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沈黙の神官(プリースト)  作者: こんたくみ
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第三十一話

 アテルイはなにか嫌な予感がした。廊下を歩きながら、周囲になんとなく注意する。嫌な予感と言っても、なにも不吉なことが起こりそう、というわけではない。


 したくない勉強をするときのような、面倒な作業が山積みになっているような、そういう億劫な予感だ。やらなくてもかまわないと言って投げ出したくなるが、それを片付けておかなければ後々支障が出るのだろう。


 アテルイの背後から声がした。


「よお、アテルイ」


 アテルイに声を掛けたのは、ジョーである。


「あれからどうだ?」


 ジョーは笑いながらアテルイに歩み寄った。アテルイはジョーを睨んだ。


「どうしてここにいるんだ」


 アテルイが言った。


「野暮用があったんだよ」


 ジョーはへらへらと笑いながら、アテルイに歩み寄る。


「お前に訊いておきたいことがあった」


 アテルイが言った。


「っへえ、あんたが俺に? いいぜ、なんでも訊いてくれ」

「その前に、あまり聞かれたくない話だ。人が通る心配のないところがいい。お前が隠れていたあの納戸でどうだ」

「ああ、いいぜ」


 そうして二人は、占拠事件のときに、ジョーとアテルイが最初に出くわした納戸部屋に来た。相変わらず壊れた道具などが置かれている。ジョーは奥まで歩いて、石臼に腰掛けた。


「それで? なにを訊きたいんだ」


 ジョーが言った。


「大したことじゃない。お前の目的を聞いておきたいだけだ」

「目的?」


 ジョーがにわかに表情を曇らせた。


「知り合いに会いに大聖堂へ来てるだけなんだが……」

「ギハオ神道の連中をこの大聖堂に引き入れたのはお前だな」

「おいおいおいおい、馬鹿なこと言うなよ、証拠は?」

「ない。状況証拠だけだ」


 沈黙が流れる。ジョーが立ち上がった。


「状況証拠って、例えば?」

「先ずここにいたことだ」

「それがどうして?」

「ここを襲撃した奴らは、部屋という部屋を回って人を襲っていた。それこそ、辺鄙な俺の部屋に侵入してくるくらいだ。この部屋はたしかに小さい部屋だが、目に付きやすい。この部屋に隠れて襲撃をやり過ごすというのは無理がある」

「他には」

「俺を殺そうとしただろう」

「いつ?」

「握手を求めた時だ。手に毒針を仕込んで、握手した相手を毒殺する。特別、変わった暗殺方法じゃない」

「なるほどね、でも俺、あんたに協力しただろう? あんたの言うように、俺がギハオ神道の仲間だったんなら、どうして仲間を裏切るような真似をする」

「そこがわからなかった」

「なんでい」


 ジョーはアテルイに歩み寄った。


「ほとんど言い掛かりだな」

「そうだ」


 二人の間に、緊張と疑惑が渦を巻いた。アテルイとジョーは互いに感情を表に出さず、なにを思っているのか見当がつかない。ふと、ジョーがにんまりと笑った。


「面白いぜ、そういうの、嫌いじゃない。他に俺のことで気付いたことはないのか?」


 ジョーが言った。からかうような口調。あるいは、アテルイのことを試しているのかもしれない。


「あの日、ロマラムタは俺に、侵入したネズミを探し出せと頼んできた。ロマラムタが俺にそういう仕事を頼むときは、情報源を明かせないときだ。情報源っていうのが敵、要するにギハオ神道の人間だったとしたら、説明は容易だ。ロマラムタはギハオ神道となんらかの取引をしている。その取引の窓口がお前というわけだ」

「んなるほどねえ」


 ジョーは感心したように頷いた。

「で?」


 ジョーの声が急に冷たいものになる。


「本当に俺がギハオ神道の人間で、ここに襲撃者を招き込んだ張本人だったとしたら、どうするつもりだ?」

「それがわかったところで、どうこうするつもりはない。但し、俺の仲間に手を出すような奴なら殺す」


 アテルイが言った。ジョーは弾けるように笑い出す。


「いや、なるほどねえ。道理であんなに頑張っても俺を仲間にいれてくれなかったわけだ。納得、納得」


 ジョーは笑い終えると、いつものように軽薄な雰囲気に戻った。


「そこまでわかってんなら、俺に確認を取るまでもなく、俺が奴らを裏切った理由も察しがつくんじゃねえのか?」

「それは――」

「ま! 俺が本当にギハオ神道から送られた間者だったらの話しだけどねん」


 ジョーが言った。手をひらひらと振って、アテルイの横を通り過ぎる。


「もう行かせてもらうぜ」


 アテルイを通り過ぎ、ジョーはアテルイに背を向ける。アテルイはその一瞬間に、肌が粟立つのを感じた。掻き鳴らしていた弦楽器の弦が突如として切れ、不協和音とともに音楽を一瞬で終わらせてしまったような不吉さ。


 ジョーの後ろ蹴りが、アテルイの膝を狙っていた。アテルイは本能的に避けていた。振り向き様、ジョーの拳がアテルイに迫る。弾くようにして防ぐ。


 だがそれでは終わらない。ジョーは流れるような連撃を繰り出す。拳が掌を打つ音が、狭い部屋に響く。音だけ聞いた者があったらば、時間を速く細かく刻む秒針、そんな印象を受けたかもしれない。


 アテルイが踏み込んだ。ジョーの肘がアテルイの肩を狙う。アテルイは見切っている。受け流すと、瞬く間に、打撃を十発ほど叩き込んだ。完全に怯んだジョーは、大振りの拳をアテルイに向けた。


 避けながら拳を捕らえたアテルイは、ジョーの勢いをそのまま利用してジョーを投げ飛ばした。部屋に積んであった、壊れた調理器具の山に突っ込んだ。


「へ、へへ……流石、強ぇな」


 ひっくり返った態勢のまま、ジョーが言った。


「なんのつもりだ」


 アテルイが言った。


「なんのつもりもなにも、俺は正体がばれちまったんだぜ。俺の正体を知ったやつは、消さなきゃならん。そして失敗した。そういう話さ」

「俺は事実を確認しておきたかっただけで、お前が何者であろうと、誰かに言うつもりはない」

「信じられるとでも?」

「心配しなくとも、じきに俺はいなくなる」


 アテルイはそう言って、懐から書類を取り出した。ジョーに投げて寄越す。書類は真っ直ぐにジョーの懐に飛び込んだ。ジョーが起き上がる。書類に目を通した。


「世知辛いのはどこも同じか」


 ジョーが言った。


「そういうことだ」


 アテルイはジョーから書類を受け取ると、部屋を出ようと背中を見せた。


「アテルイ」


 ジョーが呼び止めた。


「一つ本当のことを言っておくとな」

「なんだ」

「ギハオ神道は一枚岩じゃないってことだ」

「そんなこと、俺に言ってどうする」

「そうさな、少しでもあんたの信用に応えたい、っていう理由じゃだめか?」

「好きにしろ」


 そう言ってアテルイは扉の取っ手に手を掛けた。


「本当に良いのか?」


 ジョーが言った。アテルイは少し考える素振りをした。そして前を向いたまま口を開いた。


「お前は仲間じゃないが、割合、仲良くできそうなんでな」


 アテルイは部屋を出て行った。アテルイが去ったあと、部屋にはしばらく、ジョーの笑い声が響いていたのだった。




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