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沈黙の神官(プリースト)  作者: こんたくみ
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第二十話

 アテルイは回廊に戻った。そして、回廊から空中庭園に出た。冷たい風がアテルイの体を打つ。花畑に咲き乱れる花がざわめいた。


 太陽は空の輪郭からわずかに覗く程度だ。青鈍色の空には星が瞬いている。一日の終わりも近付いている。アテルイは疲れた眼差しで、空中庭園を歩き進んだ。


 アテルイは空中庭園から下を望めば、講堂の天井が見えることを思い出した。それなりに距離があり、全体を把握することはできないが、一部を窺い知ることはできる。


 アテルイは空中庭園の縁に立った。しかし、講堂を見ることなく、視線を横に向けた。


 花を散らしながら、黒い霧の翼が羽ばたいていた。キイ・ゼテッタは降り立った。


「ここならば存分に剣を振るえる。先程のようにはいかんぞ」


 キイ・ゼテッタはそう言って、大剣を構えた。アテルイは、片手に持っていた剣の切っ先を上げた。空中庭園に来る途中、敵の死体から拾っていたものだった。


 キイ・ゼテッタが踏み込んだ。縦に振り下ろされたキイ・ゼテッタの大剣。アテルイは暖簾でも潜るような足取りで前に出た。アテルイは剣を切り返しながら振りかぶった。


 剣と大剣が擦れ合う。キイ・ゼテッタが振り下ろした大剣は軌道を逸らされ、地面をえぐった。アテルイは振りかぶった剣を、そのまま振り下ろした。キイ・ゼテッタの兜を叩き割り、アテルイの剣はキイ・ゼテッタの顎まで達した。


 キイ・ゼテッタの体から力が抜ける。アテルイは剣を引き抜いた。血が噴き出て、辺りを染め上げる。


「やはりそうか」


 アテルイが言った。キイ・ゼテッタは後退っていた。血を撒き散らしながら、大剣を構え直す。黒い霧がキイ・ゼテッタの傷に群がっていた。


「く、うぅ、ぉぉおおおああああぁ」


 キイ・ゼテッタが苦悶の呻きを上げた。


「頭が、頭が……ぁぁああ」

「死ねないんだろう、そうさ、怨嗟の炎が消えるまで、死ねないってのがあの法術の理だ」


 アテルイが言った。


「殺す、殺すぅ!」


 キイ・ゼテッタが言った。その声には、キイ・ゼテッタ以外の者の声が混じっていた。おそらくは、キゥ・テアットの声だった。


「死ね!」


 キイ・ゼテッタが再び剣を振り下ろす。アテルイは飛び退いた。次いで突き出される剣をいなす。そこにキイ・ゼテッタの手が、アテルイの首を狙って突き出された。


 アテルイは首を守るように手を構えた。キイ・ゼテッタの手がアテルイの手首を掴む。圧し折ろうと力を込めた。


 だがしかし、アテルイが力を受け流すように動き、少し力を加えると、キイ・ゼテッタの方が手首の関節を極められた。キイ・ゼテッタはアテルイの手首を掴んだままだ。アテルイの手首を離せばよいのに、それができない。人体の反射を利用したような妙技に、咄嗟の対応ができないのだ。


「ウオアァァァッ!」


 誰の声ともつかない咆哮が轟いた。キイ・ゼテッタは自身の体も顧みず、大剣を横薙ぎに振るおうとした。アテルイはキイ・ゼテッタの手首を反して投げ飛ばした。キイ・ゼテッタが地面に転がる。


