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37話 眼下では

 船から空へ。

 俺とノーラを乗せたペガサスは空の王者のごとく優雅に羽ばたいて駆ける。

 俺が身についている灰銀色の甲冑は鈍く輝き、兜の飾り布と外套は潮風とペガサスの疾駆でうまれる向かい風に流されて大きくはためいている。

兜の飾り布と外套は、潮風とペガサスの疾駆で流れる風で大きくはためく。

北上した俺とノーラは水竜の視界に入らないように距離を置いていた。


 眼下では冒険者たちを迎え撃つかたちとなった騎士団が、海軍が使用している船から氷の大地へと降りていた。軍衣のうえに灰銀色の甲冑を身につけ、兜をかぶり、騎士団のマントを背中に流している。国から支給される剣を下げ、整列するように立ち並び、己の責務の障害となる冒険者たちに厳しい目を向ける。そして時を待つように、静かに前を見据えていた。

 騎士たちのマントと兜の飾り布は、氷の大地から舞い上がる冷風ではためいている。


 空から騎士たちを見下ろしながら、未来はどうなるのかなんてわからないものだなと思う。

 こんな風に敵対するなんて想像もしていなかった。

 もし選ばれたのがリリアーヌじゃなかったら、俺もきっとあそこに立っていた。


 遅れて船からおりた副団長が団長に声をかける姿を見つけ、そういえば俺はあの人に憧れていたなと思い出した。

 副団長は真面目で厳しい人だ。代々騎士を輩出している上級貴族の名門家の生まれだが、騎士としての評価は家柄関係なく公平だった。俺は副団長の実力だけではなく、そういうところも好感をもっていた。

 指導してくれた時の声と灰青色の瞳は、今や懐かしい思い出になっている。


「!」


 ふと顔を上げた副団長の灰青色の瞳が、正確に俺の姿をとらえて射抜く。

 俺の背中から首筋にかけて走るように鳥肌が立った。


「アレクシスさん、こっちを見ています」


 警戒するノーラの声に、俺は落ち着いた声で大丈夫だと返す。


「向こうにペガサスのような空を飛ぶ馬はいない。こっちの情報が漏れていないなら、今から対応するにしても時間はかかるはずだ」

 

 俺はノーラを安心させるように言ってはいたが、自分に言い聞かせるようにも言っていた。


「地上と上空では戦い方は違ってくる。地上同士戦う時のように、相手との距離は縮められない。そもそも俺の国では、上空に敵がいた想定での訓練をおこなったことはない」

 

 すぐに危機的な状況は起こらないだろうと言う俺の話を聞いたノーラは、安心したような吐息をはいた。

 口を結び、背筋を伸ばして落ち着いた姿勢をとる俺に、副団長は視線を外した。

 距離があるので副団長の表情はわからない。行動だけで結論を出すなら、興味を失ったような感じに見えた。


 やがて、冒険者たちとウィードランデ国の騎士団の戦いが始まった。

 氷の大地を迂回するように北東から上がってきた冒険者たちは、氷の大地を踏み荒らしながら武器を振りかざす。個々の防具と武器が映える冒険者たちと、国へ忠誠を誓う軍衣と灰銀色の長剣を握る騎士たちが混じり合う。


「陣形を崩すな!」


 訓練によって統率された騎士団の陣形は一塊となっていて、冒険者たちに圧迫感を与える。彼らは盾で冒険者の攻撃を受けてから反撃するという攻防を見せる。


「崩せえ! 俺たちの矜持を見せてやれ!」


 それに対して冒険者たちは、パーティーごとで各個撃破を狙っているようだ。踏み荒らす靴音をかき消すほどの荒々しい声と金属の音が、戦いの激しさを上空まで轟かせている。


「すごいな……」

「そうですね」


 圧巻の戦況を俺とノーラはただただ空から見守るだけ。

 手助けができない歯がゆさもあったが、あの戦場に降り立ってもはたしてどれだけの戦力として戦えるのか。


「前衛のみなさんが水竜の注意をひきつけてくれるまでは旋回してください」


 眼下から水竜へと突撃している冒険者たちへ顔を向けたノーラがペガサスに指示を出す。

 俺とノーラを乗せたペガサスは高度を保つために時おり翼を羽ばたかせる。

 同じ空域を旋回していると、下方から何かが横切った。


「ひゃあ⁉」

 

