71話 賄賂と治癒と悲報
トンネルを抜け、山脈に沿って南下すると東方の民族衣装を着用した行商人たちとすれ違う。カーイロンの街へ向かっているのだろうか。この整備されていない道は馬車の揺れが酷く、ラミが酔うというので速度は控えめで進んだ。
ハレンは変人だったが錬金術師としては一流だろう。主となる原料は俺たちが用意したが、王侯貴族しか手にすることができないエリクサーを生成したのだから。研究を進めて、万が一のために仲間が使える量を確保したい。
魔国とコリアラ王国に追われているのだから。
途中で何度か休憩を挟みチャイナル人民国へ向かう。アルカとも連絡は取れている。今のところは順調だ。魔国兵の姿も見ない。チャイナル人民国は膨大な人口と兵力を有しているらしい。魔国もうかつに手を出せないのだろう。
「チャイナル人民国の首都が見えてきたな。もうすぐだ。アルカたちは北部城門から入ってすぐの赤い提灯を吊り下げている宿に宿泊しているらしい。」
「はやくベッドで横になりたーい」
『ラミ殿、もう少しの辛抱です。』
そうこうしているうちに城門が見えてきた。出入りする人も非常に多く、俺たちは馬車専用と思われる列へと並んだ。警備兵も尋常な数ではなく、貧民の物売りの姿もなかった。入国前から異質な感じを受ける。官吏には逆らわないようにしよう。
「次の者は前へ!」
並ぶこと数時間、ようやく俺たちの順番となった。
「入国目的と身分証明書の提示、そして職業を言え!」
「俺たちは冒険者のパーティーだ。素材の販売と観光で訪れた。」
「各自、身分証を提示しろ。」
俺、シロ、ラミは冒険者証を提示した。リナとレナは従者だと伝えた。
「A級冒険者か、何の素材を販売するつもりなんだ?」
黒蜘蛛の素材を出すと問題視されそうなので、訓練施設のダンジョンでフェザースネークから入手した風の魔石を販売すると伝えた。
「ふむ。風の魔石はどれぐらいの量を所持しているんだ?」
「100個ほどを所持している。他に魔物の素材も売却するつもりだ」
「売却する物はそれだけか?」
「ああ、それだけだ」
「その風の魔石はどこで入手したのだ?盗品ではあるまいな。」
「まさか、コリアラ王国の西方にある未開地のダンジョンで入手した。」
警備兵がしつこく尋問してくる。
(これは遠回しに賄賂を要求されているのか?言いがかりをつけられて困るな)
俺は金貨を1枚取り出し、周囲から見えないように警備兵の手に入れた。
「よし!問題なし!通ってよし!」
この国は賄賂が必須だったか。気付くのがもう少し遅かったら危なかったな。
ようやく城門を抜け、全員の一時滞在許可書を発行してもらう。有効期限は30日か。延長する場合は銀貨1枚を支払い再発行が可能とのこと。滞在許可書があれば、あの長蛇の列に並ばずとも、別の入口からすぐに入場ができるらしい。
「ようやくアルカに会えるな。あれが赤い提灯の宿か、リナとレナは馬屋へ馬車を預けてきてくれ、俺は部屋を取ってくる。」
宿に入り、受付で空室状況を確認して部屋をとる。2人部屋と3人部屋を借りた。
アルカとハナコの外見を伝え、呼び出してもらった。
リナとレナも馬車を預け終えたので、皆で1階の酒場で待った。
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しばらく待つとハナコが階段を下りてきた。
「主、皆も久方だったのう。」
「ハナコ、迷惑をかけたな。アルカは無事か?」
「うむ。無事じゃ。じゃが精神的には少し問題があるやもしれん」
「そうか…とりあえずアルカの所へ行く。
ハナコは一緒に来てくれ。他の皆は少し待っててくれ。」
ハナコに付いていき、彼女たちが宿泊している部屋へ行く。
部屋に着き、ハナコがドアを開ける。アルカはベッドで横になっていた。
