21話 星まつり最終日
怒涛のような二日目を乗り越えた翌日の星まつり最終日。
朝食を終えて、商館の出入口へ向かって赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いていると、フリッツと出会った。
「おはようございます。今日は早いのですね」
商館に貴人でもくる予定でもあるのか、貴族に見栄劣りしない上品な身なりをしている。
人の良さそうなフリッツの笑顔に、俺もおはようございますと笑顔で挨拶を返す。
「まだ仕込みが終わっていないものがあるそうなので手伝いに。昨日も開店早々に満席になりまして。夕方に一度落ち着いたんですが、夜も忙しくて」
「それは結構なことです」
「そうですね」
商売人にとって忙しいことは嬉しい悲鳴だ。
あはははと二人の笑い声が廊下に響く。
俺は今日も帰りは遅くなりそうだと伝えて商館を出た。
どこの国であろうと有名なお祭りは、喧騒と人混みが通常である。
しかし、朝の時間帯は普段と見慣れている光景に近かった。
鶏たちは時間を告げるように鳴く。
家にパンを焼く竃がない家の主婦たちは、こねたパンの生地を籠に入れて共同施設に向かう。
昨夜の賑わいが引き潮のように引いいた。
星まつりは今日で最後。もうひと頑張りだと気合を入れて、俺は街路を歩く。
ちょうど商館と酒場の中間地点の距離まで歩いたところで、向こうから歩いてくる日傘をさした女性とすれ違った。
ぶつかる寸前だった。
俺は体をひねるようにすれ違った女性を避けた。しかし、思ったよりも女性が寄って歩いていたので、お互いの服がこすれる。
「きゃあ!」
突然、すれ違った女性の悲鳴があがった。
「この人、痴漢よ!」
すれ違った女性は振り向きざまに叫び、俺を指して睨む。
「は!?」
俺は頓狂な声を上げる。避けたのに酷いいわれようだ。
「ちょっと落ち着いてください。落ち着きましょう」
俺は騎士団で勤めていた頃の対処方法を思い出す。
こういう時は下手に言い訳をして相手を刺激しないほうがいい。俺は努めて冷静に言った。
しかし、すれ違った女性の耳には届かない。何事だとこちらを見ている人々に向かって叫ぶ。
「痴漢よ! 誰か! 騎士様を呼んで!」
「落ち着いてください」
「しらばっくれないで!」
すれ違った女性は目を吊り上げて怒鳴る。自分は被害者で俺は加害者だと思い込んでいる。
俺は話し合いの余地はない状況に追い込まれた。
待ってくれ。これから仕事なんだ。
いやそれも大事だが、ここで騒ぎになってしまったらまずいじゃないか。
身元がばれて、祖国に俺のことが伝わったら……!
俺の顔が急激に血の気が引いたように蒼白になる。
「どうしましたか!?」
「痴漢よ! 捕まえて!」
誰かに呼ばれて駆けつけた騎士が二人寄って来る。
すれ違った女性は興奮状態で、痴漢よと何度も繰り返し言い続ける。
「違います。勘違いです。俺は触れてもいないし、ぶつかってもいない」
「詰め所に行きましょう。詳しい話はそこで聞きます」
俺は誤解だと主張したが、場が収まらないのでついてくるようにと騎士に言われて渋々承諾した。
確かに興奮状態の人を落ちつかせて、事情聴取して話し合い、終わらせるには第三者が仲介したほうがいい。
詰め所で俺は、名前や出身地などを教える羽目になった。
国の犬と言われる騎士団に身元を明かすのは正直嫌だったが、背に腹は代えられない。
一刻後、俺の主張が通り、すれ違った女性の勘違いだとわかってもらえて解放された。
「とんだ災難だった……」
一仕事終えたような疲労を感じる体で俺は酒場についた。
「遅くなりました。すみません」
「大丈夫だ。向こうを手伝ってくれ」
店主に謝ると、従業員たちが開店前の準備をしているがまだ終わっていないと言われた。
カタリーナさんは店主の隣で、仕込みを手伝っている。
「おはよう!」
「おはよう。遅くなってすまなかった」
「いいのよ。なんか顔が疲れているみたいだけれど、ちゃんと眠れた?」
「実は――」
「そうだったの!? 災難だったわね」
カタリーナさんの同情的な声に俺は力なく頷く。
俺は掃除用具から箒を持ち出して、従業員にも遅れたことと謝罪し、手早く開店前の準備を終わらせた。
◇◇◇◇◇◇
様子がおかしいと気がついたのは、夕方だった。
