9話 水竜
「まず水竜は海の王者って言われているわ。一つの身体に頭が二つ。首から上が枝分かれしたみたいにあるって書いてあるわ。だから目は四つよ。首を回せば左右前後、全ての範囲を見られる。だから死角はない。地上に存在する竜みたいに大きい翼も鋭い四肢の爪もないけれど炎を吐くわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は疑問がわいて、ジェシカロロシーの次のページをめくる手を止めた。
突然止められた彼女は眉を寄せる。
「水竜は男神アドロリウスが生みだした怪物だ。モンスターなのか?」
俺は視線を本からジェシカロロシーへ向けた。
「あー……。そこね。わたしの国ではモンスター扱いされているわ」
「わたしの国? 他の国は違うのか?」
俺は混乱した頭でノーラを見た。
「私の国でも水竜はモンスター扱いです」
「ねえ。妹さんを助けたいのでしょう。モンスター扱いして何か問題でもあるの?」
ジェシカロロシーは首をかしげて俺を見上げた。
「いや……。俺の国には冒険者がいない。だから、普通にモンスター扱いされていることにびっくりした」
「なるほどね」
「えっと、俺の国に伝わる神話というか、『海の乙女』が必要になった話って知っているか?」
俺は語り口調で話し始めた。
ある時代の自国の王妃が自分の美しさを周囲から褒め称えられ有頂天になり、海の女神よりも美しいと豪語したことがきっかけになったこと。
それによって海の女神の夫から怒りを買ってしまい、大事にしている娘――王女を水竜に差し出さなければいけなくなったこと。
差し出されたのが王女ではなく、外見がとても似ている偽物だったことで、さらに怒りを買ってしまったことだ。
「――という話なんだが」
「うん、わたしの国で言い伝えられている内容と同じだわ」
ジェシカロロシーはうなずいた。
「私は初めて聞きました。水竜も冒険者になってから知りました」
ノーラは凄い話ですねと感想を言った。
「ねえ、念のために聞くけれど、アレクシスの国では怪物扱いなのよね? 神聖化されてないわよね?」
ジェシカロロシーは神聖化されていると退治することが難しくなるわよと言った。
「神聖化?」
「たまにあるのよ。村とか小さな集落で『これは神々が使った物じゃ』って村長が言って、古びた杯とか剣とかを聖杯化して崇敬する文化が」
「ああ。いや、それはない。さっき説明した通り、男神アドロリウスが生みだした怪物として俺たちは恐れている」
「じゃあ、退治することに問題はないってことでいいわね? 話を戻すわよ。えっと、水竜は地面を嚙み砕くほどの鋭い牙がある。胴体から下は太くて長い尾があり、深海……海の底ね。海の底は真っ暗だけど難なく泳いで移動ができるって書いてあるわ。腹部以外は固い鱗に覆われていて、鉱石より硬い。……剣で叩き斬ればいいだなんていう考えは捨てたほうがいいわね」
ジェシカロロシーはまたページをめくる。
「奴の利点は自分が不利になったら海の中へ潜れること。まあ、当然ね。私たちは魚じゃないから長時間潜れないわ。でももし、方法が見つかって長時間潜れて水中戦ができたとしても、海の中で水竜と戦うことなんて自殺行為に等しいわ。もう、人間と蟻の戦いみたいなものね。重厚な鎧を身につけた何千、何万の騎士が一気に挑んでも勝てない。数の問題じゃないわ」
「じゃあ、妹も第六王女も見捨てろというのか? 運が悪いから諦めろと?」
ジェシカロロシーの後半の説明に俺の心がいらついて、険のある言い方になった。
俺は遊びでここに来たわけじゃない。
何度も言うが、妹の命がかかっているのだ。
俺の顔に怒りが見えたのだろう。
ジェシカロロシーは俺から視線を外した。
静かに聞いていたノーラの眉が下がる。
三人の間に沈黙が降りた。
「……別に諦めろ、だなんて言ってないわ」
ジェシカロロシーは視線を外したまま言う。
「いや、今の説明と口調はそうだろう。誰が聞いても」
俺の険のある言い方も継続のまま。
