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28話 罪深い者

 俺は視界だけではなく、しゃべることも麻布で封印された。


「歩け」


 短い騎士の命令と同時に、手枷の鎖を強く引っ張られる。

 頭上から聞こえてきた命令に俺は心の中で拒否するが、鎖の引力によって体は勝手に動く。

 顔と上半身が床に激突したときの痛みが引かないまま、俺は立たされた。

 視界を奪われると、突然暗闇の中に閉じ込められたような感覚になる。

 景色が見えないと漠然とした不安が広がって、心の中に染み込んでいくようだ。

 ここまでするのか、と思った。

 騎士団に所属していたころ、同僚とともに強盗殺人の犯罪者を捕らえたことがある。その時は逃亡しないように手枷ははめたが、視界を奪い、口を塞ぐなんてしなかった。

 俺のしたことはそれ以上ということなのか……。

 天界にいる両親が知ったらさぞかし驚くだろうな、と思った。


「いくぞ」


 騎士の短い命令が聞こえたと思ったら、合図を出すように手枷を引っ張られた。

 反転してから歩き出したので、リリアーヌとは反対方向に歩いていると感じた。


「ここから階段になる。五段あるからすべらないように下りろ」

「そう言うならこの目隠しをとってくれ」


 俺は反射的に言い返したが、何も聞こえてこない。


「おい」

「まっすぐに歩け」


 俺が返事を催促して得られたのは、短い補足説明。

 思いやりのない声音に俺は不満を感じつつも従った。今の俺にはそれしか選択肢が残されていないから。

 視界を奪われたうえに、手枷と足枷をはめられた状態で歩かされるとういのは、薄い氷の上を歩いているような感じで恐怖心に包まれる。心臓に悪い。

 俺は一歩、一歩、足底で地面を探るように歩く。六十歩を越えたときに階段の角を探し当てた。


「!」


 慎重に下りていると、真横からの海風が、俺の髪をかっさらうような勢いで流れていった。

 耳が冷たい風の悲しい音を拾う。

 水とパンだけの生活を何日も強いられて体力が低下した体が一瞬ぐらつく。俺は倒れないように足を踏ん張った。

 それから階段を下りるまでの間、視界を奪われた俺の耳に入ってきたのは、騎士の長靴の音と波の音。

 そして階段を下りた後は、騎士に半ば引っ張られるような形でまっすぐ歩く。


「そこで止まれ。陛下の御前だ」


 突然騎士に肩を掴まれ、俺の体は強制的に反転するように向きを変えられた。

 そして騎士の手から力強い圧力がかかり、崩れるように俺の膝が曲がって、体が強制的に膝立ちの姿勢になった。


「――っ!」


 姿勢が急に変わったので、床に激突したときの痛みを再び感じた。情けない声を出したくなくて、俺は歯を食いしばって耐える。

 視界を奪われているので、ろくな抵抗もできない。

 口も塞がれているので、文句の一つも言えない。

 こんな現実に悔しさがこみあげる。

 そんな俺の心境に構わず、顎下に左右から固い何かが当てられて固定された。

 状況から察して、たぶん槍の柄だろう。

 これからどういう展開が待っているのか想像できた。


「皆よ! 水竜さまへ捧げる儀式をおこなうまえに、重大なことを話す!」


 予想通り、聞こえてきたのは、まったく感情を見せなかった国王の声。

 神殿から少し離れた場所で、今日の儀式を見守ろうと老夫婦から子供連れの親子まで、大勢の王都の民たちが集っているのだろう。

 周囲の景色は見えずとも、国王が声を張り上げていることから、距離があるのだとわかる。

 そして人々の視線は、国王に集中していることも想像できた。


「我が国は女神レレネスさまと、その夫の男神アドロリウスさまの加護によって、永遠の繫栄を約束された地である! しかし、今から千五百年前。男神アドロリウスさまの加護を失い、水竜が我が国を滅ぼさんとあらわれた。王家は水竜から国を守るため、王女を捧げた。そして、男神アドロリウスさまの加護を再び得えて、繫栄が約束された! この儀式は千五百年以上前から続いている、重要な儀式である! だか、それを理解できず、我が国の繫栄を脅かす者があらわれた!」


