15話 酒場の店主とカタリーナさんと戦闘狂の関係
最後のお客がお店を出ていくのを見送った俺は、外看板を店内へと運んだ。
テーブルの上に椅子を逆さまにして乗せ、掃除用具がある場所から箒とちりとりを取り出して従業員と一緒に店内の掃除を始める。
しかし、育った環境がちがうとああも違うのか。
俺は踊り場で堂々と踊っていた踊り子を思い出す。
足や胴回りの素肌を見せることは、はしたない、恥ずかしいことだと貴族の令嬢は親からそう教えられる。
見せていいのは夫だけ、という貞淑さが美徳だと教えられる。
けれど、踊り子は仕事だからと割り切っていて羞恥心などなかった。
「おつかれさま! まかないできたよ!」
カタリーナさんが厨房から顔を出して、順番でまかないを食べてと言う。
俺は最後でいいと従業員に伝えて、掃除の続きを再開する。
「どこまで終わってるの?」
「えっと、そこは終わった。後はここから向こうまで」
俺は手振りで範囲を教えると、カタリーナさんは従業員が使っていた箒を掴んで手伝ってくれた。
「昨日もよかったけど、今日の歌もよかったね」
「そうだな。あれって何幕まであるんだ?」
きたばかりの俺は、この国の民謡も童話もほとんど知らない。
俺の質問にカタリーナさんが答えようと口を開いたら、ガラの悪い声が入ってきた。
「おい、先に入るぞ」
「どーぞー」
なんの前触れもなく、戦闘狂が厨房と客席の間を出入する所から顔を出して、カタリーナさんに断りを入れてきた。
「なにを?」
会話の内容に主語が抜けているのでさっぱりわかない。俺の頭上に疑問符が浮かぶ。
「お風呂よ。厨房の奥に食糧庫に行く廊下があるでしょう。その通りに風呂場があるのよ」
「え⁉ 風呂⁉」
「廊下に二つ扉があるでしょ。奥のほうの扉よ」
店の外から見ると厨房の近くに小さい小屋が増築されていることは知っている。
そこが風呂場だとカタリーナさんは言った。
てっきり厨房の食糧保管庫の部屋が二つあるのかと思っていた。
廊下には邪魔にならないように薪が大量に積まれている。それは全て厨房のかまど用の薪かと思っていたが、湯あみ用のお湯を沸かす薪の分も含まれていたようだ。
「言っておくけれど、うちは貴族じゃないわよ。父さん、足が少し悪いのよね。大衆浴場が使いにくいみたいで」
確かに店主は片足を引きずるように歩いている。
店主は元冒険者で、足の怪我は現役時代に負ったもの。怪我の後遺症だという。
「大変だな」
俺が同情すると、カタリーナさんは少し顔を伏せて言った。
「そうね。ギルドの掲示板に張り出される仕事の中には、すごく報酬が高いのもあっていいみたいだけれど、その分怪我したら自己責任だし」
怪我で大変な思いをしている父親を見ているから、カタリーナさんはお店に来る冒険者たちに複雑な気持ちになる時があるという。
カタリーナさんのいつもの明るさに影が差した。
俺は空気を変えようと戦闘狂に話を戻す。
「なんで戦闘狂が借りにくるんだ? 大衆浴場で問題を起こして出禁でもされているのか?」
「あははは! そんなことしてないよ! 言ってなかったっけ? お店の裏庭の二階建ての小屋があるでしょ。あそこの二階であいつ寝ているのよ」
怒られるわよ、とカタリーナさんは笑う。いつもの明るさが戻り、先ほどの暗くなった空気は消えた。
「あそこに住んでいるのか⁉」
俺は驚いて思わず大声を出してしまった。
カタリーナさんが言った小屋は物置小屋だ。
「そう。冒険者長くやっているから稼いでいるだろうし、貯金もあると思うのよね。だけど物欲がないみたいで、野良猫みたいにずっとあそこに住んでいるのよ」
「何年くらい?」
「うーん。十五、六年くらいじゃないかしら。物置小屋だから家賃は貰ってないの。食事は作ってあげてる。そのかわり、冒険者同士の喧嘩で困った時はあいつを呼んでなんとかしてもらっているの。あたしは素人だし、父さんは足悪いし」
「なるほど。利害の一致か」
納得して俺が頷くと、カタリーナさんはそうなのと言う。
「便利よ! あいつが凄んで睨むと大抵の冒険者は大人しくなるの! ベテランの冒険者は別だけど」
