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10話 戦闘狂

 三角帽子を被った小さな魔法使いの少女が、俺の顔を見て地面を指した。


「アレクシスこれも採って。根っこからよ」

「はいはい」


 俺は指図されるがまま、小さな魔法使いの少女――ジェシカロロシーから見習い小僧のようにこき使われている。

 現地について早々に採取道具を渡され、先がとがった道具を地面にぐっと差し込んで土ごと掘り上げた。


「土はどうする?」

「はたいて捨てて」

「わかった」


 空いている手で根と緑色の茎の境を軽くたたく。小さい土の塊が落ちて白い根が見えた。白い根に緑色の茎、黄色く色づいて花を咲かせた植物を小さい麻袋にそっと入れた。

 素人が見れば素通りしてしまいそうな、どこにでも咲いていそうな植物が、の魔法使いの手にかかれば滋養強壮や風邪予防の薬に変わる。

 薬師の知り合いもいない、魔法使いの世界も知らない俺としてはそうなのか、と頷くしかなかった。

 俺はジェシカロロシーに渡そうと立ち上がった。太い樹の根と木陰の土が苔に覆われた手つかずの自然が視界に入る。

 採取を始めてから数時間が経つ。太陽は高い位置にあり、枝のすき間から落ちてきた光が紗のようにかかっている。

 先を見ると、ジェシカロロシーはもう一人の協力者のノーラに採取した薬草の効果を説明していた。


「三つ入ってる。まだ必要か?」

「あと二つ採取してほしいわ」


 根に内側から押し出されて変形している麻袋を渡した俺は、新しい麻袋をジェシカロロシーから受け取った。

 わかったと返事をして、俺は散歩するように歩いて花を探す。


「あった」


 先ほどの場所から少し離れた樹の陰にひっそりと咲いていた。同じ手順で二つ採取して麻袋に入れる。

 よし、と呟いて立ち上がった時、人の声ではない悲鳴を聞いた。


「なんだ⁉」

「モンスターよ。誰かが倒したのよ」


 辺りを見回して剣の柄を握った俺に、ジェシカロロシーはたぶん獣系の声じゃないかしらと予想した。


「モンスターってあんな声をだすのか?」

「アレクシス、戦闘経験ないの?」

「来たばかりと言っただろう」

「ああ。ごめん。エルフだからつい自分の感覚で言っちゃったわ」


 ジェシカロロシーは時間の感覚がなかなか変えられないのよね、と言った。

 エルフと人間の寿命は天と地の差ほど違う。外見が十代前半に見えるがジェシカロロシーはゆうに百年歳を超えているエルフだ。


「じゃあ、モンスターの生みの親も見たことがないのね」

「生みの親?」

「言い方は人によって違うのだけれど。生みの親を『虚誕花』とか『虚誕魔』とかって言うの。見た目は花だけれど、実際は違うぞっていう意味でそう呼ばれているわ。モンスターはその生みの親『虚誕花』が卵を産んで、孵化して生まれてくるのよ。『虚誕花』の外見は茎のない大きくて花みたいな形。大きさは二階建ての家くらいよ。花で例えるなら、がく、花びら、子房(しぼう)があるの。子房で卵が作られて柱頭から卵が出てくるの。落下速度に加えて、地面との衝突で卵にひびが入る。そこから殻を割ってモンスターが出てくるのよ」

「はあ? 花からモンスターが生まれてくる?」


 俺はあまりにも信じられない話に頓狂な声をあげた。


「花に例えたらって言ったでしょう。それでその『虚誕花』の地面には魔法円陣(マジックサークル)があるの。その魔法円陣を壊すと、そこにはもう『虚誕花』は出てこない。でもね、一つ壊すと別の場所で新しい『虚誕花』がでてくるっていう噂があるの。トカゲのしっぽ切りみたいな感じだっていうのは冒険者たちの共通の認識になっているわ。なんなら見に行く? 鎖の音が聞こえたからモンスターと闘っているのは戦闘狂だと思うの。戦闘狂なら遠くから見ていても大丈夫だと思うけれど」


 ジェシカロロシーはエルフの特徴である長い耳で音を拾って、俺に提案した。


「そうだな。戦闘狂がどれくらいの強さなのか知りたい」


 名前よりも通り名で呼ばれる男の戦い方を見るにはいい機会だと思った。



◇◇◇◇◇◇



 俺とノーラはその光景を見た瞬間、吐き気を感じて手で口を押えた。

 ジェシカロロシーが生みの親と言った『虚誕花』の周囲には息絶えたモンスターとそのモンスターの血や肉の破片が無造作に転がっていた。

 ジェシカロロシーの予想通り、狼や牙を生やした小動物など獣系のモンスターで、その数は一体や二体ではない。両手を超える数だ。地を這うような体型の虫も数体転がっている。

