60話 借用証書とリスク、そして近代化
街道を急ぎ進む荷馬車が1台。そこから悲鳴が聞こえる。
「うぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ」
街道は整備されているとはいえ、現代アスファルトの様な平面ではない。石畳で敷設している街道はサスペンションの無い荷馬車にダイレクトに衝撃が伝わる。御者をしている俺とシロは集中しているお陰なのか、揺れが気にならない。荷台からラミの奇声が聞こえる。
「ちょ、ちょ、ま、ま、ま」
「ラミ?どうしたんだ? "ちょちょま"って何だ?」
「ちょ、は、は、ぐぇぇ…」
荷馬車の速度を落とし、ラミが喋れるようにする。
「はぁはぁ、無理。この揺れは死ぬわ。」
「大丈夫か?だが速度を落とすと戦闘に巻き込まれる可能性があるんだ。」
『ワシがラミを乗せて先まで飛んでもよいぞ? なら、お主ら二人で気にせず荷馬車を勧められるしのう。』
「ああ、そうだな…。ハナコ、悪いがそうしてくれるか? SISでラミを待機させている場所は確認する。」
そう言って、ハナコが獣化し、人化のラミを乗せて飛び立って行った。
「ハナコは荷台の揺れは大丈夫だったのか?」
『恐らく、荷室で浮いていたのかもしれませんね。」
「なるほど。」
二人が飛び立ったのを確認して、再び速度を上げて荷馬車は進む。SISマップの進行方向は、凄い勢いで地形情報が追加されていく。
「飛べるっていいな…」
『そうですね。憧れます。』
それから暫くの間、シロと会話しながら進んでいるとハナコが戻ってきた。俺は荷馬車を停止してハナコを迎える。
「ありがとな。どこに降ろしたんだ?」
『見晴らしが良く、目印に丁度良い大きな木があってのう、そこに降ろしてきたのじゃ。』
SISでラミの居場所を確認した。馬達に水を与え「もう少し頑張ってな」と言って、馬車を走り出させた。数時間だろうか、走り続けてラミの近くに着いた。緩やかな草原の丘に1本の大きな木が生えている。その根本で一人の少女が大の字で寝転がっていた。
荷馬車でも登れる傾斜だったので、木の付近まで着けて俺達は降りた。そして馬達にウォーターで大量の水を与え、食事のために荷馬車から解放した。
「ラミ、大丈夫か?」
「うん…。何とか、食事が出来たら起こして…。」
「ああ、わかった。」
テントを設営して野営の準備をする。焚火を起こし、夕食の準備を始める。あと少しで日が暮れるので、明るいうちに準備を済ませる。
「俺はゼリウスか…。テセウスとゼウスを合わせたって言うけど、ゼウス成分が多くないか?あと〝リ〟はテセウスには含まれてないぞ?」
『主殿、恐らく〝ゼセウス〟だと元名に近いのと語呂が悪かったのじゃないでしょうか?』
「絶対、語呂が悪いからだと思う…」
そんな話をしながら、夕食の準備をしているとSIS通信が入った。
(全員にツグ ソッチに飛翔魔物が向かってイル 警戒セヨ)
索敵に回っているクロからSIS一斉通信を受信した。
(クロ、飛翔魔物とは?)
(ワカラナイ 空を飛ぶ何かの魔物が向かってイル)
(分かった。警戒体制をとる。)
数分後、グリフォン1匹とそれに乗った竜人が近づき、野営地に降りてきた。
「貴様ら何者だ?」
グリフォンから降りた軍人と思わしき竜人が俺達に話し掛けてきた。
「何者とは、どう言う意味だ?」
「質問の意味通りだ。貴様達は何者だ?」
俺達は冒険者証を取り出して、兵士に提示した。
「俺達は冒険者だ。素材収集の旅をしている。」
竜人兵士が4人分の冒険者証を確認している。
「ふむ。冒険者のようだな。だが、この付近は魔国軍の戦闘領域に入る。間者の可能性を踏まえて、今より検閲を行う。」
寝ていたラミも起こされ、四人の所持品などを調べられた。テントの中や荷馬車、そして魔道具袋も調べられた。
「素材収集にしては、荷物が少ないが、なぜだ?」
「ああ、魔道具袋に全て入れているからな。一部の素材は聖都で売った。」
「ならば、素材検めを行う。地面に並べよ。」
面倒だったが、一国の軍隊には逆らえず、風魔石や土魔石などを並べた。
「魔石ばかりだな。他には素材収集を証明する物は無いのか?」
「あるけど、いいのか?強烈な素材を持っているけど。」
「これは検閲だ。潔白を証明したければ、証拠を並べよ。」
