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11話 酒場のお姉さんはすごい

 この街の大通りは東西南北につくられている。

 その一つ、冒険者が中心に暮らしている通りを俺とノーラは並んで歩く。


「夏でも長袖なんだな」


 俺の隣を歩く治療師の白衣を着ているノーラの頬は少しばかり赤い。

 まだ初夏の時期なのだが、今日は真夏のように日差しが強いのだ。

 こういう日は洗濯物がよく乾くから主婦は嬉しいだろうけれど、鎧を身につけて検問にいる兵士や俺のような防具を身につけた立場から言わせてもらうとこの時期はとても暑苦しい。汗で服が湿って気持ち悪い。


「はい。夏用は風通しの良い素材で作られているのですが」

「半袖も用意してくれればいいのにな」


 頬が赤い原因が天候だけではないことを俺が言うと、ノーラはそうですねと困った表情も混ぜて笑った。


「大丈夫か? 少しその辺の店で何か飲むか?」

「いえ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 ノーラは十五歳。リリアーヌは十四歳。歳の差は一歳差。

 先日の交戦を考えると、あんな場面を見て気持ち悪くなってしまった少女を戦闘狂と会わせるのは避けた方がいいと俺の良心が言う。しかしだからといって冒険者でもない、面識もない、つてもない俺が一人で話を持ちかけられるかと聞かれれば、そこまではできそうな気はするが、その先に自信はない。


「あ。あそこがそうみたいですね」


 ノーラは羊皮紙を片手に看板を見て確認した。

 俺の心中が落ち着かないうちに目的についてしまった。

 ジェシカロロシーの採取に付き合ってから三日後、俺とノーラは冒険者ギルドの受付のお姉さんに戦闘狂に会える場所を知らないかと聞いた。

 この酒場に行けば会えると、羊用紙にお店の名前と場所を書いてくれたのがここ。

 元冒険者の人がやっているお店だという。


「一応聞くけど、こういうお店に入ったことは?」

「いえ。ないです」

「身の危険を感じたら、俺のことは気にしないで逃げていいからな」


 俺は真剣な表情で言った。

 俺は国家騎士団に所属していた元騎士だ。国を守る側だった身としては十五歳の少女に、昼の時間帯だとしても酒場に入れるのは非常に不本意だ。なのに、真逆のことをしている。


