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27話 会いたかった家族

 それから三日間、馬車で揺られて王都についた。

 移動日数から考えると、あの洞窟は自国内のどこかのようだった。


「降りろ」


 騎士が先に馬車から降りて、有無を言わせない雰囲気で俺の手枷の鎖を引っ張った。

 強く引っ張られたので、俺の腕が強制的に伸びる。


「っ!」


 体も引っ張られ、背の高い大男に殴打された頬や腹部の鈍痛の痛みが増して、顔をしかめる。

 そんなに強く引っ張らずとも降りるさ、と心の中ではく。

 降りてまず聞こえてきたのは、波が断崖に衝突する音。

 ここは海の断崖に建てられた、白亜の神殿だった。

 空を見上げれば、寒々しい色が広がっている。


 俺は騎士二人に挟まれながら歩いて、白亜の神殿の中へ入る。

 三角形の白い石材で作られた屋根は、同じ石材で作られた太い石柱によって支えられている。出入口に近いほうには壁がなく景色が一望できる。

 石柱と石柱の間から海風が入り、神殿内を通っていく。

 神殿内には国王と神殿長、神殿長の補佐をするための神官たちがいた。

 騎士に挟まれて近くまで来ると、国王と目が合った。

 国王の目には、何の感情も入っていなかった。

 アーネウスから俺のことを聞いているのか、眉にひとつ動かさず、俺を見下ろすような視線を向けてきた。

 俺は屋敷を出てからずっとリリアーヌのことが心配で、頭から離れなかった。

 それを振り返ると、国王のあの感情のない目は異様に見えた。


「なぜ、そんなに平然としていられるのですか? 家族を失うことになんとも思わないのですか?」


 俺は怯まずに見据えた。

 しかし、国王は何の反応も見せなかった。

 国王には王妃が四人いて、姫が六人いる。

 王妃との結婚は政略的だったとしても、一緒に過ごせば家族に対して、少しは情が沸くものではないのか?

 国王の心は真冬の氷のように凍っているのか?

 俺の顔が、信じられないものを見たかのような表情になる。


「口を慎め」


 両脇にいる騎士が諫めるように、俺の手枷の鎖を引っ張る。この場にふさわしくない、鎖の音が神殿内に響いた。


「お兄さま……?」


 神殿長の近く、神官たちに囲まれた中から、可愛らしい声が聞こえた。


「リリアーヌ……?」


 声のしたほうへ顔を向けると、純白のような布で作られた簡素なドレスに身を包んだ海の乙女がいた。

 ずっと会いたかった家族リリアーヌと目が合った。


「お兄さま!」


 数ヶ月ぶりに見た妹の表情と声が、会えた嬉しさと感動をあらわしていた。

 画家に描いてもらったあの日と同じように可愛らしい姿だった。

 ウェーブがかかった金髪は輝き、碧眼の瞳は会えた喜びで潤んでいる。

 ちゃんと食事はしていたようで、肌の色は白いが健康的に見えた。


「リリアーヌ!」


 久しぶりに聞いた懐かしい声に、俺の目と胸が熱くなった。

 感動の再会ではなく、最悪の再会だったことが悔しい。

 今すぐにも抱きしめて安心させてあげたい衝動にかられるが、今の俺は手枷と足枷をはめられ、騎士二人に挟まれて身動きがとれない状態だ。


「どうして……。どうして、そんなお姿に……」


 リリアーヌは一転、俺の姿を見て驚愕し、声を震わせた。

 眉尻が下がり、俺を見る碧眼の瞳から涙が溜まっている。

 迎えに来てくれると信じていた兄が、土汚れがひどい姿で現れたら誰だってそう言うだろう。

 リリアーヌの隣にいる第六王女のセリーナ姫も、俺の姿を見て驚いている。


「それはこっちの台詞だ。なんでここにいるんだ?」


 アーネウスは儀式が終わったら、リリアーヌを嫁にすると言っていた。

 アーネウスの父上が掛け合い、第一王妃も納得していると言っていた。

 そして、リリアーヌの代わりに俺が生贄になるのだと。

 これは、どういうことだ?

 説明してほしくて、俺はアーネウスがいないか探したが、残念ながらいなかった。

 ここは神官たちが神聖な場所として扱っている。

 だから一介の貴族の息子がいるはずもないと、頭の片隅でわかっていても焦燥感には勝てなかった。


「感動の再会は天界へついたときにせよ」


 俺とリリアーヌの間にある絆を断ち切るかのような、国王の冷たい声が場を支配する。

 俺が懇願をこめて、リリアーヌを海の乙女にするのは考え直してほしいと謁見の間で言ったときの、希望を打ち砕いた静かで重たい空気が流れる。

 俺はあのとき、権力と圧力に膝を屈したが、今は違う。

 手枷と足枷をはめられても、まだ俺の心は折れていない。

 それを証明するようにまっすぐ国王を見たとき、陛下とリリアーヌの声が神殿内に響く。


「アーネウスさまから聞きました。兄は私を助けようと罪を犯したから、生贄になるのだと。お願いです!兄を許してください! 兄は悪くないのです!」


 リリアーヌは潤んだ瞳で国王を見て、勇気をもって許しを乞う。

 アーネウスや俺だったらその表情を見た瞬間、頷いてしまうほどの破壊力と庇護欲が混じっていた。


「私は兄の唯一の家族なのです。私を不憫に思ったゆえのことなのです。私は現実を受け入れて覚悟を決めています。今さら拒みません。ですから、どうか……!」


 リリアーヌの深緑の瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 最後は顔を伏せて、震える声で許しを乞う。