 ジェシカロロシーと同じくらいの大きさもいれば、大人の倍以上の大きさのモンスターもいる。

 モンスターが人害でなければ、虐殺のような光景に見えただろう。


「うっ……」

「ここは街じゃないから吐いても平気よ」


 誰にも怒られないわよとジェシカロロシーに言われ、ノーラは急いで近くの樹の裏に回り込んでえずいた。

 俺はなんとか飲み込んで戦闘狂を観察した。


「ひゃっひゃっひゃっ! こりゃあ、でけえな!」


 戦闘狂は口の端を三日月のように上げたまま笑った。左右に剣を持って、地を這う虫と向かい合って見上げる。

 笑っている戦闘狂を見下ろす地を這う虫は生まれたばかりなのか、殻の一部と透明な液体が体にまとわりついている状態で奇声を発した。

 胴体の真ん中から――ぐっと上体を反り返って身を起こし、戦闘狂を威嚇する。その高さは数十年生えている大樹と同じくらいだ。

 地を這う虫は口を大きく開けて液体を飛ばした。


「おっと。あぶねえな!」


 戦闘狂は危機感のない声でさらりと避けた。

 先ほどまで戦闘狂が立っていた場所は液体が落ちた瞬間土の色が変わり、胃液のような酸っぱい臭いが鼻についた。


「あれ、なんていうモンスターなんだ?」

「ビッブベリベワーム。イモムシ系の中でも大きいモンスターよ。ベリベは始めて見つけた冒険者が適当につけただけらしいから深い意味はないわよ」


 ジェシカロロシーは由来も含めて教えてくれた。


「なあ。あそこにいるのは冒険者か?」


 戦闘狂から離れた場所、日陰で加勢せずに観戦でもするような姿勢をとっている複数の男たちがいた。

 彼らは革鎧を身につけて帯剣している。鍛えられた身体からして戦闘狂の仲間なんじゃないのかと聞いた。


「あの人たちは解体屋よ。モンスターの中には下処理すれば食べられる肉があるんですって」


 戦闘狂からおこぼれをもらうためにいるのよ、とジェシカロロシーが彼らのそばにある台車を見て言った。


「ノーラから聞いた。個性的な趣味を持っている客が来るんだろう?」

「ええ」

「加勢しないんだな」

「冒険者じゃないからね。必要なら戦闘狂が誰かしら誘うでしょ」


 俺とジェシカロロシーが観客気分で解体屋のほうを見ていると、どん、と地響きがした。


「!」


 はっと振り向くと、存在感を主張する大きな殻が、俺とジェシカロロシーの方へ転がってきている。


「おい、あれって!」

「モンスターの卵よ!」


 俺は剣を抜いて戦闘狂の状況を見た。

 戦闘狂は門塔で検問の順番を待っていた時と同じ笑みを浮かべ、自らつけたという鎖をつけたまま、ビッブベリベワームが次々に吐き出す液体を左右に飛んで避けていた。

 余裕のある笑みから、きっと遊んでいるのだろう。

 確かに普通の精神じゃないな、と思った。

 俺だったらさっさと片づけて、ギルドから報酬を貰って家に帰る。


「おい! 卵がこっちにくるぞ!」

「ああもう! やるわよ!」


 ジェシカロロシーは採取した籠を地面に置いて、杖を自分の前に出して詠唱をはじめたその時。


「おいっ! 俺の獲物だ! 手だすんじゃねえ!」


 ビッブベリベワームと交戦中の戦闘狂は肩越しに怒鳴った。


「はあ⁉」


 俺は独占欲をぶつけてきた戦闘狂にいらっとして叫んだ。

 転がってきている卵は地面との衝突でひび割れがいくつも入っている。

 殻を破って交戦に入るのは目に見えている。自分の身を守るために戦うのであって、戦闘狂から獲物を横取りするわけではない。


「アレクシスさん……」


 俺とジェシカロロシーの会話を聞いたノーラはふらふらした足どりで戻ってきた。


「大丈夫か?」

「はい……大丈夫です」


 持参した水袋で口の中をすすいで戻ってきたノーラの顔色は悪かった。

 ノーラはまだ十五歳の少女だ。いくら新人の冒険者といっても精神面は年齢相応で、普通の反応だと俺は思った。

 ノーラは治療師ヒーラーだ。後衛の位置にいて、誰かに守ってもらわないといけない。

 詠唱中の魔法使いのジェシカロロシーも同じだ。

 俺はジェシカロロシーとノーラを守るように前衛の位置まで移動し剣を構えた。

 俺にとっては初陣だった。緊張した面持ちでいると、殻を破り、モンスターが奇声を発して出てきた。

 出てきたのは羽をもつ虫のモンスターだった。ビッブベリベワームと同じように、殻の一部と透明な液体が体についている状態で羽を高速で羽ばたかせて空中へ飛んだ。


「俺がやる! まってろ!」


 戦闘狂は駆け出してビッブベリベワームとの距離を詰めて飛躍し、双剣を振り下ろして一刀両断した。

 ビッブベリベワームは悲鳴をあげることもなく地面に倒れた。

 土煙をあげて倒れたビッブベリベワームを背に戦闘狂は反転して駆けだす。しかし、虫のモンスターが俺に向かって飛んでくるのと、ジェシカロロシーの魔法が発動したのが早かった。


