第二十三話
「祈れ、ウィロウの業を。民は天を仰ぎ見て、災いより逃れんと欲す」
歩きながら、アテルイは唱えた。アテルイは手に剣を提げていた。前方には講堂の扉がある。扉の前にはギハオ神道の見張りが立っている。アテルイに気が付くと、法術を放とうと腕を伸ばした。
見張りの頭上で、陽炎のように空気が揺らぐ。そこに棒が出現していた。弾丸のような速度で降ったそれは、見張りが突き出している腕の関節を、圧し折った。
「あぐァ――」
見張りが呻く。
「ぶっ飛ばすわよ」
アテルイの後ろにいたイリスが確認するように言った。
「やっちゃってください」
その隣のプルウィアが言った。イリスが駆け出した。
「災禍を怖れることなかれ。怖れるべきは、ウィロウへの祈りが足らぬこと。不信を怖れよ」
その間にも、アテルイの詠唱は続いている。アテルイの声を背後に聞きながら、イリスは見張りの目前に迫った。見張りは無事な腕を使って、腰の短刀を抜き放ち、イリスに切り掛かった。だがそれは、光の壁に阻まれる。イリスの手が、見張りの体に触れた。
その途端、見張りの体には爆発を受けたような衝撃が走った。後ろへ吹き飛ばされて、講堂の扉を開け放つ。見張りは通路に転がって、気を失った。
「黙せよ、祈りに言葉は不要。口を縫え、祈りの他は無用。黙せ、黙せ、ただ祈れ」
アテルイたちは通路を真っ直ぐに進む。講堂中の視線が三人に集まっていた。
「止まれ、何者だ、貴様ら!」
近くにいた、ギハオ神道の者が喚く。プルウィアが出現させた棒が、その男の鳩尾を突いた。
そんな周囲には目もくれず、アテルイはただ前を向いていた。その目は、演台の上に立つエクデステスを見据えていた。エクデステスもまた、アテルイの他に見るものはない。エクデステスが口を開いた。
「やはりお前か、アテル――」
「信ある者は、沈黙のうちに一切を終わらせる」
瞬間、講堂から全ての声がなくなった。イリスが動いた。目に付いたギハオ神道の者に向かって、風の刃を放つ。鋭く、攻撃の範囲を点のように狭めているのは、人質たちを巻き添えにしないための配慮だ。
プルウィアの動きは遅れた。アテルイの法術が講堂中へ効果を及ぼすのを目の当たりにしても、未だに納得できないらしかった。プルウィアは動作が遅れたなりに、イリスが見逃した見張りへ棒を降らせた。
見張りたちは身を守り、あるいは反撃しようと、法術を放とうとした。しかし、詠唱しようとしても声がでない。動揺のうちに、次々と倒されていく。
エクデステスが動いた。黒い霧が、蛇体をくねらすようにしてアテルイたちに這い寄る。アテルイは一人、エクデステスに向かって走り出した。
黒い霧が迫る。掬い上げるように剣を切り上げた。黒い霧が跳ね、アテルイはそこを潜り抜けるように突進する。エクデステスとアテルイの距離が、一歩二歩と縮まっていく。
アテルイが跳ね跳んだ。横薙ぎに払った剣が、エクデステスの首に迫る。黒い霧が瞬時に寄り集まって、アテルイの斬撃を防いだ。そのまま黒い霧に弾かれるアテルイ。
宙返り、膝から床に着地した。エクデステスの全神経は、アテルイに注がれていた。
アテルイがエクデステスの注意を引き付けている間、イリスとプルウィアは背中合わせに構えていた。法術を次々に射ち放つ。
ギハオ神道の男たちも、黙ってやられてはいない。法術が使えないとわかると、イリスとプルウィアに向かって駆け出した。その手には短刀がぎらついている。
イリスは光の壁を出現させて、ギハオ神道の男たちの接近を防ぐ。しかし、ギハオ神道の男たちは鹿のように軽やかに、光の壁を回避して近付いてくる。