俺は、シロとラミを見た。二人とも頷いて、一斉に黒蜘蛛の足や腹部、そして頭部や目玉などを取り出した。
「うぎゃーーー、ぐぼぇ、ぐぜぇぇぇ」
ハナコは顔を歪め、竜人兵士は叫び、そして吐き出した。
そして、その素材を兵士に近付けると後ろで待機していたグリフォンが逃げ出した。
「わがっだ、やめろ、もゔいい、戻ぜぇぇ」
「ああ、わかった」と俺達は言って、黒蜘蛛の部位を魔道具袋に収納した。
ふと、黒蜘蛛の体液が垂れ落ちた地面を見ると、シュウシュウと音が鳴って草が枯れていた。
「なんだ、その物体は!」
竜人兵士が激怒して、蜘蛛の事を問い詰めてきた。
「これは故郷で食する素材だ。ただし毒性が高いので調理が必要だけどな。」
「攻撃用の毒ではないのか?」
「いや、違う。何なら食べて見せようか?」
「よし、なら食べてみろ。無事ならば貴様達を冒険者として認めてやる。」
俺はラミを見て彼女が頷いた。そして竜人兵士の近くに行き、蜘蛛目玉と取り出して見せつけるように食べだした。
「あぁ~、やっぱり(ネチャッ)、目玉が(ヌチャッ)、一番美味しいね。」
「うえぇっ…」
兵士が再び嘔吐した。そして、フラフラになりながら無言でグリフォンに乗って飛び去った。ハナコも鼻をつまんで目を逸らしている。彼女も耐えれないようだった。
『のう。ラミよ、それ猛毒だと思うのじゃが、浄化せずとも大丈夫なのかえ?』
「ん?目玉はピリピリ少ないから、そのままが美味しいんだよ? 一つ食べる?」
『いや、要らぬ。地獄を見そうじゃ…』
予期せぬ訪問者の高圧的な態度にはストレスを感じたが、蜘蛛素材のお陰で無事に切り抜けた。そして、中断した夕食の準備を再開し、本当の食事をして今日は休んだ。
翌朝、出発の準備をしながら昨日の兵士を思い出す。
「やっぱり、飛行魔物と組んだ軍隊は存在したんやな…。」
『そうですね。ハナコ殿が飛んでいる所を見つからず、良かったです。』
『かっかっか、あんな小童どもなんぞに、ワシが空で負けはせぬ。一瞬で返り討ちじゃ。』
「まあ、そうかもしれんが、アルカを救出するまでは目立ちたくないんだ。気を付けるぞ。」
そして準備が完了して、ブランズ王国に向け出発した。
馬車へ乗車して間もなくの事だった、後方から炸裂音が何度も聞こえた。恐らく教国との戦闘が始まったのだろう。俺達は間一髪で戦地を離れる事が出来たのだった。
その後の街道は順調で、魔物の出現や盗賊などの一切現れなかった。これは魔国軍が進軍したため、一掃されたのだろう。
カトリク教国とブランズ王国の国境に着いた。関所が混雑している。恐らく戦争で教国から逃げだした人々が王国側へ避難するためなのだろう。
俺達の荷馬車は長い列に並び、順番を待った。ふと隣を見ると見知った顔があった。そう「カミラ」だった。借金を押し付けて逃げたあの女だった。
俺は魔道具袋から借用証書を取り出した。小金貨250枚、つまり金貨25枚。この女は、これを押し付けて一瞬で逃げたのだ。
彼女は一人で列に並んでいる。そして俺達には気付いていない。チャンスだった。俺はシロに小さな声でカミラ発見を伝え、御者を変わってもらう。
ふつふつと怒りが蘇ってきた。金貨を取り戻そうとは思っていない。あのクソ女に制裁を与える必要がある。親切を仇で返した、このクソ女に。
そっと馬車を降りカミラの後方に回り込む。またヤツは気付いていない。俺は魔術の〝闇纏い〟を発動させてカミラの背後に立った。そして借用書を手に持ち、彼女を首を掴んだ。
「きゃあぁぁーー。何するの…。ゲッ…、テセウス…」
「やあ、逃亡者さん。久しぶりだな。これが何か分かるか?」
俺は借用書をピラピラさせて、彼女の目前に見せつけた。
「こ、こ、こんにちわ。えへへ…」
「お前には二つの選択肢がある。一つはこの場で金貨25枚を払うこと。もう一つ衛兵詰所に一緒に行くことだ。」
「えへ、えへ、えへ…。ごめんね。」
「いや、違う。俺は選べと言った。謝罪は要らない。さあ、選べ。」
「え、えへ。その、えへへ…」
「どうした?早く選べ。」
カミラは愛想笑いしかせず、気持ち悪かった。この時点で金を持っていないのは明白だった。
「その…。どうしたら許してくれるのかな?」
「ん?別に怒ってないぞ。金さえ払ってくれればな。さっさと金貨25枚を出せ。」