ノーラは気まずい空気に視線を泳がす。どうにかこの空気をなんとか収拾したいと考えているのだろう。
少しの間があってジェシカロロシーは視線を戻し、俺を見て人差し指を立てた。
「お祖母さまからの受け売りだけれど。生きものには必ず、欠点や弱点はあるのよ。だから、不可能じゃないの。どれだけ不可能を可能にできるかって話よ」
「じゃあ……!」
「あたしは実績と名誉が欲しいの。何百年も語り継がれるような武勇伝が欲しいのよ! だから死に行くような冒険も戦いもしたくないって言っているの。不可能を可能に変えられるなら協力するわ」
ジェシカロロシーは前向きな姿勢を見せた。
それを聞いて、俺は心の中でほっとした。
「それは何を基準にして判断するんだ?」
「参加する人数、人選、総合的な戦力よ。人間だけじゃだめ。あたしみたいな魔法使いがもっと必要よ。それと戦術に長けた人。客観的に、俯瞰的に作戦を提案できる参謀役ができる人よ。あと言わなくてもわかっているでしょうけれど、安心して前衛を任せられる人も必要だからね。あたしみたいな後衛をする人は前衛の面子がどうなるかで安心感が違うのよ。知り合いの冒険者で場数を踏んでいる人はいないの? 難易度が高い依頼を難なくこなしている人よ。今何人いるわけ?」
ジェシカロロシーはまくし立てるように言った。
俺の想像以上に彼女は客観的に物事が考えられるエルフだった。
それは彼女が魔法使いで後衛だからだろうか。
後衛をする人は前衛の面子がどうなるかで安心感が違う、という説明に俺は深く共感した。
俺はジェシカロロシーに仲間がいたとして、彼女のパーティーが敵と交戦になったとき、勝算とか算出できそうな印象を受けた。
「今のところ俺とノーラだけだ」
俺は大真面目な顔で答えた。
「たった二人⁉」
ジェシカロロシーは悲鳴のような声をあげた。
「俺はこの街に来たばかりで知り合いがいない」
「私はアレクシスさんよりは経験ありますが新人ですので……」
俺とノーラは揃って眉尻をさげて現状を伝える。
うわあ、だめじゃない、とジェシカロロシーは頭を抱えた。
「これから集める。もちろん戦闘狂は絶対に引き入れる」
「え⁉ 本気ですか⁉」
俺の決意表明に、今度はノーラが悲鳴のような声をあげた。
「ねえ、戦闘狂がなんて言われているか知らないの? 頭のネジが飛んでいるやつよ。自分よりも強いやつがいないから自分に足枷して、わざと自分を不利な状況に追い込んで迫りくる恐怖と興奮を味わうようなやつよ」
ジェシカロロシーも驚いたようで本気なの、と聞いてきた。
「それはノーラから聞いた。たしかにネジが飛んでいるなと俺も思う」
俺が答えると、でしょう、とジェシカロロシーとノーラは同時にうなずいた。
「戦力はいくらあってもいい。あいつは必要だ。必ず引き入れる。あいつ以上に頼もしい奴はいない」
俺は大真面目な顔で決意は変わらないことを伝えると、ジェシカロロシーは引き入れられるかしらね、と半信半疑のような表情を見せた。
「進展したら教えて」
ああ、と俺はうなずいた。
これで二人目。
俺の仲間集めは始まったばかり。
前途多難だ。でもやるしかない。
「ねえ。協力するのだから、当然私のほうにも協力してくれるわよね?」
俺が気持ちを改めていると、ジェシカロロシーは確認するように聞いてきた。
「かまわないが俺はノーラとパーティーを組んでいる。ジェシカロロシーは誰かとパーティー組んでいるのか?」
「組んでいないわ。必要になったらその時だけ助っ人を探して、臨時パーティーを作るやり方をしているわ。パーティーがいるのは助かるけれど、自分の都合が悪くなったら迷惑かけるじゃない。それが嫌なのよね。私調べ物したり、調合したりするから」
「どこか行きたい場所でもあるのか?」
「薬草が少なくなってきたから採取したいのよ」
「私はいつでもいいです」
「俺もだ」
俺とノーラがいつでも付き合えると言うと、ジェシカロロシーは喜んだ。
「本当? じゃあ、明後日付き合って!」
11月29日魔導士から魔法使いへ修正しました。