俺をちらちら見ながら、ひそひそ話をする冒険者たちが何人もいる。
俺を見るのは一瞬。お客の料理を運んでいる時や、お客が食べ終えたお皿を片づけている時だ。
その視線は何かを疑っている。
仕事がしづらいなと思っていると、ジェシカロロシーが遅い昼食をとりに来た。
「いらっしゃいませ」
「一人よ」
「こちらへどうぞ」
「ひと騒動あったんですって?」
ジェシカロロシーは席に座るなり、どういうことと説明を求めてきた。
「ああ。今朝のことか」
すれ違った女性に痴漢行為をされたと勘違いされたこと、詰め所に行って騎士から事情聴取を受けたこと、すでに解決済みだと伝える。
「なんで私やノーラのことも話をしたの?」
「は?」
「孤児院を買収して何か悪巧みをしようとしているとか、私とあんたが手を組んで変な組織を立ち上げて怪しい物を作っているとか、変な噂が流れているわよ」
「はあ!? 言っていないぞ!?」
俺はまた頓狂な声を上げた。ジェシカロロシーの注文を忘れそうになる。
しっとジェシカロロシーが人差し指を唇に当てる。
「これじゃ、冒険者たちに協力を頼めないわ」
秘密の内緒話をするように、ジェシカロロシーに小声で責められた。
いったい誰が。
まず頭によぎったのは、星まつりの初日に偶然にも見かけた元職場の上司と同僚らしき人たち。
「今日の夜、ノーラと買い物に行くでしょう?」
「ああ」
「気をつけなさいよ」
「わかった」
俺はジェシカロロシーの忠告を素直に受け入れた。
◇◇◇◇◇◇
陽が落ちて、通りにかまえる店の吊下灯に灯がともったころ。
ノーラと約束をしている俺は、店主とカタリーナさんに挨拶をして店の裏口へ出た。
「遅くなった」
「アレクシスさん!」
酒場の裏庭で待っていたノーラは、俺を見てぱっと花を咲かせたような笑顔を見せた。
今日は治療師の服ではなく町娘が着るものと同じ、足元まで隠れるワンピースのような年齢相応の格好だった。
「ここに来るまで大丈夫だったか? ジェシカロロシーから俺の変な噂が流れているって聞いたんだが」
俺が心配して聞くと、ノーラは笑って首を振る。
「大丈夫ですよ」
さあ、行きましょうとノーラは歩き出す。
俺はノーラにリリアーヌの土産物の相談をしていた。すると一緒に選んで買おうという話になった。
「脂ののった串焼きあるよ!」
「今ならこの反物、値引きするよ!」
露店の店主たちが大声で客引きをしている。
その前を、酒瓶を片手に顔を赤くした酔漢たちが通り過ぎる。
喧騒と人混みにもまれながら、俺はノーラと離れ離れにならないように気をつける。
「ここまで賑わっていたとはな。店が忙しいわけだ」
声音に驚きを含ませて俺は言った。
もとは騎士だ。肉体労働をしたことはなくても体力には自身があった。それでも、この三日間の忙しさは怒涛で目が回りそうだった。
「お店、大丈夫ですか?」
「ああ。いざとなったら戦闘狂に注文をとりにいかせるらしい」
俺はその時のカタリーナさんの笑顔を思い出して吹き出した。
カタリーナさんが笑顔で言ったとき、戦闘狂は苦いお茶を飲んだような顔をしていた。
「え!?」
ノーラは目を見開いて、それは大丈夫なんですかと心配する。
三度の飯よりも戦闘を好む戦闘狂が白い前掛け姿で注文を取りに来たら、さぞかし店内は騒然とするだろう。
忙しくなりませんとうにと俺とノーラは祈った。
広場にはひと稼ぎしようと、どこからか来た商人隊が天幕を張り、店を構えていた。
普段見慣れない民族衣装や装飾品を並べている店もあれば、絨毯や彫り物などさまざま。
その中でも恋人たちの未来を占う天幕には若い男女が列をなしていた。
この星祭りは昔、ある恋人同士が大樹のまえで『イフ』と『ネフ』みたいにずっと一緒に暮らそうと誓い合う。それを見ていた『イフ』と『ネフ』がその願いを叶えてくれたという昔話からきている。
よって家族連れよりも、手をつないで歩いている恋人たちを多く見かける。
お祭りの最終日を最後まで楽しもうという雰囲気を感じた。
「これなんかはどうですか?」
ノーラが手にしたのは、商人の地元の職人たちが作ったという腕輪。
植物で染めた紐に、色とりどりの硝子玉に穴を空けて通したもの。
「形が不ぞろいだな。あえてなのか?」