プルウィアは、自分の手元に棒を出現させた。プルウィアの胸元まで長さがある。プルウィアはそれを掴むと、棒の先をギハオ神道の男たちに向けた。
イリスとプルウィアたちの周りに、ギハオ神道の男たちが群がる。プルウィアは息を止めて、全力で棒を振り回した。イリスの頭上を、プルウィアの棒が通り抜ける。棒を喰らった何人かの男が怯んだ。しかしその後続が襲い掛かる。
プルウィアはイリスと自身を囲うように棒を降らせた。イリスが竦む。ギハオ神道の男たちは即座に後ろへ跳ね跳んでいる。
再びイリスとプルウィアに向けて突進すると、棒の柵の隙間に目掛けて短刀を突き刺した。
プルウィアがイリスの頭を突き放す。イリスが触れようとした棒が霧散して、イリスは床に倒れ込んだ。一方のプルウィアは、棒の囲いの中で、短刀を肌に掠らせていた。
男たちが棒の柵の隙間を狙ったことによって、攻撃に方向性ができていたのだ。プルウィアはそれを読んでいた。それでも完全に避けきることはかなわず、服は切り裂かれ、露わになった肌には、血の筋が滲んでいる。
イリスが慌てて電撃を放った。プルウィアの周囲にいたギハオ神道の男たちに当たる。電撃に痺れた男たちは床に倒れ伏した。
プルウィアを囲んでいた棒が霧散すると、イリスはプルウィアに駆け寄った。蒼白な顔で、プルウィアの傷を見る。キゥ・テアットにやられた腹の傷が開いていた。プルウィアは手でイリスを押し退けた。
プルウィアの前で、ギハオ神道の男たち三人が短刀を構えていた。この講堂に残る、最後の見張りたちだ。
男の一人が短刀を突く。プルウィアは後ろに退けつつ、棒を振り下ろした。男は手を強く打たれ、短刀を取り落とした。残りの二人が同時に襲い掛かる。
プルウィアは棒を広く持ちながら、箒を払うように動かした。片側にいた男の大腿に、プルウィアの棒が当たる。男は怯み攻撃が緩む。更にプルウィアは棒を梃子のように利用して男の横に回り込んでいた。
もう一人の男は、プルウィアが位置を移動したことで、直線上に並んだ味方が邪魔で、咄嗟に行動できない。
プルウィアは即座に棒を持ち替えた。剣を振るように、棒を振り下ろす。プルウィアの棒が男の頭をかち割った。
そのときプルウィアは、短刀を取り落としていた男の体当たりを受けた。男は床に倒れたプルウィアへ馬乗りになる。男はとうに短刀を取り直している。プルウィアの肩を押さえつけながら、短刀を振り上げた。プルウィアは体を強張らせ、反射的に目を瞑った。
瞬間、プルウィアの体に電撃が走り、プルウィアはびくん、と体を弓なりにさせた。プルウィアへ馬乗りになっていた男が気を失い、プルウィアの体に崩れ落ちた。プルウィアは視界の端で、もう一人の男も電撃にうたれたのを見た。
「姉さん、大丈夫!?」
イリスが駆け寄って、プルウィアの上に倒れていた男を押し飛ばした。プルウィアの顔を心配そうに覗き込む。イリスの声を聞いて、プルウィアは沈黙の法術が解かれたことを知った。
「どうしよう、放っておいたら死ぬかしら」
イリスはプルウィアの体をあちこちと見てそう言った。その間に、プルウィアの意識はどんどん遠くなっていく。
「……あれ、姉さん? どうしたの、しっかりしてよ、姉さん!」
イリスはプルウィアの体を揺さぶった。自身が放った法術がプルウィアを巻き添えにしたと気付いていないらしい。小突いてやろうと、プルウィアはゆっくりと手を上げたが、その途中で力尽きてしまった。プルウィアの手が床に転がる。
「姉さん、姉さーーん!!」
消えゆく意識の中で、プルウィアはそんな叫び声を聞いた。




