20話 星まつり初日
街中にある鐘楼の鐘が鳴り響いて昼時を知らせる。太陽は眩しいほどに輝いていた。
一年の中で最も賑わいを見せる星祭りにふさわしく、東西南北へ延びる街路には人であふれていた。露店には普段の倍以上のお客が立ち寄り、商品が飛ぶように売れている。
冒険者たちが多く住まう区域にある、灰色の煉瓦造りの酒場の煙突からは白くて太い煙が昇っていた。
「おい! 三番テーブルの品ができたぞ!」
厨房にいる店主が大声で俺を呼ぶ。
「え!? まだ三番テーブル終わってない!?」
「これで最後だ」
そう言った店主の額には大粒の汗が浮かんでいた。
厨房は常に火を扱う。裸になるわけにもいかないから体温調節のため、調理服の袖を捲り上げていた。
客席から戻ってきた俺が反射的に答えて受け取ったのは、大皿に盛られた野菜炒め。
元冒険者の店主は剣だけはなく包丁さばきもうまい。たかが野菜炒めといっても、どの野菜も綺麗に一口サイズに切りそろえていて、それぞれの野菜の歯ごたえがちゃんと残るように順番を考慮しながら炒めている。
「五人前だからな」
「五人前……」
俺は大皿にのっている山盛りの野菜炒めを見つめ、気合を入れて両手で持ちテーブル席へ向かう。いくら野菜といっても馬鹿にしてはいけない。それなりの重量はある。
三番テーブルには女性の冒険者二人組が座っていて、先に届いた料理をほおばっていた。豚肉の塩漬け焼きに根野菜のスープ、雑穀米の粥は器からあふれる寸前まで盛られていて、まるで食べ盛りの子供のようだ。
大柄でもない、平均的な体格のどこにこれだけの量がはいるのか。
冒険者は体力勝負な職業でもあるからなと心の中で納得して、お待たせしましたと野菜炒めの皿を置いて、足早に厨房へ戻った。
「次は十番テーブルだからな。飯は順番に喰えよ」
戻ってきた俺に、店主は次の注文をつくりながら言う。
その店主の斜め後ろで、黙々と皿洗いをしているのは戦闘狂。カタリーナさんの手伝っての一言に押し切られ、白い前掛けを腰に巻いている。
普段通りの服装に白い前掛けを腰で結んだ姿はなんというか、非常に釣り合わない格好だ。握っているものが剣ではなく前掛けでも、そのまま巨大な猪を仕留められそうなほどの異様さを放っている。
カタリーナさんから「うちで働く?」と誘われて頷いたとき、戦闘狂はなにか言いたそうな目で俺を見ていたが、こういうことだったのかと納得した。
「わかりました」
「あ。休憩はいる?」
「いや。まだいい」
お客が食べ終わったお皿を何枚も重ねて厨房に戻ってきたカタリーナさんに、俺は首を左右にふった。
今日ばかりは開店早々満席になり、昼時の今は注文票が行列をつくるようにずらりと並んでいる。
忙しくて時間の感覚が狂っているからなのか、神経が高ぶっているのか空腹はあまり感じない。
「じゃあ、テーブル席空いたから二組入れて」
「わかった」
カタリーナさんが手早く片づけたテーブル席の番号を目視確認しながら店の外に出た。その瞬間、俺は見知った顔を見つけて心臓が跳ね上がった。
「!」
なんでここに。
いや、今は仕事中だ。動揺するな。
背を向ければ大丈夫だろう。
そう自分に言い聞かせて、俺は街路に背を向けて先頭で並んで待っているお客に声をかける。
「わ。格好いい!」
星祭りだから遊びに来ましたという雰囲気の若い女性客たちは俺の顔を見るなり、きゃあと黄色い声を重ねて目を輝かせた。
「いらっしゃいませ。三名さまでよろしいですか?」
俺は爽やかな笑顔全開で、頷いた女性客たちを客席まで案内する。
「そこの爽やかな笑顔のお兄さん。あたしたちも三人ね。向こう行くよ」
先頭で待っていた女性たちの次に並んで待っていた金の流星のメンバー三人組は半眼を俺に向けて、空いている席を見つけて歩き出す。