「あはは、いや…、その、銀貨25枚しか持ち合わせが無くて…。」
「そうか、全然足りないな。じゃあ、一緒に詰所に行って、後の処理は衛兵に任せるとするか。」
するとハナコが荷台から降りて、こっちに向かってきた。
『主、どうしたのじゃ?」
ハナコの人化は金髪バインバイン姉さんだ。カミラと比較しても天地程の差があった。
「ああ、昔、コイツに金貨25枚を騙されて支払わされたんだ。」
『貧素な小娘じゃのう。小金に目が眩んで男を騙すのか。興が冷めたわい。』
「な、な、なによ!アンタ誰よ!」
『低俗な売女が話しかけるでない。ワシの品まで下がる。」
そう言って、ハナコは荷台へ戻って行った。すると暇だったのか、今度はラミが出てきた。
「なになに?どうしたの?」
「え、ああ、昔コイツに騙されて金を捕られたんだ。」
「ええ!? テセウスを騙したの?命知らずだね~。」
するとカミラが俺に話し掛けてきた。
「この子も仲間なの?」
「お前には関係が無い。」
「そ、そうだよね。テセウス、ごめんね。」
俺はカミラの首を掴んだまま、近寄せ殺気を放って彼女に警告した。
「おい、今後、俺の名前を二度と口にするな。死にたくなければな。」
「は…はひぃ。」
「ふん。まあいい。お前が近くに居ると面倒ごとの予感がする。この借用証書をやるから今日は消えろ。そして二度と俺達の前に姿を現すな。分かったな?」
そう伝えて、カミラに借用証書を渡し関所の反対側へ行けと言った。すると彼女は証書を受け取り、走ってその場を去った。
「逃がしちゃうの?ワタシが捕まえようか?」
「いや、あれは疫病神だ。金貨25枚で厄払いをしたと思えば安いもんだ。」
今の俺はゼリウスであり、テセウスでは無い。この先、魔国連合の領土へ入る。カミラが俺の正体を告げ口する可能性があるので遠ざけた。制裁を加えようと考えたが、逆恨みを買うよりマシだと考え、彼女の借金をチャラにして開放したのだった。
それから、半日ほど列に並び俺達の入国審査の順番が来た。
「よし、止まれ。入国目的と身分証を出せ。」
俺達は冒険者証と素材販売の目的で入国をすると兵士に伝えた。
「ほお、A級冒険者か。よし、入国を許可する。」
流石はA級、高位冒険者だった。絶大な信用度であっさりと審査が終わり、ブランズ王国へ入国したのだった。
「A級の信用度は凄いな。フリーパスに近い信用度だな。」
『主殿の偉大さが兵士に伝わったのでしょう。」
シロは盲目的に俺を崇拝している。褒められるのは嫌いじゃないが、少し大げさなので時折、恥ずかしくなるのだった。
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ブランズ王国へ入国した俺達は活気に驚いた。関所を通って直ぐの街道に露店が多く開かれ、人が溢れ返っている。この人々は、恐らくカトリク教国から避難した人々なのだろう。故郷から遠く離れず安全な地域で暮らす。少し可哀そうに思うのと同時に避難民の生活力に驚いた。
街道を進みティファルの街を目指す。ブランズ王都は魔国に向かう方角から離れているので経由はしない。関所付近でこの活気なら王都はもっと凄いのだろうと想像をした。だが、今はアルカを救出する事が最優先だ。彼女を救出した後に王都観光など良いかもしれないとは考えたが。
この国も街道整備が行われていた。魔物の出現や盗賊なども出会う事がなかった。国が豊かな証拠だろう。
街道沿いの村などに何度か立ち寄りティファルの街に着いた。この街も大きく、そして魔族が非常に多かった。人族が少ないが奴隷として拉致されたのだろうか。ここは魔国との交易中継地点として発展しているのだろう。荷馬車が多く、魔族商人の姿を沢山見かけた。コリアラ王国は貧しい国なんだと俺は他国を見て回って理解した。
この街では食材の補充のみ行い、そして直ちに出発をした。
ティファルの街から魔都までの街道は、恐ろしく整備が整っていた。要所には休憩所なども整備されている。交易路として重要視されているのだろう。
街道の路面も綺麗に平坦化されている。これは馬車の運航速度を上昇させて交易に要する移動時間を短縮させる狙いなのだろう。
「これは凄いな…。魔国の力なのかブランズ王国の力なのか、どちらにせよカトリク教国より国力が段違いだな。」