「いえ。こちらは、硝子の工芸品を作る際に失敗した作品を砕いて小さくしたものです。陽の当たり具合によってきらきら光るように、職人がひとつひとつ形を選んで作っています」
同様の腕輪が十近くある。それぞれの色と形を選んで作っているので、同じものはない。
世界に一つだけというやつだ。
「いいな。店主、これを一つくれ」
店主に硬貨を渡して、鞄の中にしまう。
「この民族衣装、可愛いですよ。どうですか?」
「いいな。店主、これを一つ」
「わあ! この髪飾り、可愛いですよ!」
「いいな。店主、これを一つ」
「アレクシスさん、私に勧められるがまま買っていませんか?」
「リリアーヌは国の外を知らないんだ。俺も国外のことは基礎知識程度しか知らないから、正直迷う」
「でも、私と貴族のご令嬢では、趣味が同じだとは限りませんよ?」
「ノーラが選んでくれたこともネタの話にするつもりだ。年頃の女の子が選んだものだから、それだけでも興味をもつと思う」
俺がそう言うと、ノーラはそうだといいなと笑った。
目的の物は購入できたのでぶらぶら歩く。買ったお土産を抱えながら歩いていると、ノーラは言いにくそうに口を開いた。
「あの、アレクシスさん。『イフ』と『ネフ』にお願いをしに行きませんか?」
今の時間なら星座も見えますよ、と言う。
身長差からノーラが上目遣いで言っているように見える。年頃の少女はどんなしぐさをしても可愛らしく見えるな、と思った。
「いいが、場所は?」
「この広場の先に大樹があって、そこでお願いをするんです」
ノーラはこっちですと言って歩き出す。
行くと、左を向いても右を向いても恋人同士が並んで星空を観ながらしゃべっている。中には熟年の夫婦もいた。
この光景を見た俺はこんなところにきていいのか、と疑問に思った。
リリアーヌと一緒なら心から喜べるが、今俺の隣にいるのはノーラだ。
俺は路頭に迷いそうになって、泣きそうになっていたノーラの心につけ込んだ男だ。
孤児院の子供たちを助けたことに変わりはないが、金にものを言わせた感じはぬぐいきれない。
夜空に寄り添うように輝く双子の『イフ』と『ネフ』から見たら、さぞかし俺は浮いる存在だろう。
「なあ、ノーラは俺でいいのか?」
「はい?」
「今更だが、ここはあそこにいるような人たちがくるところじゃないのか?」
俺の視線の先、大樹の下で数組ずつ、恋人同士や夫婦が両手を組んで目をつむり、心の中でお願いをしている。
ここは相思相愛の男女の思い出づくりの場所だ。
「……アレクシスさんは、嫌ですか?」
「俺は別にかまわない。普通は――」
そこまで言って、俺はノーラの立場を思い出して口を閉じた。身寄りのいない彼女にとって、ここにいる恋人同士のような恋愛に憧れても叶えることは難しい。おそらく本人もわかっている。
それでも、年頃の少女だから憧れることをやめられない。
「並ぼうか」
「はい!」
ノーラは晴れやかな笑顔を見せる。そして軽やかな足取りで列に並んだ。
千年以上ここに根を張っているという大樹は大きくて幹も太くて、貫禄があった。
順番がきたので、ノーラと並んで両手を組んで目を閉じてお願いごとをする。
俺の願いは、ただ一つ。
リリアーヌを助けられますように。
◇◇◇◇◇◇
広場に戻った俺とノーラは、まだ見て回っていない場所を見ながら帰ろうと決めた。
「そこの方々。占いはいかがですか?」
ふいに声をかけられ、俺は立ち止まった。
「俺たちか?」
「はい」
笑顔で頷いた男の後ろにある天幕の近くには、占いの看板の字が見える。
「えっと俺たちは……」
男からすると、俺とノーラは恋人同士に見えるらしい。
「個人的でもかまいません。占いは恋人同士が独占するものでもありません」
確かにそうだ。占いは悩める人に一つの方向性を示してくれるもの。
「アレクシスさん、占ってもらいましょう!」
ノーラの目が乗り気だった。
自分たちがこれからしようとしていることが、吉とでるか凶とでるか占ってもらおうと言いたいようだ。
「そうだな。なにかが減るわけでもないし」
こちらへどうぞ、と男に通された天幕は暗かった。
一歩入った瞬間から、占い師の世界に引きずり込まれる雰囲気に息をのむ。
何重もの薄い紗と灯りで神秘性な世界を作り上げ、さらにお香で天幕内を充満させ嗅覚を奪って、客をその気にさせる。
