19話 アーネウス
「いらっしゃいませ! お一人さまでしょうか?」
笑顔でお決まりの台詞を言った直後、俺は目に映った相手の顔を見て後悔した。
「……アレクシス。なにをしているのだ?」
「労働です」
俺は笑顔を維持して答えた。
入店したのはアーネウスだった。
リリアーヌの可愛さに一目惚れし、将来は結婚したい、この気持ちは本物だと俺に言ってきた男。
リリアーヌが海の乙女に選ばれ、なんとか取り下げてもらえるように一緒に協力してくれないかと手紙を送ったら、国の決定には逆らえないと書いて送り返してきた。
格好を見ればわかるだろう、と俺は服をつまんだ。
「なぜ?」
アーネウスは首をかしげて、不思議そうに俺を見る。
領地をもつ貴族は、領民から徴収したお金で暮らしている。アーネウスの家も俺もそうだ。
肉体労働なんてしなくてもいい立場にいるのに、なぜと聞くのは当然かと理解した。
「金がないからだよ」
俺はこのお店にいる筋の通る理由を言った。
実際は全くないわけではないが、これから一人でも多くの冒険者を集めてお金を支払うことを考えると、少しでもお金は増やしておきたい。
アーネウスは現実が受け入れられないのか、呆けたような顔で俺を見ている。
俺はこれ以上話すことはないので、空いている席へどうぞと軽くあしらって背を向ける。
ああ。せっかく俺の機嫌はよかったのにとため息をつきたくなった。
金の流星のメンバーを引き入れられた日から俺の機嫌はよかった。引き続き、酒場で冒険者たちに声をかけて勧誘活動をしている。
初めのころは相手にしてもらえなかったが、戦闘狂と金の流星の名前を出すと表情が変わる冒険者たちが増ええてきた。
話自体を眉唾物だと一笑されることもあったし、水竜を倒すということが無謀だと、そこまで危険なことに足を突っ込みたくないと手で追い払われることもあった。
「ちょ、ちょっと待て! 話したいことがあって探していたのだ!」
アーネウスは慌てて俺を引き止める。
聞いた直後、俺の感情が一気に冷めて氷塊になった。
今さらなにを話すことがあるというのか。
俺があの日、どれだけ絶望的になったかお前には理解できないだろう。
こうしている今も、刻々と決行日は近づいている。
あの日からリリアーヌとは会っていない。どれだけ辛く寂しい思いをしているだろうか。
そう考えるだけで、胸が苦しくて張り裂けそうだ。
「今は仕事中で手が離せない」
俺は今まで客人にはしてこなかった無表情で答えた。
「い、いつならいい?」
俺の冷え切った目と声音に、アーネウスの声が上擦る。
「閉店後だ。夜の鐘が三つ鳴った後、ラード商館へこい」
ラード商会はフリッツさんがいるところだ。
今そこで世話になっていると話す。
「わ、わかった」
アーネウスは口元を引きつらせて頷いた。
◇◇◇◇◇◇
俺はラード商会の応接室でアーネウスと対面している。
本心では不本意なのだが客人として迎え入れた。
アーネウスの服装は、光沢はないが一目で質が良いとわかるチュニックに刺繡が施された上着に、上質な革靴を履いている。見習い小僧でも平民でも貴族だとわかるわかりやすい服装だ。
だから商館が用意した部屋は貴人用。赤い絨毯の上に艶出しされた調度品。壁には有名な画家が描いた絵が飾られて、華やかさが演出されている。
見習い小僧にお願いしてお茶を用意してもらった。テーブルの上で白い湯気が二本たっている。
「あの時は、すまなかった」
アーネウスの第一声は俺への謝罪だった。顔を少し下に傾けて、申し訳ない表情で謝ってきた。
「今さらそれを言うのか」
俺はふつふつと胸に沸いている怒りを抱えて言った。
普段よりも一段低い俺の声に、アーネウスはびびって視線をさまよわせた。
俺は心を落ち着かせるために、見習い小僧に用意してもらった紅茶に手を伸ばして一口飲んだ。気を使ってくれたようで、俺の国でよく飲まれているすっきりとした後味のある赤みが強い紅茶を入れてくれた。懐かしさで心の波が少し落ち着く。
「わかっている。しかし、私にも立場というものが……。いや、言い訳だな。すまない」
「それで話というのは?」