『これは馬車の移動が楽ですね。振動が少ないので速度も上げれます。また、要所の休憩所は売店までありますね。』
「ああ…。こりゃ違う世界に来た感覚になるな。文化の違いとかじゃ無く、世代の違いだな。」
そして快適に街道を進んでいると、平行して何かの大規模な工事が行われていた。
『主殿、街道に平行して何か作っていますね。もう一本、街道が出来るのでしょうか?』
「どれ? こ、これは…」
『どうしたのですか?』
俺はその工事を見て、唖然とした。この世界ではあり得ない物を見たのだった。
それはレールだ。あの線路に使うレールが大規模に敷設されている最中だったのだ。
「ちょっと、マズいかもしれん。俺の想像と魔国は大きく食い違う。」
『どう言う事なのでしょうか?』
「少し専門的な話になるが、この世界は魔法や魔術を除くと、俺の住んでた世界から技術的に大きく遅れているんだ。それも700年、800年って次元で。」
『はい。』
「それで戦争の基本は剣や盾、遠距離の武器は弓ぐらいだった。そして乗り物は馬が主流だ。先日のグリフォンは例外として。戦いは肉弾戦で陣形を組んで双方突撃をする。それに魔法や魔術の補助が行われるって感じだと思う。」
『まあ、カトリク教国の軍隊を見た限りではそうでしょうね。』
「この併設している工事は何か分かるか?」
『棒を地面に置いてますね。何をしているのでしょうか?』
「これは鉄道と呼ばれる高速で大量輸送を行う乗り物だ。これが出現するのは、俺の世界では200年ぐらい前なんだ。」
『どういう事ですか?』
「つまり、この魔国は他国と比較して500年から600年ぐらい先の工業力を持っているんだ。」
『???』
「えっと、難しいか…。つまり魔国は単独で、遙か先の未来の技術を持っているって事だ。」
『それは何故でしょう?』
「わからん…。もしかして…。SISの制作者も転移者だった。と言う事は、魔国には俺と同じ地球の現代人が存在するかもしれない。」
『その転移者が未来技術で工業力を進めているのですか?』
「ああ、鉄道の概念なんて、内燃機関がない…と……。」
『どうしました?』
「あっ!魔王が工業特区を作って、アルカがそこに拉致されたよな?」
『はい。そう聞いておりますが。』
「ダメだ…。魔王が転移者だ…。こりゃマズイ…」
『何が問題なのですか?』
「俺は勉強が苦手だったので元世界の知識が少ないんだ。それでもこの世界の人より数百年先の技術知識を持ってる。過去の技術を踏まえて基本的な教育をされるからな。」
「それで、技術は日進月歩って言って、簡単に開発や進化する物じゃ無いんだ。先人の経験を踏まえ、改良を行い、そして進化を繰り返す。昔の数百年は少しずつ技術が進歩した。突然、関連性の無い新しい技術が生まれる事は無いんだ。」
「そして、ある時、特別な技術が発明されて一気に工業化と技術が進歩した。産業革命と呼ばれたんだけどな。それが蒸気機関などの機械動力なんだ。この鉄道は、その機械動力を使用する乗り物なんだ。」
『それは、魔王が機械動力を開発したって事ですか?』
「ああ、恐らくな。俺とは違い知識豊富な賢い奴だろうな。当然、軍事転用して様々な近代兵器を作ってると思う。」
『それは一人の知識で可能なのでしょうか?』
「それだ…この世界の恐ろしい所は…。俺はアルカに頼んでミスリルに魔法を付与して兵器を作ってたのを覚えているか?」
『はい。銃と呼ぶ兵器ですね?』
「ああ、仕組みと知識が有れば、機械機構やエネルギーは魔法や魔石で代用が可能なんだ。」
『では、この世界は…』
「恐らく魔王に支配されるだろうな。近代兵器の恐ろしい所は短期間の訓練で熟練の剣士を倒せることだ。使い手は子供でもいい。兵器が戦闘力を有しているからな。剣を持って馬に乗っている連中は片っ端から倒されるだろうな…。」
『アルカ殿は救出可能でしょうか…?』
「それは大丈夫と思う。近代軍事化は、国家 対 国家でその技術差が有利となる。俺達のような少数勢力に国家規模の軍隊は投入されない。つまり近代化された少数勢力の軍隊相手でも個人の力量でまだ補えるはずだ。」
『それを聞いて安心しました。世界の事は国家に任せましょう。』
「そうだな。」
俺は激しく不安が過ったが、魔国の近代化は個人には関係が無いと考え、今は救出に向けて思考を切り替えた。




