第二十二話
回廊の窓はほとんど砕け散っている。夜風に急かされながら、アテルイとプルウィアは部屋に戻った。
アテルイの部屋には、アテルイとプルウィア、イリス、ジョー、イド、ウニンがいる。元々広くない一人部屋だ。六人で部屋は一杯になった。
ちゃぶ台を中心に、五人が並んでいる、アテルイは台所で六人分の花茶を淹れていた。
「どうしてここに使用人がいるのです?」
プルウィアが言った。その言葉へ上手く返すことができないイドとウニンは、お互いの顔を見合った。
「固いこと言うなよ。ここにいるのは皆アテルイの仲間だ」
ジョーはちゃぶ台に肘をつきながら言った。得心したのかほっとしたのか、イドとウニンは自信ありげに前を向いた。プルウィアはジョーを見た。
「そもそも貴方は何者なのですか。ウィロウ教徒ではないのでしょう」
「この大聖堂に住んでいる奴に用事があってきたんだよ。そうしたら巻き込まれた」
「それより、ねえ、寒いんだけど、あの窓どうにかならないの?」
イリスが言った。割れた窓を指差す。冷風が吹き込んで、ちゃぶ台に立った燭台の火を揺らす。イリスは身震いした。
「しかも、なにあれ、縁に付いてるの。血?」
「気にしないほうがいいよ」
イドが遠い目をして言った。この部屋にあった死体は、ジョーたちが家具で阻塞柵を築いた後に、イドが頼んで移動させていた。そのころには、部屋に死体があっても、あまり怖がらなくなっていた。死体のある部屋に少しずつ慣れていく自分が怖ろしかった。
「あの、アテルイさん、やっぱりなにかお手伝いしましょうか?」
ウニンは台所を見て言った。
「必要ない」
アテルイが言う。湯呑みに湯を注いでいた。
「いい加減、本題に移りましょう。どうやって講堂にいる人質たちを助けるか、です」
プルウィアが言った。
「普通にアテルイが乗り込むんじゃだめなのか?」
ジョーが言う。ウニンが立ち上がった。
「馬鹿言わないでください! アテルイさんを殺すつもりですか!? アテルイさんのことをなんだと思っているんです!」
捲し立てるウニンを、イドが「まあまあ」と言ってなだめる。
「アテルイなら一人でも負けないと思うわ」
イリスは膝を抱えながら言った。銀色の髪を、指先でくるくるといじっている。
「アテルイのことはどうでもいいんです! 人質をどうやって助けるのかを考えろと言っているんです!」
プルウィアが喚いたところに、アテルイが花茶を盆に乗せてやってきた。
「人質に危害が及ばないよう、見張りを全て倒す必要がある。俺一人では無理だ」
アテルイは花茶の入った湯呑みをそれぞれの前に置きながら言った。ウニンがいそいそと、自分の隣を空ける。アテルイはそこに腰を下ろした。
「わたしの出番ってわけね」
イリスが言う。
「貴方だけでは駄目です。私も協力しましょう」
プルウィアが言った。
「二人でどうやって見張りを止めるんだ?」
ジョーはそう言って、花茶を啜った。
「そんなの、法術で片っ端から仕留めていけばいいだけよ」
イリスの言葉に、プルウィアが眉を顰めた。
「そんなことをしては人質になっている人たちに危害が及びます。少しは考えなさい」
「うるっさいわね」
「イリス!」
「ふん」
また喧嘩になりそうな二人を見て、「ええと」と、イドが会話に割って入った。
「つまりは、見張りを倒して、人質を守るのが理想。だけど、人質を守ろうとしたら見張りを倒せないし、見張りを倒そうとしたら人質を守れないってことですかね」
「ええ、そのとおりです。ですが、人質を守ること自体、そう容易いことではありません。敵の首魁、エクデステスを止めない限りは、人質を守ることは不可能です。見張りを倒すのもままならないでしょう」
「そんなに怖ろしい人なんですか?」
ウニンが言った。
「上位神官はおろか、教主様さえ手に掛けた男です。法術ではかないっこありません」
「エクデステスは俺が止める」
アテルイが言った。
「人質を助ける方法を考えてくれ」