俺は金の流星のメンバーの注文を受けているときも、新たに入店したお客が注文した料理を運んでいるときも、彼らが店に入ってきませんようにと祈りながら笑顔を貼りつけていた。
俺は執事以外に行き先も目的も告げていない。
もしかして、妹を助けようとしていることが知られてしまったのか。だとしたらどこから。アーネウスが手紙でも出して、告げ口をしたのか。でもアーネウスと再会したのは最近だ。俺がここに来た目的も得た協力者もあいつには教えていない。
ざわつく心の波を落ち着かせて、頭に浮かぶ嫌なことを打ち消す。仕事に集中しろと言い聞かせた。
「休憩入って。疲れたでしょう」
「あ、ああ」
気がつけば客席は半分以下。
窓から差し込む日差しには茜色が混じっていた。
俺は店主からまかないを受け取って、厨房の奥にある廊下の休憩用の椅子に座った。
「はあ……」
体重を預けるように壁に頭をつけると、張っていた気が緩み思わず息がこぼれる。
気が緩んだ反動で、頭の片隅に無理矢理追いやっていたものが気になり始めた。
見知った顔は副団長と同僚が数人だった。あくまでもあの時に見た顔が、元の職場の人たちならの話だ。
最後に会ったのは騎士団を退団したときだ。
お互いに必要最低限の会話で終わったことは覚えている。
匙を持ったまま天井をぼうっと見ていると、カタリーナさんがお水を持ってきてくれた。
「ありがとう」
「よく頑張ったね」
「忙しかったから、時間があっという間に過ぎたっていう感じだ」
「わかる、わかる!」
カタリーナさんも休憩に入っていなかったようで、片手にまかないのお皿をもっている。
彼女も休憩用の椅子に腰掛けた。
雑談をしていると、令嬢の結婚事情になった。
「お貴族さまって家同士が決めて結婚するんでしょ?」
「よく知っているね」
「ローザがこういう話好きなのよ。知り合いにお貴族さまがいるらしくて」
「へえ。カタリーナさんはそういうのは憧れる?」
「んー。きれいなドレスを着て、きらきらしたネックレスとかイヤリングをつけてみたいとは思うけど、結婚は……気が合う人がいいかな」
夢を見る年齢でもない、現実を見て生きているカタリーナさんは笑いながら言った。
アレクシスはどうなの、と順番をまわすように聞かれた俺は当然のように言いきった。
「俺は、リリアーヌが幸せになってくれればそれでいい」
両親を亡くしてからも今も頭の中はリリアーヌのことばかりだ。
おれは服の中にしまってあるロケットを出して蓋をあけて見せた。
「妹なんだ」
「わあ! 可愛い! お人形さんみたい!」
「俺の妹は素直で優しくて本当に可愛いんだ」
俺はロケットの中にあるリリアーヌの絵を見ながら愛おしそうに言って、カタリーナさんの反応を伺った。
リリアーヌが王宮にとらわれていることを、カタリーナさんは知っている。
そして俺はそれを何とかしようと仲間を集めている。
今この話をすると湿った空気になってしまうのは目に見えている。だから努めて明るく終わるように、『アレクシスって妹ばかなんだね』と言われるのを待っていたが、カタリーナさんの反応は違った。
「妹さんが大好きなんだね」
大抵この話をすると気味悪がられるのだが、カタリーナさんは目を細めて微笑んだ。
ああ。そうか。俺がここに来てやっていることをカタリーナさんは評価してくれているのか。
無謀だのなんだのと思わずに、応援してくれているのだと気がついた。
「ああ。大好きだ。まだリリアーヌは十四歳なんだ。色々なことを知って、経験して、大人になって欲しいんだ」
俺はロケットの中にあるリリアーヌの絵を見て、必ず助けに行くからと心の中で決意を新たにした。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話、12日20時ごろ予定です。