 しん、と静かになった。

 国王がしゃべることをやめたのだ。

 俺の耳に、波が断崖にぶつかった音が聞こえた。


「そこにいる者である!」


 数拍おいて、国王の張り上げた声が耳に入る。

 その声音には非難が混じっていた。

 きっと俺のことを指しているのだろう。目隠しされているから、神殿のどこにいるのかわからないが、国王の御前にいることだけは騎士から言われたからわかっている。

 王都の民から見た俺は、罪人のように見えるだろう。

 布で目隠しされ、口も布で塞がれ、手枷と足枷をはめられて膝立ちしている青年。

 上着もズボンも顔も土汚れで、ひどいありさまだ。とても貴族には見えないだろう。

 俺の背後から、ざわめく声が聞こえた。


「この者は海の乙女を攫い、この儀式の邪魔をし、我が国の繫栄を脅かそうとした罪深い者である!」


 聞いた瞬間、ふざけるな、なんて大雑把な説明なんだ、と怒りがわいた。

 そもそも水竜があらわれたのはある時代の王と王妃が、自分の娘は海の女神レレネスよりも美しいと自慢し、それを聞いた海の女神レレネスの夫の男神アドロリウスから怒りを買ってしまったのが原因だ。

 そして、今回は俺の妹が第六王女セリーナ姫とともに生贄にされる。

 王都の民も地方にいる領民も、王宮でどういう政がされているのかなんて、公表されない限り知る機会はない。

 あの純白のようなドレスを着ている少女の二人のうちの一人が、第一王妃が召し上げた占術師の一言で選ばれた貴族の令嬢だということを知っているのだろうか。

 公表されていないなら、前例のないことが行われようとしていることも、きっと知らないだろう。


「反逆罪だ。刑を執行せよ」


 国王の冷めた声が、俺の頭上から降ってきた。

 俺は自分の耳を疑った。

 移動した距離から考えると、ここは神殿だろう。

 神殿は神聖な場所として扱っているはずだ。血生臭いことをする場所ではない。

 国王の告げた言葉に、なぜ、どうしての疑問符が頭の中でいっぱいになる。

 俺はアーネウスの罠にはまってからここまでを思い出し――。


 そうか、と歯車と歯車が、かみ合わさったような感覚が起きた。

 アーネウスが現れるまで、俺の行動は誰にも邪魔されることはなかった。

 これは、邪魔されなかったのではない。

 国王は逆手に取るため、俺の行動は放置されていたのだ。

 麻布で口を塞いだのは、俺の口から事実を言わせないため。

 ここで刑を執行するのは、自分たちの正当性を人々の記憶に残すため。


 事実を話さなければ、と俺の心が焦燥感でいっぱいになる。

 誰かこの布と取ってくれ、と心の中で叫ぶ。

 そんな中で槍の柄であろう、俺の顎下に当てられた硬いものが離れた。


「ん“ん”ん“ん”!」


 俺の首周りに障害物がなくなった。口を塞いでいる麻布が下に落ちないか首を振るが、きつく縛られていて動かない。

 ここで死んではいけない、前例をつくってはいけないと、俺は喉を震わせて必死に訴える。


「動くな!」


 言葉になっていない俺の訴えは、騎士の怒鳴り声でかき消された。


「それではできない。もっと前屈みにさせろ」


 執行役の騎士だろうか。誰かに指示を出している。

 背後から長靴の音が聞こえ、誰かの手によって、俺の上半身がぐいと前に押し出される。


「ん“ん”! ん“ん”ん“ん”!」


 俺は諦めずに、喉を震わせて続けて訴える。

 悪あがきをするように体を動かそうとするが、押し出される力のほうが勝っていてびくともしない。

 そして俺の耳に、鞘から剣が抜かれる音が入ってきた。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ――――嫌だ!


 リリアーヌは十四歳になったばかりだ。

 生贄にされるために生まれてきたわけじゃない。

 ぱっと咲いた花のような笑顔も。

 頬を膨らませて怒る顔も。

 頬を染めて恥ずかしがる姿も。

 全部、鮮明に覚えている。

 外の世界も知らずに人生を終わらせるなんて、絶対にさせたくない!

 水竜に食われる前にリリアーヌを連れ出し、水竜を倒さなければ。

 倒さないといけないのに。

 それまでは死ねない。

 死にたくない。

 こんなところで、人生終を終わらせたくない!


「これより、刑を執行する!」


 国王ではない、誰かの声が聞こえた。

 俺の脳裏に、偶然出会った治療師と三角帽子を被った魔法使いの少女、戦闘狂、金の流星のメンバーたちの姿が浮かんだ。




最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

今後もよろしくお願いします。



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