俺とノーラは、天幕から下げられた吊下灯の明かりだけを頼りに進む。
奥には燭台が乗せられたテーブルと水晶があり、一人の女性の占い師が待っていた。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞおかけください」
占い師はふわりと笑って席を勧める。
濃い紫色の衣装に身を包み、宝石がはめ込まれた装飾品で自身の神秘性を出演している。
雰囲気にのまれたら色々と吐いてしまいそうな気分になる。未来がどうなるか知りたいが、身元はばらしたくない。
俺は身を引き締めて、椅子に座る。
付き添いであることを主張するため、ノーラは俺の後ろに立った。
「私は水晶で依頼者様を占います。水晶を通して依頼者様がもつ光、オーラをみます。なにをご希望ですか?」
占い師は微笑み、柔らかな声で聞いてきた。
心地よさを感じる声音に耳がとろけそうになる。
「総合的な未来だ」
俺は真剣な表情で答えた。雰囲気にのまれまいと拳をつくって強く握る。
「お仕事でしょうか? それとも恋愛関係? 金銭関係でしょうか?」
俺の答えが曖昧すぎて、もう少し内容を絞りたいらしい。
どれでもないと心の中で即答する。
どういえば余計なことを言わずに占ってもらえるか悩む。
「彼は騎士なんです。故郷は海を渡った故郷でいい結果が出せなくて、もっと実力を身に着けるためにここに来ました。これから一勝負して名誉と栄光を掴みたいんです」
後ろに立っていたノーラが俺の身の上を話す。
俺の目的をごまかしながら上手く伝えてくれた。
「なるほど。わかりました」
ノーラの説明に、占い師は俺の総合的な意味を理解したようだ。水晶に手をかざす。
「――光が、曇っています。周囲に霧がかかっていて渦を巻いています、困難が待ち受けているでしょう」
それは違いないと思った。
水竜を倒すことが困難でなければ、家の調度品を売って、船に乗って、ここまで来たりはしない。
「――差し支えなければ教えてください。過去に大きな怪我や病を患ったことはございますか?」
伏せていた占い師の瞼が上に向いて、俺を見つめる。
「いや、俺自身はない。身内に病を患った者がいる」
占い師は水晶を凝視して占いを再開し、そして沈黙した。
「――霧が赤く染まりました……。身に危険が迫っているという警鐘です。お気を付けください」
占い師の柔らかかった声音が硬くなる。
「それは、いつ頃だ?」
「私の占いは、ひと月以内から数年先までです。その間とお受けとり下さい」
「半年以内を具体的に占うことは?」
「カード占いになりますが、延長なさいますか?」
占い師は少しだけ首を傾けて、柔らかな声で尋ねる。
するりと入ってくる心地よさを感じる声音に、俺ははっとする。
まずい。空気にのまれているじゃないか。
「いや。大丈夫だ。ありがとう」
客に興味を持たせて、引っ張って、本気にさせる。
これ以上ここにいたら、のまれて口を滑らしそうだ。
俺は料金を支払って、席を立った。
◇◇◇◇◇◇
天幕を出た俺は、危なかったと呟く。
「けっこう雰囲気がありましたからね」
「ノーラは平気だったか?」
「私はああいうのは、あまり信じられなくて……」
ノーラは控えめに笑って眉を下げた。
すっかり子供が寝静まる時間帯になってしまった。俺とノーラが歩く街路は人がまばらで喧噪もない。来た時のにぎやかさが噓のようだ。
「すっかり遅くなってしまったな」
「ジェシカさんがいるので、大丈夫ですよ」
ノーラが俺の買い物に付き合っている間、孤児院はジェシカロロシーが子供たちの面倒をみている。
「今日はありがとう」
俺は付き合ってもらったお礼に、孤児院の子供たちへのお土産として買った焼き菓子をノーラの前に差し出す。
占いの天幕に入る前に買ったものだ。
「え!? いいですよ!」
ノーラは手を振ったが、買ってしまったからと半ば強引に持たせた。
「お菓子、ありがとうございます。今日は楽しかったです」
「俺も久しぶりに楽しんだ。ありがとう」
俺が購入して新しい孤児院となった家の前で、お互いに笑顔で別れた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話、13日20時ごろ予定です。