早く言え、と俺は目で圧力をかける。
「私は今でもリリアーヌが好きだ。なんとか助けたいという気持ちはある。本当だ。あれから父上になんども相談して、陛下に懇願したのだ。そうしたら条件を出された」
アーネウスが言い終えると部屋がしんと静まり返る。
何も言わない俺に、アーネウスはちらちらと見て様子を伺う。
俺はアーネウスの視線を無視して、顔を下に傾ける。
条件と聞いて、俺の頭の中に疑問符が浮かんだ。
俺は謁見の間で見たあの圧力を思い出す。自分たちの意思を曲げない空気だった。
「身代わりを用意するなら、とか言われたか?」
紅茶を飲んで少し落ち着いた俺は普段通りの口調で、唯一ありそうな可能性を口に出した。
「いや違う。海のどこかに『黄金の島』と呼ばれる島がある。そこに眠る金塊を全て持ってくればなかったことにすると」
「『黄金の島』? 聞いたことないぞ」
真剣な表情で言ってきたアーネウスに、俺は眉を寄せる。
「おとぎ話にあるだろう。神の娘と呼ばれる姫が一人の青年と出会って恋に落ちるという物語が」
俺はアーネウスから視線を外して記憶を掘り起こし、思い出した。小さい頃リリアーヌにせがまれて、読み聞かせをしたことがある本だ。
「本当にあるのか?」
「陛下は実在するとおっしゃっている」
「なにを根拠に?」
「知らん!」
「知らんじゃ、話が進まないだろうが。ここに来る前に調べてこいよ」
だめなやつだな、と俺は思った。
俺がリリアーヌとの婚約を内心反対している理由の一つだ。
もう少し先のことを考えて行動してほしい。
「そうだ! 冒険者たちに聞くのはどうだ? あちこち行っているのだろう?」
いい発想ではないかと言いたげな顔でアーネウスは言ってきた。
「そうしたいなら勝手にしろ」
俺は冷たく一蹴した。
「協力してくれないのか? とても私一人では無理だ」
俺の態度が予想外だったようで、アーネウスは目を見開いて驚く。
「なら、父親にすがれ」
「父上は陛下の決定に従っている。耳を貸してはくださらない。頼む」
俺は頭にきた。
こっちが協力してほしいと言ってきたとき、自分がどういう返事をしたのか思い出せ!
「俺が協力的になれないのは現実的じゃないからだ。もしかりに実在していても残された時間を考えろ。ここからその『黄金の島』までどれくらいの距離がある? 船の数は何隻必要だ? 船員に必要な人数は? 食料は何日分必要だ? 航海中どこかで物質の調達ができる港町があるのか、ないのか。『黄金の島』の住民は何語を話す? 通訳が必要なら探さないといけないだろう。思いついただけでもこれだけの問題があるんだぞ。最終的に資金はどれくらい必要なのか逆算して考えろ!」
「そ、そうだな」
俺がまくしたてるように言うと、アーネウスは勢いに飲まれたように何度も頷いた。
こいつの父親は大臣職。それなりに政への影響力がある。
国王は無下に突っぱねることもできないから無理難題を出して、こいつが失敗しても、成功しても国にとって有益になるように言ったに違いない。
「なら、話は終わりだな」
そう言ったところで、扉をたたく音が聞こえた。
「ご会談中失礼いたします。アレクシスさま、お客さまがお見えになりました」
見習い小僧が静かに部屋に入って一礼して告げる。
「ああ。わかった」
俺は大仰に頷いて席を立ち、部屋を出ていこうとする。
実際には客人なんて来ていない。だらだらと長話なんてしたくはないので、一時間経ったら呼んでほしいとお願いしていた。
「ま、待ってくれ! アレクシス!」
強制的に終わろうとしている空気を察したアーネウスは、慌てて俺の服を掴むように腕を伸ばして引きとめる。
「この話は終わりだ。これ以上話をしても進展はない。その条件を諦められないなら、自分でできるとことまでやってみればいい」
俺は立ったまま、長椅子に座っているアーネウスを見下ろすように言った。
「そ、そうだ! これも聞きたかったのだ! お前は今、なにをしているのだ?」
「裏切り者なんかに言いたくはない」
俺は吐き捨てるように言って応接室を出た。
11月29日加筆修正しました。




