30話 素晴らしい景色
雲と海面の間を独占して駆けるペガサスの姿は空の王者のようだ。
高度を保つためなのか、ペガサスはときおり翼を大きく上下に動かす。脚は休むことなく地面を駆けるように動かしている。
俺の祖国ウィードランデ国とノーラやジェシカロロシーたち冒険者が住んでいるタンザの街は、海をはさんで向かいあう位置にある。
ペガサスは軍事用に育てられた騎馬以上の速さで、休むことなく真っ直ぐに駆ける。
「すごいな! 本当に飛んでいるぞ!」
俺はペガサスの鬣を掴み、背にまたがっている。前に乗っているのは手枷と足枷のせいで自由がなく、落ちないように掴めるのが鬣だけしかないからだ。
びゅうびゅうとうるさく吹きつける風を顔面に受けながら、興奮気味にしゃべる。
洞窟にいた時に背の高い大男に殴られた痛みや、神殿内で騎士に抵抗したときに受け身もできないまま、床に激突したときに痛めた体の痛みは今でも感じる。
口の中は血の味がして気持ち悪いが、それらを吹き飛ばすくらいの素晴らしい景色が――眼下に青い海が広がっている。
それはまるで地平線まで広がる青い絨毯のよう。
貴族や商館に敷かれる色彩豊かな絵柄に比べて青一色だが、自然そのもの美しさが洞窟で傷ついて荒れた俺の心を凪いで癒してくれる。
穏やかな波を繰り返しては、陽光に照らされて輝く。
こんな景色を目にする日が来るなんて思ってもみなかった。場違いにも、俺の少年心がくすぐられている。この驚きと高揚感は、小さい頃に読んだおとぎ話を実体験しているような感覚を抱かせた。
それと同時に、ひどいありさまの状態で乗っていることに残念な気持ちになる。
海水を含んだ衣服は俺の肌に張りついていて、体重によりじわりとにじみ出る。もしかしたら滴となって鞍から流れ落ちているかもしれないが、後ろを振り向いたところで確認のしようがない。
「そうですよ! すごいですよね!」
俺の後ろに乗っているノーラの声も興奮気味だ。
ペガサスの背には二人用の鞍が取り付けられていた。ノーラは俺の後ろに乗っていて、落ちないように俺の服を掴んでいる。
騎馬の経験がある俺が前に乗っているからといって、ペガサスに合図を出すための手綱はない。もとから鞍だけしかなく、ペガサスはノーラの指示通りに目的地に向かっている。
疾駆からうまれて流れる吹きつける風に、海水で濡れた俺の髪は外套を舞わせるように乱れる。そんなにたいした時間は過ぎていないと思うが、海水で濡れた服は冷たさを含み、俺の体温を奪っていく。
風が袖口や襟元から服に入り込むと鳥肌が立って体が震えた。触ってはいないが、頬も耳も風で冷えているだろう。
俺は寒さに耐えながら腹に力を込めて、後ろにいるノーラへなげかける。
「そうだ! ノーラに助けられる前に上から女性の声が聞こえたが、あれはノーラだったのか?」
「いいえ! 女性の冒険者さんたちです! 酒場でよく食事をしているので、顔を見ればわかると思いますよ!」
ノーラも負けまいと大声で返してきた。
「爆風すごかったですよね! 手加減できればよかったのですが」
あの爆風は騎士団を追い払うために魔法使いが呪文で放った攻撃魔法だ、とノーラから説明を受けた俺はそうだったのか、と返す。
あと数分でも遅かったらきっと俺の首と胴体は離れていただろうと思うとぞっとした。
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