めずに言い返す。


「騎士さま方にとってはそうかもしれませんが、私たちにとっては孤児院を追い出されて、住処をなくした私と孤児のみんなを助けてくれた恩人です!」


 見捨てるなんてできません、絶対に助けます、とノーラは強く言う。


「ノーラもういい。あとは俺がやる」


 ノーラのおかげで呼吸が楽になった。

 俺は空いている方の手で、ノーラが握っている柄を掴む。

 ノーラも冒険者だが治療師だ。治療師は人の命を奪う側ではなく、救う側だ。彼女に最後までさせてはいけない。

 最後は自分の手で決着をつける。

 

「俺は、貴方の屍をこえて、リリアーヌを助けに行く」


 俺は正面から立ち向かっていった時の覚悟をもって、金具の近くの部分の布地を短剣で強引に引き裂いた。

 言い終えたと同時、ざぶん、という落下の音と落水の飛沫が上がる。

 俺の外套を掴んだまま副団長は海の荒波にのまれた。

 甲冑のまま落下すれば重さで沈み、浮遊することは不可避。さらに氷の大地によって海水の温度は通常より冷えている。そんな海の中で甲冑を外そうともがいても、冷えで動きが鈍くなった手では体力を消耗するだけだ。

 もう二度と剣を交わすことはない。


「アレクシスさん」


 先にペガサスに乗ったノーラに呼ばれた俺はああ、と返事をする。

 俺とノーラを乗せたペガサスが翼を羽ばたかせて高度を上げる。

 その間、俺は荒波の音だけが流れるその場所を見つめていた。

 入団式から軍衣を着て、国のために戦い続けることの誓いを立てた騎士は広大な海の中。

 今は敬意を表して立礼することも、過去の思い出に浸る余裕もない。

 せめて、と俺は祈りを込めて瞼を閉じた。




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