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12話 俺の覚悟

 戦闘狂につてこいと言われた俺は店を出て、ノーラを連れて門塔を出た。

 立会人のつもりなのか、俺の後ろには戦闘狂と一緒に食事をしていた人たちが歩いている。

 俺の前を歩く戦闘狂は鼻歌交じりに、検問で列を作っていた道から逸れて立木の中に入っていく。

 木の枝をすり抜けて差し込んで当たっている陽光の部分の地面はむき出しになっている。幹の根の周囲は背の低い雑草が生えていた。


「ここでいいか?」


 立木と立木の間隔があいていて、大きい天幕が張れて、焚き火もできそうな広さがある場所につく。

 戦闘狂は立ち止まり、くるりと反転して俺を見た。

 どうだ、と目で確認を取ってきた戦闘狂に、俺はかまわないと答える。

 俺はこれからここで、戦闘狂に問われた『俺の覚悟』を見せる。


「で、なにをするんだ?」

「決まっているだろう? 決闘だ。俺はこの拳でいい」


 戦闘狂は肘を曲げて拳を作って俺に見せる。手首にある手枷がしゃり、と鳴る。


「武術での決闘か?」


 いきなり殴りかかってこられても困る。

 ルールと勝負の判定基準を確認するため、俺は戦闘狂と距離を置いて聞きた。

 戦闘狂の性格を考えれば、決闘は予想の範囲内だった。だが正直言って武術は自信がない。


「お前は元騎士なんだろう。別に剣を使ってもいいぜ」


 戦闘狂は余裕のある笑みで答えた。

 俺は水竜との戦いの話をする前に、簡単な自己紹介と妹が生贄にされていることは話してある。

 戦闘狂から今までどういう相手と対峙してきたのかを聞かれて、正直に答えた。

 反応はふうん、という感じだった。

 冒険者と国の治安を守る騎士を同じ目線で考えるなと言ったら、笑っていたが。

 使ってもいいと言われてもな。

 俺は迷った。

 戦闘狂が立っている場所は太陽の光が差し込んでいるので、服装がはっきりとわかる。革製の服を着ていて、襟元には毛皮がついている。

 暑いのか、前を縛る紐はだらしなく垂れ下がっているので、たくましい胸筋や割れた腹筋があらわになっている。

 はっきり言って、防具らしきものを身につけていない。

 俺が迷っている要因の一つだ。

 いくら武器を使ってもいいと言われても防具らしきものがない、武器も使わないという相手に剣を振るうことに気が引けている。

 騎士道精神に反するというか、卑怯なんじゃないかという気持ちになる。


「なんだよ? 迷ってるのか? 騎士さまはずいぶん余裕だな!」

「別に」

「俺は冒険者だぜ? お前みたいに騎士道精神なんかねえからな」


 戦闘狂の口角があがり、紅彩が獲物を見つけた獣を連想させるように光る。


「!」


 俺の首筋あたりにぞわりとしたものが走った。

 落ち着け、冷静に考えろ。

 相手は戦闘狂だ。

 スリリングを味わうために鎖を自ら身につけている、頭のネジが飛んでいる変わり者だ。

 場数は多分向こうのほうが上だろう。

 俺は対人戦の経験しかない。それに比べて戦闘狂はモンスターだ。

 この経験値の差は確実にあると思わなくては。

 俺は静かに剣を抜いた。

 戦闘狂は余裕の笑みを浮かべて立ったまま。肩こりをほぐすように首をゆっくりと左右に動かす。

 ノーラと立会人のつもりでついてきただろう戦闘狂の食事仲間は、立木の近くで見守っている。

 ノーラは祈るように手を組んで心配そうに俺を見ている。


「急所はなしだ。どちらかが戦闘不能になったら勝負は終わり。最後まで立っていた奴が勝ちだ」

「わかった」


 じゃり、と足場をならすように靴底で地面を削ってかまえたのは俺。

 距離を縮めてきたのは戦闘狂。

 かまえる仕草もなく、戦闘狂が獰猛な笑みを浮かべて地を蹴った。


「!」


 なにも恐れることなく突っ込んできた戦闘狂に、俺は剣を上段から振り下ろす。振り下ろした速力も重なった一撃の衝撃は一番大きい――はずだった。


「⁉」


 金属同士がぶつかり合って響いた甲高い音が立木の中に広がる。

 俺の剣を戦闘狂は、手枷を籠手代わりにして受け止めた。少しでもずれていれば確実に腕が切断される未来が待っているのに、まったく迷いがなかった。

 こいつ、とその迷いのなさに驚いた俺の一瞬の動揺に、戦闘狂はにやりと笑った。


「はっ!」

「っ!」


 剣を受け止めていない方の手枷がじゃり、と鳴り、戦闘狂の拳が俺の顔をかすめた。

 戦闘狂は今日も足枷と手枷をつけている。

 なのに、鉄の重さを全く感じさせない身軽な動きに、俺はぎりぎりのところでかわすのが精一杯だった。

 至近距離から繰り出される拳の速度では、剣での反撃の機会を得るのが難しく俺の方が不利だった。悔しい気持ちを抱えながら、体制を整えるために斜め後ろに大きく飛ぶ。


「ひゃっは!」


 高揚しているのか、意味のわからない声をあげて戦闘狂は距離を詰めてくる。

 少しはびびれよ!