「だからあんなに気安いのか」
俺は初めてこのお店に来た日を思い出す。
カタリーナさんに相談したらいきなりその場で戦闘狂に話を振られた。あれは本当に驚いた。
でもこうして事情を聞くと納得した。
俺が戦闘狂と一対一をして一歩的に殴られ、蹴られ、意識を失う寸前に止め手に入ってくれたのもカタリーナさんだ。
「うん、そうね。……あいつ、最初は本当に野良猫みたいにどこかの路地裏で寝ていたんですって。たまたま父さんがお店の裏庭であいつを見つけて、家はないのか、親はどうしたとか色々聞いたの。心配して聞いているのに、目をそらしてずっと黙ったまま。父さんしびれ切らして風邪ひくからあそこで寝ろ、言ってあいつの根っこ首捕まえて小屋の二階へ放り投げたのよ」
カタリーナさんは昔を懐かしむように喋って、最後は笑いながら言った。
戦闘狂が放り投げられた瞬間を見ていたらしい。
「投げたのか」
俺は今の戦闘狂をそのまま子供にした姿を頭に描いている。目つきが悪く、野良猫のように警戒心を前面に押し出した子供の戦闘狂になった。
「そう、投げたの! 片腕でひょいって。今は筋肉隆々だけど、あのときはやせていて細かったのよ」
カタリーナさんは想像つかないでしょ、と笑いながら言う。まるで、やんちゃな弟妹を語るような口調だ。
「容姿はあれだけれど、声かければ普通にしゃべるじゃない。怖くない、でしょ?」
カタリーナさんはちょっと不安そうにして聞いてきた。
自分から見た戦闘狂と、他の人から見た戦闘狂の印象に落差があることを知っているからなのだろう。
「まあ。なれれば」
本心も感情も隠して俺に言ってきた自国の権力者たちに比べれば、感情が顔に出る戦闘狂はわかりやすくていい。
「……あたし、強いなら守ってよって言っちゃったのよね。住み着いて数カ月たったころかな? 冒険者同士がすごい喧嘩始めちゃって、手におえなくて。父さんに言われて、あいつを呼びに行ったのよ。その時にね」
カタリーナさんは掃除用具をしまう場所へ箒を置きながら話す。その表情はどこか後悔しているように見えた。
「それは、ずっとあそこに住み続けている理由って話か?」
俺も箒とちりとりをしまう。
カタリーナさんはそうと頷いた。
「何年か前に家を探せば、って言ったことがあるのよ。でも、ここでいいって言われて話が終わっちゃったのよね」
「店長はなんて?」
「好きにさせておけって」
「でもカタリーナさんは心配なんだ」
「そりゃあそうよ。今でも律儀に守っているなら、ね……」
またカタリーナさんの表情が暗くなった。
普通に考えれば、カタリーナさんの話が一番しっくりくる。
しかし、それはカタリーナさんの目線だ。
たぶんカタリーナさんが知りたいのは戦闘狂の本心と考えだ。
本人に聞くのが一番だが、戦闘狂は素直に言うような性格じゃない。
そうなると同性目線で考えて答えを出すしかないだろう。
俺は天井を見るように視線をあげて考えて、一つの答えを導き出した。
「……カタリーナさんのことが好きなんじゃないのか?」
俺がぽつりと言うと、カタリーナさんの顔が固まって静寂が流れる。
やがて、カタリーナさんはあはははと笑いだした。
「やだ! そんな関係じゃないってばっ!」
「痛っ!」
俺はカタリーナさんに思いっきり背中を叩かれた。
「男は好きな娘に頼られると張りきる生き物だぞ」
「それは知っている。ねえ、妹さんを助けるときはあいつも連れっていって。絶対に役に立つから。あいつは自分の力を持て余しているの。それが苛立ちに変わると人と距離を置くのよ」
カタリーナさんはどこか悲しげに目を伏せる。
「自分の居場所がね、見つからないんだと思うの。父さんはそれを見抜いて、小屋に放り投げたんだと思うの」
戦闘狂は力や能力が高い人間だ。他人のできない、に理解に苦しむのだろう。だから他者への接し方に困惑し、結局は距離を置くことで、冒険者たちやカタリーナさんとの間に亀裂がうまれないようにしているのだ。
「優しいですね」
「え、そう? ……付き合い長いから、かな?」
カタリーナさんは年齢相応の照れ笑いを見せた。




