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沈黙の神官(プリースト)  作者: こんたくみ
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第二十五話

 夜は更け始めている。大聖堂は闇に包まれていた。占拠されたことで、灯りを点ける者もいなかった。階段を上るアテルイは、ほとんど手探りで進まなければならなかった。


 アテルイはイリスとキイ・ゼテッタの戦闘で消失した階段に辿り着いた。壁の大穴から月明りが注いでいる。前に上った時は、イリスの法術で階段を作った。今、イリスはいない。


 アテルイは助走をつけて跳び上がった。壁に空いた大穴の縁に立つ。そしてまた跳び上がって、先の階段に立った。最上階へ急ぐ。やがて階段を上りきり、吹き晒しになった回廊を進む。


 空中庭園の入り口に差し掛かったところで、ジョー、イド、ウニンの三人が空中庭園にいるのを見付けた。三人の他にも何人かいる。庭園の縁から下を覗いている者も何人かいた。


「アテルイ」

「アテルイさん!」


 アテルイが来たことを真っ先に気付いたのは、イドとウニンだ。ウニンはアテルイに駆け寄って、抱き付いた。小柄なウニンは、アテルイの胸に顔をうずめた。


「良かった、無事だったんですね。プルウィアさんとイリスちゃんは?」


 そう言ってウニンがアテルイの後ろを見回しているところに、イドとジョーがやってきた。


「おかえりなさい」


 イドが言った。安堵の表情を浮かべている。


「まだ終わっていない」


 アテルイが言った。イドとウニンは顔を曇らせた。


「まさか……プルウィアさんとイリスちゃんは!?」


 ウニンが言った。


「プルウィアは無事だ。今は講堂にいる」

「講堂の戦闘は終わったんですか。さっき、講堂の方から歓声が聞こえてきて、何人かで様子を見にここへ来たんです」


 イドが言った。


「ああ、大聖堂はもう大丈夫だ」

「で、お嬢ちゃんのほうはどうしたんだ?」


 ジョーが言った。


「エクデステスに攫われた。俺は今から地上に向かう」

「そんな」


 ウニンが言った。


「離してくれ」


 アテルイがウニンに言った。ウニンはそっとアテルイから離れた。


「一人で行くんですか」


 イドが言った。


「ああ」


 アテルイが肯定した。イドは胸の奥で疼痛を感じた。悲痛が顔に浮き彫りとなる。喉の奥から込み上げてくるのは、半ばおまじないとなった言葉だ。


「生きて、帰って――」

「言わなくていい」


 アテルイに遮られた。


「それは出来ない約束だ」


 はっきりとアテルイは言った。イドは頭を殴られたような気持ちがした。打ちひしがれて、その場に崩れ落ちそうになる。


 アテルイが命を懸けることに、どうしても納得できず、そして悔しかった。なぜか、イドは自問するが、答えは出ない。ただアテルイの背中を見たくなかった。無言で歩み去るアテルイの背中を。


「もう行けよ、急がないとまずいだろう」


 ジョーが言った。ウニンが恨めしそうにジョーを睨む。


「ああ、講堂はもう問題ないだろうが、残党がどこかに残っているかもしれない。下手にうろつくなよ」


 アテルイはそう言って、三人に背を向けた。その背に声を掛ける者はいない。アテルイが歩み去って、イドはその場に崩れ落ちた。涙が月明りに光った。咽び泣いている。


「どうしたのイドちゃん!?」


 ウニンがイドに近寄って、背中を擦る。イドは首を振った。


「わからない、わからないの……」


 感情が悲しみに向かって真っ直ぐに流れていく。体が感情に流されて言うことを聞かない。けれども思考は、まるで川面を見下ろす月のように、透き通っていた。その思考は、たった一つの答えを求めていた。


――あの人は、誰のもとへ向かうんだろう。――


 その頃、アテルイはある扉の前に立っていた。扉には蛇の紋章が描かれている。ウィロウ教のシンボルだ。そして扉には、丸いくぼみがあった。


 アテルイはロマラムタから受け取った蛇のペンダントをそこにはめ込んだ。蛇のペンダントは鍵となり、扉を開けた。扉の先には階段がある。暗闇へと続く階段。アテルイは進んだ。そして一本道の廊下に出る。


