22話 きれいな夜空を見て妹をおもう
商館に戻ってきた俺は、出入口に警護として立っている男に名前を告げて中に入れてもらった。
「アレクシスさん」
静かな廊下を歩いていると、俺はフリッツに呼び止められた。
「こんな時間まで仕事ですか?」
「ええ。まあ」
「大変ですね」
「ははは。仕事が趣味みたいなものです」
フリッツが俺に聞いてきたのは、ジェシカロロシーが言っていた噂話だ。
「そうですよね。噓だと信じていました」
俺が否定すると、フリッツは深く頷いた。
「ご迷惑をおかけして、すみません」
「いえ。噂話なんてあてにはなりませんから」
フリッツははじめから信じていません、気にしないほうがいいですよ、と励ましてくれた。
しかし先ほど警備で立っていた男は噂を信じているのか、警戒する視線を俺に向けていた。
「一刻ほど前に金の流星の方々が来られました。先日アーネウスさまにご案内した部屋で待っていただいております」
「わかりました。ありがとうございます」
こんな時間になんのようだろうか。
俺はフリッツにお礼を言い、アーネウスと対話した応接室へ入る。
「待たせたようで、すまなかった」
「いえ。突然押しかけたのはこちらですから」
俺が足早に長椅子に座ると、魔法使いのヘルミーネは気にしないでくださいと言った。
「大変な噂が流れているね」
「まったくだ。誰があんな噂話を流したんだか……」
金の流星メンバーのリーダーのローザに、俺はため息交じりに言う。
「心当たりはないの?」
「なくはない」
俺は金の流星メンバーにアーネウスのことと、元職場の上司と同僚にそっくりな人を偶然酒場の出入口で見かけたことを話す。
「もしかしてそれを聞きに来たのか?」
「真実を知らなければ、勧誘活動ができなせん」
魔法使いのヘルミーネが確認は大事なことです、と重要性を説く。
「そうだな」
「今の状況では動けないでしょう。出元も勧誘活動もジェシカロロシーさんや私たちの方でやります」
「ありがとう。助かる」
「でもさ、よくよく聞くとそのすれ違った女性って思い込みが強くない? 自分の体に誰かの手が当たったかなんてわかるよね?」
剣士のエルナが疑問を口にした。
「誰でも勘違いはあるよ。解決したんだからいいじゃない」
金の流星のメンバーのリーダーのローザは軽く流した。
それからお互いの進捗状況を伝えて、金の流星のメンバーを商館の出入口で見送った。
◇◇◇◇◇◇
「出ていったほうがいいな」
俺は扉を静かに閉じて、部屋に入るなり呟く。想像以上に噂が街に流れているようだ。
偶然助けて、その縁で一時的に滞在させてもらっている身だ。これ以上いたらフリッツの印象は悪くなるだろう。
俺は机の椅子に座って、引き出しから購入した手紙一式を出した。
仲間が集まってリリアーヌを助ける準備が整ったら、屋敷にいる執事に送ろうと思って買ったもの。
予備として購入した分も使う。
「これでよし」
書き終えた俺はインクが乾くまでの間、日記帳を出して今日のことを綴った。
俺は羽根ペンを置き、日記帳も乾くまで開いたままにする。
うーんと背筋を伸ばして、ふと窓を見る。
雲一つないきれいな夜空だ。
俺は硝子窓を開けた。鈴虫の羽音が聞こえて、夜の風がふわりと入り込んできた。
見上げれば無数の星々が輝いている。
リリアーヌ……。
海の乙女として選ばれた以上、ひどいことをされてはいないはずだと思う。
『お兄さま!』
あの時の、リリアーヌが助けを求めて腕を伸ばした時の潤んだ瞳が、脳裏に鮮明によみがえる。
腕を伸ばして掴みたかったのにできなかった。あの時の悔しさと辛さは一生忘れない。
執事に頼んだ手紙を読んでくれただろうか。
一番伝えたいことはどうしても直接は書けない。
こういうときに差し出すものは必ず検分される。ぬいぐるみの中身を調べられるのも想定済みだ。
だから手紙には細工をした。
内容は俺がいかに妹を想っているかを綴った手紙だ。他者から見たら気持ち悪いなどと言われそうだが、今更だ。
言いたければ言え。大事なのはリリアーヌの命と未来だ。
俺の目に留まったのは、寄り添うように輝く兄妹星として知られている二つの星座『イフ』と『ネフ』。
これからもあの星座のように、一緒に生きていたいと願う。
「リリアーヌ、おやすみ」
俺は愛情を込めて言って、硝子窓を閉めた。
◇◇◇◇◇◇
翌朝。支度を済ませて外套を身につけた俺はフリッツの執務室に入り、商館を出ていくとこを告げる。
「わかりました」
フリッツの表情は仕事人の顔で、感情を見せなかった。
「お世話になりました。ありがとうございました」
俺だけではない。屋敷から乗ってきた馬もずっと厩舎で、見習い小僧に世話をしてもらっていた。
経済的にも、精神的にもとても助かった。
心を込めて俺が言うと、フリッツはとんでもないと言った。