「アルカ、待たせたな。」
「テセウス?良かった。怪我もなく無事だったんだね。」
「ああ、問題ない。エリクサーを入手した。
早速、お前の足を治療したいんだがいいか?」
「うん。テセウスに任せる。」
アルカは最後に会った時より衰弱していた。
そして、やせ衰えて虚ろな目をしていた。
「これを半分飲んでくれ。半分は足首にかけるから、痛かったり、変な感じがしたら、すぐに言ってくれ。」
「うん」
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結論から言うとアルカの足は回復した。
その効果は驚くべきもので、血色まで回復させた。
「アルカどうだ?違和感などはないか?」
「うん。大丈夫。歩けるよ…」
だが、思ったよりアルカの反応が薄い。そして彼女は震えていた。
「アルカ?どうしたんだ?どこか痛いのか?」
「ううん。体は大丈夫。歩けるようになって嬉しい。」
「そうか、よかった。」
「少し気分が優れないから横になってるね。ごめんね。」
「いや、いいんだ。欠損部位の回復には体力を消耗するからな。
シロたちが下で待っているんだ。アルカが治ったことを報告してくる。
そのまま休んでいてくれ。」
「うん」
俺とハナコは部屋を出て、皆の待つ1階の酒場へ移動する。
赤提灯の宿は大きく、併設されている1階酒場も広い。今は食事などをする人も少なくので会話を聞かれる心配も少ない。シロたちが座っているテーブルにハナコと着席する。そしてアルカの状況を皆に伝える。
「結論から言うとアルカの欠損部位、つまり足は治った。歩くことが出来る」
『おおお!それは喜ばしい限りです!』
「アルカよかったねー。ラミもうれしいよ!」
「「それは何よりでございます」」
「そう、回復はして良かったんだが…ハナコ、アルカの状況を教えてくれ」
「うむ。アルカは旅の同行は精神的に無理やもしれん。」
シロたちの表情が一変した。
「拉致された件が原因か?」
「おそらく。そのうえ、足を切断される拷問まで受けておるのじゃ。
夜、寝ている時もうなされたり、泣いたりしておる。
心に深刻なダメージがあり、回復には時間が必要じゃと思う。」
「そう…か…」
「鍛冶をするもの難しいかもしれん。鍛冶師として拉致されたのじゃ。槌を握れば再び狙われるかもしれん。その状況から、鍛冶もできず、戦いもできず、何もできない自分を追い込み、精神的に壊れてしまったんじゃろう。」
「状況は理解した。少し考える時間をくれ…」
アルカをこのまま同行させて旅を続けることができない。
魔国に復讐するために乗り込むか。現実的には無理だろう。あの教国を壊滅させて占領するほどの強大な軍事力を相手に、数人の冒険者集団がどうにか出来るとは思えない。ならば、どうする?対応しうる国へ庇護を求めるか?どうやって?
考えがまとまらない。この国は魔国の影響を受けていない。旅を終えて定住するのも一つの答えだと思う。だが……。
もう一度、神の島へ行きたい。アイツを待たせている。
「シロ、お前の意見を聞かせてくれ」
『私は主殿の意見に従います。どうすればいいか分かりません。』
「ラミ、お前はどうだ?」
「うーん、わかんない。でもアルカを連れて旅するのは無理だね。」
「ハナコ、お前は?」
「うむ。魔国の影響がない土地で静かに暮らすのか良かろう」
「リナ、レナ、お前たちは何かあるか?」
「私達はテセウス様に付き従うのみです。意見はございません。」
どうすればいいのか悩んでいたとき、冒険者風の男が仲間と思わしき連中がいるテーブルへ走って近づき、興奮した様子である情報を伝えた。
「大変だ!魔国が神の島を見つけて艦隊で結界を破壊して占領したらしいぞ」
その男の言葉に食堂内が水を打ったように静まり返った。




