38話 アレクシスvs.副団長 ①
「人違いでは?」
俺はとぼけて見せた。久しぶりと言われても、洞窟から神殿に連れられたときに別れて以来だ。今の俺はヘルミーネが用意した服と甲冑を身につけ、兜をかぶっている。だから遠目からは誰なのかわからない格好だ。
身なりが変わっているから、俺であることを俺の口から言質をとるための声かけであることは目に見えてわかる。
「私が元部下の顔を忘れるわけがないだろう」
副団長の自信に満ちた声に、俺は首をかしげそうになった。
俺は数多くいる騎士の一人だった。特別可愛がられた記憶はない。だから副団長の記憶力と視力の良さに感心してしまった。
声だけではなく、真っ直ぐに俺を見てくる副団長の目も自信に満ちていた。
残念ながらヘルミーネが念入りに準備した兜の役割はここで終わってしまった。
「後ろにいる彼女は俺の命令に従っているだけだ。俺が彼女の分まで受けて立つ」
俺は正面から立ち向かうように言い放った。
ノーラの扱いがどう転ぶかは俺の経験上ではわからない。なによりもうここまで距離が縮まってしまえば誤魔化しもきかない。俺は覚悟を決める。
ノーラは孤児たちと新たな住処を手に入れるために俺と取引をしている最中だ。俺と一緒に水竜の口へ毒薬を投げ込むのはその延長線上の仕事だ。噓は言っていない。
「よかろう」
副団長は率いている弓兵に、ほかの部隊の応戦へ行くよう指示した。
残ったのは俺とノーラとペガサス、そして副団長だ。
「余裕ですね」
「お前は一度も私に勝ったことがない。これからもだ」
「今回ばかりは意地でも勝たせてもらいます」
言うなり、俺は氷の大地を駆ける。靴底で削られた氷の細粒が舞い上がる。
副団長も反応して走り出す。
俺の外套と副団長のマントがひるがえり、氷の大地の上で正面から二つの剣がぶつかって交差する。
意地でも負けられない俺の強い目と、責務を全うすることを優先する副団長の冷静な目が火花を散らす。
急所を禁忌とした規則の剣術試合でもない、殺意を放つ本気の戦い。激しい剣劇によって、靴底で氷が削られていく。
他の騎士と同じように副団長も俺の一撃を盾で受けから反撃にでる。
両手の指では数え切れない何度目かの防戦を迎えたとき、そのままの体勢で俺の剣を押切った。
「っ!」
押し切られた俺の姿勢が一瞬崩れた。氷の上での戦いははじめてだ。経験が無いから手探りの状態なのは副団長もそうだとは思うが、俺は自分よりも格上の相手と戦う分不利だ。
俺はすぐさま体勢を立て直す。
その直後、空気を裂くような剣先が俺の目の前に迫る。
氷の大地には障害となるような建物はない。立地を生かしておもいっきり振った副団長の片手剣が斜めに薙ぐ。
俺はとっさに横に飛んで紙一重でかわす。兜からはみ出ている俺の前髪が横に揺れて乱れた。
ヘルミーネの念入りがどこまで想定していたかわからないが、少なくとも副団長との一対一戦いは俺の想定にはなかった。
失念というよりも、考えが余った俺が悪い。
ここまでの俺の剣技は上手く防戦されている。ということは、見切られているということだ。小細工は通用しない。ならば、と距離を置かずに俺は連続攻撃を仕掛ける。
「そんなに水竜を倒したいか?」
海を渡ってまでここまで仕掛けた俺を理解できないとでも言いたげな目で、副団長は俺に問う。
「倒さなければ、妹に未来はない!」
俺はこの瞬間も大切な家族(妹)を失うことの恐怖を抱えている。
風が吹けば吹き飛ぶような末端の貴族(俺)と、歴史に名を残す名家の子息(副団長)とでは立ち位置も周囲からの扱いも雲泥の差だ。
置かれた状況が同じでもきっと未来は違うだろう。
こういうとき、自分の力さのなさが悔しいと思う。
冷静さを保ちつつも、抑えきれない感情が剣先にあらわれてしまった。
「そんなに急くような攻撃で私が怯むとでも」
「!」
副団長は力で押し切って俺の剣をはじき返した。
そして一転して俺が防戦一方になった。
一振りに重みを感じさせる副団長の技に、俺は顔をゆがめて歯を食いしばった。
ここはしっかりと大地に根ざしたところではない。薄氷ではないが金属鎧を身につけた己の体重と振動で、いつひび割れが起きてもおかしくない場所。
相手を打ち取るには、己の足場の状況も常に意識して戦わなくてはならない。
ヘルミーネの言葉が頭にちらついて、慣れた土の上なら踏み込んでいた好機を俺は何度も逃している。
俺は心の中でくそ、と悪態をつく。
「⁉」
足場を気にしすぎて躊躇している俺の足が氷の大地の上で滑って、体勢が崩れる。
外套が大きくひるがえり、横転する。
好機とみた副団長は高らかに剣を上げて――振り下ろす。
「くっ!」
それを俺は剣の腹で受けとめた。
体重を乗せてくる重たい剣を、俺は歯を食いしばって耐える。
「口先で勝利宣言をした割にはたいしたことはないな」
「――っ」
俺の平常心を失わせたいのか、事実を言いたいだけなのか。
俺を見下ろす副団長の冷静な表現と淡々とした声に、俺の心に悔しい気持ちがわいて苦しくさせた。
言われた通り俺は一度もこの人に勝ったことはない。けれど、それでもここで敗れるわけにはいかない。
俺の後ろにはノーラとペガサスがいる。三人しかいないとはいえ、託された役目を悟られないか俺は冷や冷やしている。
「粘るな」
「当たり前でしょう。妹の命がかかっている! ……俺が、騎士団に入ったのは、妹を守るためだ!」
俺の剣は妹を守るためにある。厳しい訓練の時も、入団式のときに立てた誓いの言葉を口にした瞬間も、俺の脳裏に浮かぶのはリリアーヌの姿。
「大事な家族を守るためにあがいて――なにが悪い!」
にらみ合うこと十数秒。
膠着状態から抜け出さなければ、と思っている俺の耳に、ノーラの声が飛び込む。
「アレクシスさん、危ない!」
「⁉」
俺と副団長を中心に突如として黒い影がかかる。
辺り一面真っ黒に染まったかかのように錯覚させる大きな影に、本能的にこの場から立ち去らなければという危機的状況を察する。
影の正体を知る前に俺と副団長は身を転がすようにその場から離れた。
氷の大地から顔を上げたと同時に、先ほどまでいた俺たちが場所に、どん、という地響きにも似た振動と轟音がおきた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話 4月30日20時ごろ投稿予定です。