 ノーラが悲鳴を上げる。

 なにごとかと俺は氷の大地へと目を走らせる。

 斜め前方に副団長が弓兵を率いてこちらを見上げていた。ざっと数えても弓兵は十数人以上いる。


「飛矢だ!」


 副団長が一度俺から視線を外して、後ろにいる弓兵に何かを言っている。

 弓兵は筒から矢を手にとって、いつでも放てるように弓をかまえた。


「ペガサス、もっと高度をあげろ!」


 俺は鞘から剣を抜きながら焦りが混じった声でペガサスに命じる。鞘から剣が抜けきったと同時に、重力に逆らった飛矢が次々と襲いかかる。

 ノーラは悲鳴をあげて俺の背中にしがみつく。

 訓練された弓兵が放つ射程距離は狙える範囲内なのだろう。襲いかかってくる矢尻は闇雲ではなく、確実にペガサスを狙っている。

 俺は剣を振りまわし、飛矢を叩き落とす。


「!」


惜しくも逃した一本の矢が、ペガサスの片翼を射抜いた。

ペガサスが悲鳴に近い声で(いなな)く。


「ペガサス!」


 俺は射抜かれた翼に目を向ける。

 痛みで動かせないのか、射抜かれた状態を維持するように翼が固まっている。

 翼は左右一対で機能する。その片方が機能不全になったらどうなるかは想像がつくだろう。


「アレクシスさん、落ちちゃいます!」


 俺の背中にしがみついているノーラは泣きそうな声をあげた。

 その声音に反応したペガサスは空の王者としての矜持を見せた。無事な片翼を必死に動かし、射抜かれた方の翼は痛みをこらえるように動かす。だが現状維持は難しいようで、高度がだんだんと下がっていく。

 動きからして氷の大地に降り立とうとしているが、射抜かれた痛みに耐えられないようで滑り込むように倒れた。


「っ!」

「きゃあ!」


 俺とノーラは氷の大地に衝突するように倒れる。

 俺は素早く身を起こし、手元から滑り落ちた剣を握りなおす。顔を上げて周囲を警戒すすれば、数メートル先に副団長と弓兵がいた。

 海の中に落ちるという最悪の事態は逃れたが、孤立無援に立たされた。逃走を図りたいが、ここはどこまでも平たい氷の大地で、身を隠す建物も岩も氷の塊もない。


「ノーラ、無事か?」


 副団長たちの出方を伺いながら、俺はノーラを背後に隠す。

 水竜を戦闘不能にするために作られた毒薬はノーラが持っている。

 気づかれたら、真っ先にノーラが狙われるのは確実だ。


「はい、なんとか……」


 ノーラがゆっくりと起き上がる気配を背後から感じた。


「時間を稼ぐ。ペガサスを治療してくれ」

「一人で戦うつもりですか⁉」


 背後から聞こえたノーラの心配する声に、向こうの出方次第だ、と俺は返す。

 騎士には騎士道精神というものがある。

 俺の国では入団した新人の騎士は入団式に、国王へ忠誠の誓いを立てる儀式に参加する。

 物語などでは貴婦人に忠誠の誓いを立てるのは有名な話だが、俺の国では国王以外にも守るべき存在として民である女性や子供などを守る誓いの言葉を口にする。

 しかし敵だった場合は事情が少し変わってくる。

 ノーラは国外の女性の治療師だが、冒険者登録をしているのでジェシカロロシーや戦闘狂と同じ扱いを受ける可能はある。


「久しぶりだな。アレクシス」


 落ち着いた低い声が俺に向けられる。

 陽光によって映える黒い影と、氷の大地を踏みしめる音が近づいてきた。

 距離が少しずつ縮まるにつれて俺の緊張感が高まる。

 距離が長椅子一つ分まで縮まったところで影は止まった。

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