俺は上着から三通の手紙を出して彼に渡す。
「すみませんが、これを孤児院にいるノーラと魔法使いのジェシカロロシー、金の流星のメンバーに渡してもらえますか?」
内密にお願い致しますと言い、枕ほどの大きさの箱も渡す。
フリッツは最後の恩返しだという表情で了承してくれた。
そして彼はわざわざ商館の出入口まで見送ってくれた。
俺は馬の手綱を引いて酒場の裏口に馬を待たせ、酒場の裏口から顔を出して、店主とカタリーナさんに別れの挨拶をした。
「え!? 街出ていくの? 仲間集めはどうするの?」
ジェシカロロシーから聞いた噂が引かない限りは何をしても状況は好転しない。それを理由に話すとカタリーナさんは納得した。
「そっか。そうだよね」
「この間までの給金だ」
奥から厨房から出てきた店主から硬貨が入った革袋を受け取る。初日から星まつりの最終日までの分だ。
「助かった。いつでも戻ってこい」
店主もカタリーナさんも、あの噂は信じていない。
心から言ってくれた言葉に、俺の心が温かくなる。
目が潤んで、ちょっと泣きそうになった。
「ありがとうございます。お世話になりました」
「これも持っていけ」
店主が俺の胸にサンドイッチを押し付けるように差し出す。
「ありがとうございます!」
店主からの餞別に、俺は破願する。
馬の手綱を引いて酒場の裏口を出てきた道を戻り、見慣れた街路を歩いて検問所を出た。
俺は愛馬に乗って北に延びる街道を駆け、以前世話になった村へと向かっている。
太陽が中天に昇ったころ、街道に沿いの大樹の枝葉の下で休憩した。酒場の店主から餞別として受け取ったサンドイッチを頬張り、革袋に入った水で喉を潤す。
休憩も長くはとらずに、また馬に乗って街道を駆けている。すると背後の気配に気がついた。
一体誰だ?
酒場の入り口で偶然見かけた上司と同僚らしき人たちか?
嫌な胸騒ぎを感じて、手綱を握る指に力がこもる。
今は山道に入ったばかり。草を刈って整えられた道を駆けている。
突如、逃がすなと男の声が聞こえて、背後から馬蹄の音が迫ってきた。
馬に乗った襲撃者たちが次々と剣を抜き、俺に斬りかかる。
急いで周囲を見まわすと、ざっと十人はいた。
「お前たちは!」
「あの時はよくもやってくれたな!」
「善良な民を襲うからだろうが!」
いつだったか、フリッツの商人隊とノーラが乗っていた馬車を襲撃した野盗集団だった。
激しい剣戟が山道に響く。
騎士団で鍛えていた俺にとって、襲撃者ひとりひとりの技は平均並みと感じた。
俺は真っ先に斬りかかってきた襲撃者の腕を斬りつけて、落馬させた。
次から次へと斬りかかってくる野盗に気を取られ、野盗集団のリーダーが立木の合間を縫って移動していたことに気づくのが遅れた。
前後に挟み撃ちされ、劣勢になり、後れを取ってしまう。
ここで命を落とすわけにはいかない。
そう思うからこそ焦燥にかられ、死角から接近する一人に気付くのが遅れた。
俺の頭上に敷物のように広い網が広がった。ばさりと頭からかぶせるように落ちてきた。
「なんだっ!?」
馬も驚いて暴れる。
「落ち着け!」
俺は手綱をぎゅっと握り、網に抵抗して首を激しく振る馬をなだめようとするが、自分自身も網目に絡めとられてうまく動けない。
「うっ!」
馬をなだめることに集中していたら、後ろから強い衝撃を受けた。
何かで強く後頭部を殴られ、体が傾いて意識を失いそうになる。
「おい! 引きずり落とせ!」
野盗集団のリーダーが仲間に指示する。
おとなしく捕まってたまるか。
俺は網目に自由を奪われたまま、悪あがきをするように強く抵抗した。しかし最後は引きずり落とされた。
「っつ!」
襲撃者の乾燥した大きな手に頭を掴まれて、俺の顔が地面に押し付けられる。
腕を掴まれて背中にまわされ、縄で縛られた。
「やっと捕まえたか」
頭上から降ってきた声は、聞きなれた者の声。
「悪いな。アレクシス。リリアーヌのためだ」
無理矢理顔を上げると、アーネウスだった。
俺を見下ろし、笑みを浮かべている。
「なにが……」
「私とて、子供の頃から知っているお前を失うのは残念なのだ。だが、許せ」
「お前が、噂を流したのか?」
「仕方あるまい。お前はなかなか用心深くて喋らないし、仲間を集めているそうじゃないか」
「こんなことをして、リリアーヌを本当に助けられるとでも思っているのか!?」
俺の最後の質問には答えず、アーネウスは片手を上げる。
野盗集団のリーダーが俺の口と鼻に強い香りが染みついた布巾を押し付ける。
「!」
俺の抵抗は虚しく、意識が遠のいた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
11月29日金の流星のメンバー二人にも名前をつけました。
剣士→エルナ
魔法使い→ヘルミーネ