「ウォーターボール!」


 水鉄砲のように十数個の水の球体が虫のモンスターに向かって飛んでいく。

 俺に向かって飛んできた虫のモンスターは、攻撃よりも飛んできた障害物を避けることを優先して後退した。

 全てのウォーターボールを避けると、虫のモンスターは高度をあげて、そして急降下してきた。

 狙いを俺に定めて急降下してくる虫のモンスターに俺は身構えた。

 俺が避ければ後ろにいるジェシカロロシーと治療師のノーラのどちらかが負傷するだろう。

 三人の中で経験がなくお荷物なのは俺だ。だが、女の子を盾に逃げるのは男として、騎士として矜持が許さない。


「アレクシスさん!」

「ちょっと避けなさい! あたしたちは下がっているから!」


 ノーラとジェシカロロシーの叫び声が聞こえたが、俺は石のように動かず立ったまま。

 初陣だということを意識しているからなのか、手には嫌な汗がでている。心臓の鼓動も早い。このままだと衝突するな、でも一歩も引く気はない、と虫を睨みつけた俺の目の前を影が通り過ぎた。


「――⁉」


 瞬きをしたら、虫のモンスターはいなかった。

 ゆっくりと影が去った方へ顔を向けると、戦闘狂が虫のモンスターを一刀両断して立っていた。


「俺がやるって言っただろ」


 戦闘狂は剣を振って血のりをはらった。

 門塔で検問の順番を待っていた時のような笑みは消えていた。


「間に合うとは思わなかった」


 俺は警戒態勢を解いて剣を鞘にしまった。


「戦闘狂が来るまでの時間稼ぎだから下手に挑発しないで、って言おうとしたんだけれど……」


 戦闘狂が来る方が早かったわね、とジェシカロロシーは言いながら歩み寄ってきた。

 ジェシカロロシーは始めから戦闘狂に任せるつもりだったと言った。

 素人目から見ても威力は低いように見えた。俺はあれで十分な一撃が与えられるのかと疑問に思っていたが納得した。


「アレクシスさん、大丈夫ですか⁉」

「ああ。大丈夫だ」


 心配してくれたノーラに俺は笑って返す。


「ジェシカ――」

「おい。そこの魔法使いよぉ。あれを壊してくれや」


 もう十分だ。帰ろうとジェシカロロシーに言おうとしたら戦闘狂と声がかぶった。

 戦闘狂は口端を三日月のように上げて満足気な表情をしていた。よく見ると顔や胸元にはモンスターの返り血がついている。彼が親指で指したのはモンスターの生みの親『虚誕花』。

 モンスターは全滅していた。

 俺は息絶えているビッブベリベワームを見て、眉を寄せて目をすぼめた。

 俺はあの顔を見て、こいつと分かり合える日はないだろうと思った。そして、一刻も早くここからノーラをここから遠ざけたかった。

 ノーラのまだ顔色は悪く、視線を落として背けているからだ。

 モンスターを見たくないのだろう。

 冒険者の日々の一端を垣間見た俺は、安易な考えで冒険者になろうとしていた過去の自分を諫めた。


「いいわよ」


 私がいなかったらどうするつもりだったのよ、とジェシカロロシーはぶつぶつ言いながら杖を前に出して高らかに詠唱する。

 ジェシカロロシーの声に反応するように、彼女を中心に魔法円陣が現れる。


「――燃え盛るその炎で焼き尽くせ! ファイヤーボール!」


 大きい火炎の球が一直線に『虚誕花』と間下にある魔法円陣に向かって飛んでいく。


「!」


 どん、という爆音と振動が身体に伝わって、一瞬だけ身がすくんだ。

 炎に包まれた『虚誕花』は悲鳴をあげるわけでもなく燃えて灰になった。


「大丈夫そうね」


 ジェシカロロシーは『虚誕花』と魔法円陣を破壊――燃えて灰になった場所まで近づいて、大地に亀裂が入った場所を見て言った。


「ジェシカロロシー。ノーラが限界だ」


 戻ってきたジェシカロロシーに、俺は早く立ち去ろうと目で訴える。


「ええ。わかっているわ。――私たちはもう行くわ!」


 ジェシカロロシーは戦闘狂と解体屋に向かって叫んだ。

 戦闘狂の代わりに解体屋の一人が手を挙げた。

 俺は戦闘狂に背を向けて歩きながら胸にたまった不快さを息と一緒に吐き出し、ジェシカロロシーはノーラを支えるようにその場を後にした。


「冒険者はみんな、ああなのか?」

「さすがに戦闘を楽しむのは戦闘狂くらいよ」

「そうか。世界が違うな……」

「来たばかりならそう見えるでしょうね。私も始めて戦闘狂の戦闘を見た時は引いたわ」


 小さく言った俺の感想に、その気持ちわかるわ、とジェシカロロシーは言った。


11月29日魔導士から魔法使いへ修正しました。

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