アテルイの言葉に、プルウィアはエクデステスとの戦闘を想像した。身震いしたくなるような心地だ。
「エクデステスを止めるなんて、無茶です」
「やらずに済むことじゃない」
「頼りになるねぇ」
ジョーが言った。
「それで、お嬢ちゃんとお嬢さんで、見張りを一掃できるのかい?」
「余裕ね」
イリスが言った。
「倒すだけならば、ですが」
プルウィアがイリスの発言に付け足した。静かに花茶を啜る。「おいしい」という感想がつい口を出た。自分に集まる視線に気付いて、湯呑みをちゃぶ台に置いた。
「法術で反撃されたとき、人質が巻き込まれてしまうでしょう」
「ああ、それならアテルイにあれを頼めばいいじゃねえか」
「あれ?」
「そうそう、声が出なくなるあれだ。あ、そうすっとお嬢ちゃんたちが攻撃できなくなるのか」
「沈黙の法術のことを言っているのですか? 仮に詠唱できなかったとしても、私とイリスは無詠唱の法術が使えるので、問題ありません」
「おお、なら解決だ」
「解決しません。沈黙の法術は、術者の付近でしか効果を発揮しません。とても講堂全体に力を及ぼすことはできないでしょう」
「できるぞ」
アテルイが言った。
「完全に詠唱を行えばできる」
プルウィアは動揺したようにアテルイを見た。
「なにを言っているのです。できるわけありません。ただでさえ、貴方は沈黙の法術しか使えない下位神官ではありませんか」
「あの、でも……」
イドが言った。
「私がウニンとここで会う少し前、声が出なくなりました。それって、アテルイがやったんじゃ?」
「ウニンと会う前ってんなら、多分そうだな」
ジョーが言った。
「そのときアテルイは何処に?」
プルウィアが訊いた。
「聖獅子の間だ」
アテルイが答えると、プルウィアは言葉を失った。
「決まりだな」
ジョーが言った。
「ここにいる神官たちも連れて行こうぜ。人手が多くて困ることはないだろ」
「使い物になりません。私たちで十分」プルウィアが言う。「むしろ邪魔です」
「俺とプルウィア、それとイリスで講堂に向かう。お前らはここで待っていろ」
アテルイは花茶を飲み干した。
「飲んだら行くぞ」
「わかったわ」
「わかりました」
冷えた部屋の中にあって、花茶の温かみは、なんとなく気分を昂揚させた。そして花茶の香りが、気分を落ち着かせた。なんでもできそうな、でもなんにもしたくないような。
割れた窓からは、冷風が延々と吹き込んでいる。ウニンがアテルイに擦り寄った。
「あの、アテルイさん」
ウニンが言った。
「こういうお茶、好きなんですか?」
「好きだな」
「私、お茶を淹れるの得意なんです。だから、この騒動が終わったら、一度飲みにいらしてください」
アテルイは答えなかった。沈黙が続き、花茶を啜る音と風の吹き込む音がする。
「改めて考えると、あんたら生きて帰れるのか?」
ジョーが言った。
「アテルイが守ってくれるわ」
イリスが言った。
「それじゃあ――」
イドが言った。
「誰がアテルイさんを守るんです?」
しんと静まる一同。
「必要ない」
アテルイが短く言った。
「助け合いが肝要です。アテルイのことは、私が責任をもって守りましょう」
プルウィアがアテルイの言葉を無視して言った。イドが身を乗り出すようにしてプルウィアを見る。
「お願いしますね」
「任せて下さい」
プルウィアが頷く。イリスが立ち上がった。
「寒くて仕方ないわ。早いとこ体を動かしに行きましょう」
イリスが言うと、アテルイもすっくと立ち上がった。続いてプルウィアも立ち上がる。
「お気をつけて」
ウニンが言った。アテルイたち三人は、部屋を出ようとした。その背に向かって、イドが声を掛ける。
「生きて戻ってください」
こればっかり言ってるな、とイドは思った。なんとなく言わずにはいられない、おまじないのようなものだった。
「善処します」
プルウィアが言った。
「アテルイがいるから、死ぬことだけはないわ」
イリスが言う。そしてアテルイは、やはり無言で部屋を出て行った。




