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16話 金の流星と出会う

 屋敷を出てからひと月以上が経ち、このお店で働き始めてまだ四日目だが、慣れとはおそろしい。

 カタリーナさんとの話が一区切りして、俺はカウンター席でまかないを食べている。

 まかないのお皿にはパンと野菜と肉が乗っている。フォークを使って肉と野菜を食べて、冷たくなったパンには今日のメニューの残りのスープをつけてふやかして食べる。

 俺は貴族の子息として育った。だから価値観も生活様式も貴族が基準だ。その感覚が身に染みているはずなのに、こうも領民の生活になじんでいる自分に驚く。

 抵抗がないと言ったら嘘になる。

 しかし、リリアーヌを助けるという明確な目的があるので、気がついたら貴族としての矜持が頭の端へ追いやられている。

 屋敷での食事だったら、パンとそれ以外で分けて出てくるし、給仕が葡萄酒を運んでくる。

 住む世界が違うのに生き残りをかけたような生活をしていると、郷に従えられるものなんだな、と思った。


「ごちそうさまでした」

「悪いが、そこのごみを外に出してくれるか?」


 食べ終わって店主に声をかけると、帰り際でいいからと言われた。

 明日の仕込みをしている店主はまだお店に残るらしい。


「わかりました。お先に失礼します」



  ◇◇◇◇◇◇



 東西南北に真っ直ぐに延びる街路には様々な服装の大人たちが歩いている。

 日が落ちて夜の鐘が三回鳴った時間だというのに、店の看板の下にある吊り下げ灯は赤々と燃えている。

 それは星祭りの日が間近に迫っていて、日に日に街の出入りする人数が多くなっている証拠。

 その恩恵で市場は活性に満ちて、高品質な布で作られた婦人服からお土産まで幅広い物が飛ぶように売れている。

 酒場も今ままでは冒険者がほとんどだったが、最近は地方からきた人も入店してきて忙しかった。

 郷に従い、頼まれたごみだしをした俺の今日が終わろうとしている。

 店の裏口から出て、なんとなく街の様子を見ながら歩き世話になっている商館へ向かっていると、女性の大声が耳に飛び込んできた。


「触らないでください!」

「私たちは娼婦じゃありません! 旅芸人です!」

「私たちは帰る! どいて!」


 俺は立ち止まって耳をすませる。

 横を通り過ぎるにぎやかな声に邪魔されて、聞こえてきた方角がよくわからない。

 それでも感を信じて、気配を殺しながら街路の角を曲がり、顔だけを出して覗きこむと、人気のない狭い路地で女性たちが男たちに絡まれている姿を見つけた。

 女性たちは酒場にいた吟遊詩人、笛吹、踊り子だ。

 俺からの視角だと男たちの背格好しか見えないが、月夜の明かりでも無地のチュニックとズボン姿は見える。

 服装からして騎士や商人ではないので、冒険者か領民か観光客の酔っぱらいではないかと思う。

 こういう時期の女性だけの夜歩きは危ないんだよな。

 顔見知りであろうとなかろうと、女性の窮地を見過ごすことはできない。

 男たちは四人で、全員帯剣している。

 一対四は厳しい状況になるだろうがいくしかない。

 俺は帯剣に手をかけて少しずつ近づき、そして一気に距離を縮めて一人の背後をとった。

 剣の柄で後ろ首を狙って打撃を与えて脳震盪を起こす。そして腕をつかみ、地面に伏せた。


「誰だ⁉」


 突然仲間が倒れたので、彼らは驚いた。


「淑女の味方だ」


 一人目を地面に伏せた俺は、そこから離れてくれと彼女たちに逃げるよう進言する。


「怪我をしたくなかったら立ち去れ」


 彼女たちが逃げやすいよう、男たちの注目を集めるために俺は剣を構えてわざと殺気を放つ。


「なんだてめえ?」

「三対一だぞ?」

「騎士さま気取りか?」


 本気で言っているのか、と男たちは嘲笑交じりに言って鞘から剣を抜いた。

 数でいえば俺のほうが劣勢だから、そういう反応をされるのは予想範囲内だ。

 劣勢でも冷静さを保つのは大事だ。俺は今いる場所を俯瞰して頭に浮かべる。

 俺側の利点は、ここは狭い路地なので男たちから周囲を囲まれる心配はないこと。それとお互い長剣だからいざ戦うと一対一になると予想されるので、勢いに押されなければなんとかなる希望があることだ。