 俺は気合を放ち、強撃を連続で繰り出す。

 俺の気合も虚しく戦闘狂にかわされた、と同時に笑われた。


「なにがそんなに可笑しいんだよ⁉」

「人間相手はあまりねえからな!」


 戦闘狂は口角をあげて楽しそうに答えた。

 なるほど。

 毎日、毎日同じ肉を食って飽きていたところに、違う種類の肉がテーブルに並んで喜んでいる、というところか。

 自分を不利な状況に追い込んで迫りくる恐怖と興奮を味わうことを趣味のようにしているこいつらしい感覚だ、と思った。

 一合、二合と打ち合いをするかのように剣と手枷が激しくぶつかり合い、金属音が絶えなく響く。

 鞘から剣を抜いた以上、手加減はしない。

 俺は戦闘狂の一呼吸の間も許さず、連撃で果敢に攻める。

 剣先が戦闘狂の胸筋をかすめ、鮮血が散る。

 横一線の赤い太刀傷ができたのに、気にすることもなく戦闘狂は距離を変えない。


「死ぬのが怖くないのかよ⁉」

「怖くねえよ。お前は俺を倒せねえ」


 即答した戦闘狂は獲物を見つけた獣のような笑みを浮かべた。


「っく!」

「ひゃっは!」


 こいつの意味不明な声が俺を苛立たせる。

 得物をもっている俺の方が有利なはずなのに、果敢にせめても、優勢を感じない。

 だんだんと焦燥感がわいてくる。

 負けてたまるか。

 俺は奮起して、猛獣の均衡を崩そうと剣を横に薙いだ。

 予測していたのか、本能なのか。戦闘狂は笑みを浮かべたまま、兎のように跳躍した。

 俺の剣がそのまま流れて空振りになる。


「本当に頭のねじが飛んでいるな!」

「生まれつきだからしょうがねえ!」

「は⁉」


 返ってきた言葉に俺は頓狂な声を上げる。


「集中しろよ。届くぜ」


 戦闘狂は身を縮こまらせて、一気に俺の間合いに入ってきた。

 俺の攻撃に恐れることなくまた手枷を籠手代わりにし、剣の腹を受け止め、力づくでぐっと外へ押し出した。

 その勢いに逆らえなかった俺は、腕ごと持っていかれ、脇ががらあきになった。


「!」


 しまった、と思った俺はとっさに剣を持っていない方の腕でガードしようと肘を動かした。


「歯、くいしばれや」


 戦闘狂の剣を受け止めていない方の拳がわずかに早く、俺の頬に直撃した。


「アレクシスさん!」


 ノーラの叫び声と、俺が吹き飛んで体が地面に打たれるように倒れたのは同時だった。

 ノーラが治療しようと動くが、戦闘狂と食事をしていた人たちが肩を掴んで止める。

 俺の手から剣が落ちて転がる。


「がぁっ!」


 俺は上から垂直におろされた戦闘狂の拳に、腹部を何度も殴られた。

 いつの間にか曇天になっていて、ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。

 そして雨は次第に強くなってきた。

 俺は何度も殴られ、蹴られて泥だらけになる。服は泥水を吸って重たくなり、鼻腔に土の臭いが入り込む。

 飛び跳ねた泥が顔にあちこちついて、もはやきれいな部分がない。


「どうした? お前の『俺の覚悟』はその程度かよ?」


 戦闘狂は俺の顔を覗き込むように聞いてきた。


「……っ」


 腹部が痛くて声が出せない。


「おーい、聞いてんのか?」


 聞こえてる。

 立たなくては。

 なにがなんでも戦闘狂には協力してもらわなければ。

 俺は立ち上がろうとしたが、鉛のように身体が重たくて動かない。

 自分の身体なのに言うことを聞いてくれない。

 アレクシスさん、と俺を何度も呼んで心配するノーラの声が遠くで聞こえる。

 ノーラ大丈夫だ。俺はまだ戦える。気持ちはまだ折れていない。

 リリアーヌの命がかかっているんだ。こんなところでつまずくわけにはいかない。

 俺は腕を伸ばして、戦闘狂の足を掴んだ。


「お! まだいけるか?」


 戦意を失っていない俺の顔を見て、戦闘狂が嬉しそうな反応を見せる。

 待っていろ、すぐに立ち上がって――。



「はい! そこまで!」



 女性の声が響いた。

 俺と戦闘狂の間に割って入ってきたのは、酒場の店員のお姉さんだ。


「もう十分でしょう?」


 酒場の店員のお姉さんは戦闘狂にそう言って、ノーラに目で合図した。

 ノーラはそれを見逃さず、俺のところに駆けよった。


「アレクシスさん!」

「……」

「今、治しますから!」

「……ありが……とう」


 俺は絞り出すようにお礼を言う。


「邪魔するなよ」


 戦闘狂は店員のお姉さんが突然、無断で割って入ったことが許せないようで、機嫌が悪くなった。


「あのね。みんながみんな、あんたみたいに強いわけじゃないの。その人の『覚悟』、十分わかったでしょう?大切な家族の命がかかっているのよ。噓かどうかくらい、目を見ればわかったでしょうに!」


 戦闘狂の睨みをものともせず、酒場の店員のお姉さんは手を腰にあてて睨み返した。


「この街じゃ、家族を養うために冒険者をやってる人もいる。頼れる人がいない、教養もない。だから冒険者をやってる人もいる!」

「わかってる」


 戦闘狂はうるせぇなみたいな顔で、酒場の店員のお姉さんを見る。

 酒場の店員のお姉さんは本当に、と疑いの目で戦闘狂を見る。


「わかってる」


 戦闘狂はもう一度言って、うるせぇなみたいな顔のまま、店員のお姉さんの横を通り過ぎて、門塔へと帰って行った。




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