 廊下は青白い光に照らされていた。脇にはいくつかの扉があるが、アテルイは目もくれない。真っ直ぐに廊下を突っ切って行く。そして突き当たり。そこには鉄格子を組んで作ったような四角形の籠がある。


 アテルイは引き戸になっている扉を開けて、籠の中に入った。そして隅に設置されていたレバーを引いた。キリキリキリという音を立て、なにかの装置が作動する。籠の上にあった滑車が回り出し、アテルイを乗せた籠は下がり始めた。


 地上へ向かう籠の中で、アテルイは過去に想いを馳せた。アテルイの心に浮かぶのは、裏切り、そして約束という言葉だった。自分はどうなってもかまわない、しかしイリスだけは、なにがあっても絶対に助け出す。アテルイはそう誓った。


 籠は長い時間を掛けて、地上に着いた。引き戸の向こうにあるのは、地面だ。土の上に茂った草は湿り、奥に広がる森は霧で煙っている。雨はしたしたと降り、夜の闇に一層の深みをもたらしていた。アテルイは籠の戸を開けて、地面に降り立った。


「エクデステス!」


 アテルイが吠えた。


「いるなら出てこい!」


 アテルイの声が木霊する。ふと、アテルイは違和感を覚えて、自身の足下を見た。地面から、黒い霧が湧き上がってきている。


「アテルイ」


 エクデステスの声がした。暗闇の奥から、エクデステスが現れた。瘴気の鎧は、顔の部分だけ解かれている。脇にイリスを抱えていた。イリスは気を失っているらしく、ぐったりと体をくの字に曲げて、アテルイの前にうなじを曝していた。体は雨に濡れきっている。


「攫うつもりなのか」


 アテルイが言った。


「いや、講堂を脱出するとき、お前に攻撃されないための保険にしただけだ」

「なら用は済んだわけだ」

「そうだな」

「イリスをこっちに寄越せ。雨に濡れたままだと風邪を引く」

「そんなにこの娘が大事か」

「ああ」

「なら殺してやろうか」

「やめておけ」


 エクデステスはイリスを抱え直した。脇の下に腕を通して、頬を掴み上げる。力が抜けているイリスを、立った状態にさせた。


「それにしても」


 エクデステスはイリスの濡れそぼった銀髪を、一房すくい上げた。


「珍しい髪色だな。今までみたこともない。見目も悪くないし、ふむ、このまま連れ帰っても良いかもしれんな」

「エクデステス」


 アテルイの声に怒気が滲んだ。エクデステスはそれに気付いて、邪まな笑みを浮かべた。


「まだ青いが、伽の相手にできなくもない。どれ」


 エクデステスがイリスの胸を掴み、服を引き裂いた。アテルイの眼が憤怒を滾らせて光った。


「お前は殺す」


 アテルイが駆け出した。野の獣よりもまだ速い。瞬く間にエクデステスに肉薄する。


「馬鹿め」とエクデステスは嘲笑う。


 アテルイが拳を振りかぶった。同時にエクデステスも拳を振る。イリスは投げ出されていた。


 アテルイの拳がエクデステスの顔面を打ち、エクデステスの拳がアテルイの頬を打った。もはや人のものではない怪力に、アテルイは辛うじて踏み止まった。


 しかし、エクデステスの拳がアテルイの腹を目掛けて殴り上げてきた。反射的に身を引くが、間に合わない。


 アテルイは宙に舞い上がり、地面に倒れた。


「十三年前の続きだ、アテルイ」


 エクデステスが言った。黒い霧がエクデステスの頭部を包み込み、兜となる。アテルイは起き上がった。血の混じった唾を吐き捨てる。


「続きだと」


 アテルイが言う。二本の足でしっかりと立ち、エクデステスを睨みつける。


「いいだろう、こっちもそのつもりだったんだ」




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