「ごめん。本当はあんなものを見たなら、会うのは嫌だとは思うんだが」


 いまだに残る騎士道精神と現実の間で揺れている心を抱えながら口に出した。

 ノーラは俺が謝っている意味がわからなかったようできょとんとした顔を見せたが、しばらくきてああ、と声をあげた。


「気にしないでください。私は冒険者です。ああいうのは慣れなければいけないんですから」


 君みたいな優しい少女が、と言おうとして飲み込んだ。俺はすでに水竜との戦いに彼女を巻き込んでいる。そんな言葉をいうならはじめから巻き込むな、という話だ。


「ノーラは強いな」

「そうですか?」


 そんなことを言われたのは初めてです、とノーラは照れ笑いした。

 俺はそんな彼女の優しさと強さに甘えた。



  ◇◇◇◇◇◇



 俺が木扉を押して開けると、木扉につけられた鈴が酒場には似合わない涼しい音色を奏でた。


「いらっしゃいませ! 空いている席にどうぞ!」


 赤茶色の髪を一つ縛りにした、白いエプロンを腰に巻いた店員の女性が笑顔で元気に出迎える。二十代だろうか。お姉さんと言いたくなるような笑顔をする人だ。

 店の席は半分ちかく冒険者たちで埋まっていた。


「あははは!」


 麦酒を飲んで笑っている中年の冒険者たちの声が店内に響く。

 冒険をしていると声を張り上げることが多いのか、声がでかい。

 店の壁は灰色に近い煉瓦で建てられていて、店を支える大黒柱は太い丸太が屋根から垂直に立っている。店の奥は調理場なのだろう。食欲をそそる匂いが鼻をくすぐる。

 エプロンを身につけた体格の良い男性が注文の品をお盆に乗せて店の奥から出てきて、カウンター席に座っている客に料理を提供した。あの人が店主だろうか。

 俺は店員のお姉さんに二人であることを伝える。

 さっと周囲を見まわすと、すぐに目的の人物は見つけられた。

 なにせ自分を不利な状況に追い込んで迫りくる恐怖と興奮を味わうために自分に足枷するやつだ。そんな変わり者はこの街中探しても彼しかいないだろう。


「――そうしたらよ、鼻息荒くして突っ込んできやがったんだ!」


 俺が探している人物、戦闘狂の楽しげな声が斜め前から聞こえた。

 俺はノーラに目配せをして戦闘狂の近くの席に座る。ノーラは俺の隣に座った。

 店員のお姉さんはすぐにお品書きの表を持って来てテーブルに置き、厨房に戻って行った。

 戦闘狂は椅子の背もたれに身体をあずけて麦酒を飲んでいる。パーティーなのか、友人なのか数人の同年代の男たちに先日の巨大な猪の話をしていた。

 声音からして機嫌はいい。


「ご注文決まりました?」


 その機嫌を損ねないように、どう声をかけようかと考えていると、頃合いを見計らって先ほどの店員のお姉さんが注文をとりにきた。


「今日のおすすめはなんですか?」

「そこの戦闘狂が狩った猪の香草焼きよ」


 俺が聞くと、店員のお姉さんは人差し指で戦闘狂を指して言った。


「じゃあ、俺はそれを」

「私もそれでお願いします」

「二つね。ありがとうございます! 飲み物はどうしますか?」

「果実水で」

「私も」


 店員のお姉さんは頷いて、頭の中にある注文表に書き込んでいく。


「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」

「なんですか?」

「あの、そこにいる戦闘狂に聞いてもらいたい話があって」


 俺は声を落とし、戦闘狂に仕事の話をしたい、どう声をかけたらいいかと聞くと、店員のお姉さんは助言をくれた。


「普通に声をかければいいですよ。――ねえ! 仕事の話だって!」


 店員のお姉さんは、がはははと笑っている中年の冒険者たちに負けない音量で戦闘狂に声をかけた。


「⁉」


 俺とノーラは驚いて、揃って肩を跳ね上げた。

 前言撤回。助言ではなく、実行だった。

 おい。おい。おい。おい。店員のお姉さん、きかっけを作ってくれたのは嬉しいがいきなり過ぎないか⁉

 心の準備もできないうちに訪れたいきなりの展開に、俺の心臓はどくどくしている。


「あん?」


 戦闘狂は首をまわして、店員のお姉さんを見た。


「だから、仕事の話! このお客さん!」


 店員のお姉さんは片手を広げて俺を戦闘狂に紹介した。

 戦闘狂はうるせぇなみたいな顔で、店員のお姉さんを見ている。

 こういう店で働いているからだろう。冒険者には慣れているようで、戦闘狂に先ほどの表情でじっと見られているが店員のお姉さんは全く動じない。

 酒場のお姉さんって凄いなと感じた。

 店員のお姉さんが厨房へ戻ると、戦闘狂は俺を見てきた。


「はじめまして。俺はアレクシスだ。仕事の話を聞いてほしいのだが」

「ふうん。いいぜ。受けるかどうかは話を聞いてからだ」


 大して興味を示さない戦闘狂に、俺はそれでもかまわないと頷いた。





「水竜と戦う? ひっやひっやひっやひっや! まじで笑えるぜ!」

「冗談で言ってはいない。俺は本気だ。あんたが必要なんだ。だから雇いたい」


 店員のお姉さんの粋な計らいで、俺はテーブルを挟んで戦闘狂と向かい合っている。

 ノーラは俺の隣に座って、静かに注文した品を食べている。

 先ほどまで戦闘狂と一緒に食事をしていた人達は席を外してくれて、離れた席で食事をしている。だから今は三人で食事をしている最中だ。


「金で俺を縛るってか? それこそ冗談で笑えねえ」


 椅子の背もたれに身体をあずけたまま戦闘狂は笑った。


「冒険者だろう? 報酬なしで協力してくれるのか?」


 とぼけるような声音で聞くと、戦闘狂は椅子の背もたれから身体を離し、ぐいっと身を乗り出して俺の顔をまじまじと見て言った。

 戦闘狂がつけている鎖がテーブルに乗っかって、しゃりと鳴る。


「俺は金をもらわねぇとは言ってねぇよ。大事なのはよ、覚悟だ。お前のここの覚悟はどうなんだよ?」


 戦闘狂は自分の指先を伸ばして、俺の胸を突っついた。


「あるさ」


 俺はエルフ族の少女にも見せた真剣な表情で答える。


「口先だけなら何とでもいえるぜ?」


 突っついた指を引っ込めて、手のひらを反らし、馬鹿にするように言ってきた。

 戦闘狂がつけている鎖がまたしゃりと鳴る。


「妹の命がかかっているんだぞ! 中途半端なわけ、ないだろうがっ!」


 俺は気持ちを爆発させた。

 隣に座っているノーラが驚いて目を瞬かせる。

 店員のお姉さんは他のテーブルに品を置き、厨房に戻りながら俺の方を見た。

 お前は知らないから笑えるんだ。

 半年後に死ぬことが確定し、残りの時間を一緒に過ごすことも許されず唯一の家族を引き離されたあの時の俺の絶望と悲しみを。

 俺が一縷の望みをかけて、どんな思いでこの街に来たのかを。

 リリアーヌは半年後に国の安寧のために『海の乙女』として命と身をささげる。

 万人のためとは聞こえはいいが、一方的に宣言された当事者や家族はたまったものではない。

 納得できるか。

 憤怒の顔を見せる俺に、戦闘狂は余裕の笑みを見せて言った。


「じゃあその覚悟、見せてくれや?」



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