「あ“あ”! 痛っ!」


 予想通り一対一の戦いになり、男が薙いできた剣をおれは身を沈めてかわす。

 相手の剣が振り切ったところで、俺は剣を下から振り上げて相手の腕に一閃を与えた。

 そして男の顔が歪んだと同時に、腹部に蹴りを入れて転がした。

 仲間がしりもちをついて苦痛で背中を丸くしている姿を見て、残りの二人の男たちに火がついた。


「てめえ! ぶっ殺してやる!」

「おい! 挟み撃ちにしようぜ!」

「悪党みたいな台詞だな!」

「本当そうだね!」


 俺に同調した、軽やかな声が人気のない街路に響く。

 俺の横をすり抜けて、金色の風が走った。

 金色の風は瞬く間に男の背後をとって、首に打撃を与えて地面に沈めた。半円を描くように残像を置き去りにして俺が仕留めようとした男たちを、百を数える前に仕留めた。


「あ、ごめんね? 見せ場奪っちゃって」


 地面に転がっている男たちの真ん中に立っているのは、軽やかな声で悪切れもなく笑う若い女性。金髪を腰まで伸ばしていて冒険者の格好をしている。


「いや。助かった」

「偶然聞こえちゃって。『なんだてめえは』って! 名前知りたいなら、自分から名乗りなさいよって感じじゃない?」


 あははは、と彼女は笑う。

 どこに笑える部分があったのか俺にはよくわからない。

 彼女は笑い上戸なのかと思っていると、恐る恐る俺の名前を呼んだ踊り子の声に反応する。


「大丈夫か? なにかされていないか」


 俺は心配して歩みより、彼女たちの服装を確認した。

 商売道具である衣装は乱れていない。楽器も大事に抱えていて、壊れていないようだ。


「うん。大丈夫。ありがとう!」

「アレクシスさん。助かりました」

「アレクシスさん、ありがとうございます」

「こんな時間まで仕事をしていたのか?」


 俺が聞くと、吟遊詩人と笛吹が頷く。


「今が稼ぎ時ですから」


 彼女たちの話を聞くと、カタリーナさんと店主のお店を出た後、他の酒場でも仕事をしていたという。


「こいつらはなんだ?」

「そこの酒場のお客さん。高く出すから自分たちの宿でもう一回踊れって言ってきたの」

「怪しいから断っていたんです」


 俺が気を失って転がっている男たちを見下ろして聞くと、踊り子が嫌そうな顔をして言い、吟遊詩人が怒った口調で話す。


「女性の夜道は危ないぞ。護衛とかつけないのか?」

「旅芸人にそんな余裕はないよ。雇う余裕があるなら、そのお代を浮かして仕事しないで宿でゆっくりしたいよね」


 彼女たちのかわりに心境を言った金髪の女性冒険者は俺の隣に立った。


「あ! 久しぶり!」

「久しぶり」


 踊り子が破願して、金髪の女性冒険者が笑い返す。踊り子はどこ行っていたの、いつ帰ってきたのと質問攻めをはじめた。


「知り合いなのか?」

「はい。彼女は金の流星のリーダーです」

「きんの、流星⁉」

「あ。自己紹介まだだったね。私はローザ。よろしくね」


 友人のように軽やかに挨拶をした彼女を、俺はまじまじと見る。

 髪の色、目の色、冒険者の防具。カタリーナさんから聞いている容姿と同じだ。

 本物だ。

 会いたかった人が目の前にいる。

 なんという巡り合わせなんだ。

 これは女神からのご褒美だろうか。

 俺にとっては戦闘狂と同じくらい頼りにしたい人。


「あなたがた金の流星に、頼みたい仕事がある」


 なんとしてでもこの巡り合わせをものにしたいと強く思った。




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