 リリアーヌの姿に、俺の胸は張り裂けそうだった。

 手紙で助けに行くと書いたのに。

 情けない兄ですまない……。


「お前の兄は、妹を水竜から奪うがために国の決定を不服とし、反乱軍をつくっていたのだ。それを小娘一人の懇願でどうにかなるとでも思っているのか? 政はおもちゃではない」


 国王の目は変わらず、なんの感情も見せない。

 淡々とした物言いで最後は諭すような口調に、リリアーヌは言い返すことができず、口をぎゅっと結んだ。


「俺はそんな組織などつくっていない。どこにそんな証拠がある? 罪は確たる証拠があって、はじめてその者に問えるものだ」


 リリアーヌの代わりに俺が口を開いた。

 俺の落ち着いた声が神殿内に響く。


 冒険者たちが集うあの街で金銭的な記録が残っているのは、ノーラと孤児院の子供たちのために購入したあの家だ。他は必要な日用品や家具を購入した時。

 あとは自分が外食したときくらいだろう。

 寝泊まりはフリッツがいる商館の一部屋を借りていた。フリッツが証言しない限り、俺の宿泊のあしはつかないはずだ。

 収入面は、酒場で働いてはいたあの短期間だけ。

 冒険者登録はできなかった。

 あんな状況で、あの街で、俺が反乱軍という組織をつくっていたという証拠になるような決定的なものは見つからないだろうと思っている。

 現に、俺の仲間集めは順調ではなかった。

 アーネウスの罠によって仲間集めは中断せざるを得なくなり、その後は盗賊に追いかけられて捕まって、数日前まで洞窟にいた。


 国の決定事項に逆らっている自覚はある。

 でもそれは当たり前だった日常が崩壊し、納得できないまま強引に大切な家族を奪われからだ。

 納得できないから、泣き寝入りなんてしたくない。悪あがきくらいはする。

 俺はあの日、『妹の未来と命』と『自分の未来と命』を天秤にかけたとき、『妹の未来と命』をとると決めたんだ。


 手枷と足枷をはめられ、最悪な状況に追い込まれていても心が折れない俺の姿に、国王は一瞥しただけだった。

 何も言わず、俺の前を通り過ぎて出入口に向かう。それに神殿長も続く。

 リリアーヌと第六王女のセリーナ姫は神官たちに囲まれて神殿の奥へと連れていかれた。


「お兄さま!」


 リリアーヌは潤んだ瞳で、今にも泣きそうな声で、神官たちに囲まれた中から俺の名を呼んだ。


「リリアーヌ!」


 俺もそれに反応してリリアーヌの名前を呼んだ。

 お互いにできたのは名前を呼ぶだけ。

 お互いに腕を精一杯伸ばしても届かない。

 俺とリリアーヌはまた、あの時と同じように無理やり引き離された。

 心から望んでいた再会は、半刻にも満たない時間で終わった。


「……っ!」


 俺はリリアーヌの向かった方角を見つめながら拳を握り、奥歯を嚙んだ。

 あの時と同じだ。

 あの時と同じように、俺はまた何もできずにその場にいただけだった。

 こんなに辛くて悔しい思いはもう二度としなくないと、思っていたのに。

 会えた嬉しさと引き離された悲しみが、心の中でぐちゃぐちゃに混ざる。

 心が落ち着かず、俺はいつまでも立ち尽くす。


 不意に、背後の気配が動いた。


「!」


 俺が振り返ったのと、目の前の視界が突然真っ暗になったのは、同時だった。

 麻布が俺の目元に被さり、視界が奪われる。


「やめろ!」

「抵抗するな!」


 俺が暴れるように動くと、騎士の一人が俺の膝裏を蹴った。

 あっと思ったときには俺の体は前のめりのような形になり、神殿内の床に崩れ落ちる。

 手枷と足枷の鎖がうるさい音を立てた。


 洞窟にいたときは水とパンだけだった。

 凸凹した地面だったから、良質な睡眠なんてとれていない。

 そんな日々だったから、体力が落ちて抵抗できる強い力がでなかった。


「痛……!」


 受け身もできないまま、顔と上半身が床に激突した。

 大男から受けて少しずつ引いてきた鈍痛の痛みが増して、顔をしかめる。

 くそと心の中で俺は悪態をつく。

 俺が痛みで呻いてすぐに動けないと知ると、騎士の一人が俺の背中にまたがった。


「⁉ ん“ん”ん“!」


 抵抗する前に、口も麻布で塞がれた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

今後もよろしくお願いします。


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