 キイ・ゼテッタは黒い翼を地面に打ち付け、飛び上がった。地面から少しだけ浮き、滑るように移動する。アテルイから距離を取ると、大剣を振りかざした。


「燃えろ!」


 キイ・ゼテッタの大剣に、黒い炎が灯る。大剣を振ると、斬撃は炎となってアテルイを襲う。アテルイは避けたが、周りの花に火が着き、燃え広がっていく。


 黒い炎は花を燃やすと、赤い炎に戻っていた。アテルイはそれを尻目に見ながら、花茶の材料が失われることを口惜しく思った。


「こっちを見ろ!」


 キイ・ゼテッタが叫んだ。


「お前を殺す、殺すぞ!」

「ああ、早く苦しみから逃れたいんだろう、わかるよ」


 キイ・ゼテッタが空に舞い上がり、急降下を仕掛けた。速さを上げ、アテルイに向けて正面から突進する。アテルイは構えた。


「ウオアァァァッ!」


 キイ・ゼテッタが大剣をアテルイに向ける。そして、アテルイとキイ・ゼテッタの剣が交差する。火花が散り、鋼を打つような音が鳴った。


 キイ・ゼテッタは慣性に従ってアテルイの後ろへ吹っ飛び、地面に転がり落ちた。


 アテルイの足元に、折れた刃が突き刺さった。アテルイの剣は、中ほどからぽっきりと折れていた。そしてキイ・ゼテッタの片腕もまた、アテルイの足元の近くに転がっていた。


「アアアッ、アアッ、アア!」


 キイ・ゼテッタが苦しみに喚くような声を上げる。キイ・ゼテッタの傷口に黒い霧が集まっている。死にはしないが、痛みが消えるわけではないのだ。


「苦しいッ、苦しいッィイ!、殺す、殺すッ!」


 キイ・ゼテッタは身悶えしながら、立ち上がった。残った腕で大剣を持ち上げ、アテルイに近付いていく。アテルイは折れた剣を地面に捨てた。


 キイ・ゼテッタは距離を詰め、自らの間合いにアテルイが入ると、剣を持ち上げた。技も考えもない、ただ闇雲に振り下ろすためだけの動作。


「死ね!」


 剣は振り下ろされた。アテルイに当たるはずがない。キイ・ゼテッタの懐へ踏み込んだアテルイは、拳を固く握り締めた。キイ・ゼテッタは剣を振り下ろして、無防備な態勢になっている。


 キイ・ゼテッタの顎を、アテルイの拳は横から打ち貫いた。キイ・ゼテッタの顎が外れる。アテルイは立て続けに殴った。脾腹を、胸を、鳩尾を、体の至る箇所を、殴って殴って殴り続けた。キイ・ゼテッタの鎧が変形する。アテルイの拳から血が滲む。それでもアテルイは殴り続けた。


 じりじりと、キイ・ゼテッタが後退っていく。そしてついに、空中庭園の縁に足を掛けた。


「この法術は絶対じゃない」


 アテルイが言った。殴るのは止めている。キイ・ゼテッタは動けない。


「首を切り離して、瘴気が首と胴体を繋げられないようにしておけば死ねる」


 キイ・ゼテッタに力が戻った。大剣を振るう。アテルイはキイ・ゼテッタの手元を払って、斬撃を逸らした。そして肩を突き出し、体当たりする。突き飛ばされそうになったキイ・ゼテッタは、すんでのところで踏み止まった。


 しかしこのとき、キイ・ゼテッタの大剣はアテルイの手にあった。アテルイは大剣を水平に振りかぶる。


「終わりだ」


 アテルイはそう言って、大剣を薙いだ。キイ・ゼテッタの首が飛ぶ。首は空中庭園を離れて、あっけなく雲の海へと落ちていった。


 キイ・ゼテッタの体は、黒い霧に覆われ、まだ立っている。ゆっくりとその手をアテルイの首元に向けた。


 アテルイは大剣を真っ直ぐに向けて、突き出した。大剣はキイ・ゼテッタの腹を突き刺した。キイ・ゼテッタの体はそのまま、空中庭園の縁からずり落ちていった。静寂が訪れ、空中庭園はアテルイ独りになる。


 背後では花々が白い炎を吹いていた。風で揺れる。アテルイは、縁際から下を覗いた。灯に照らされた講堂が見える。キイ・ゼテッタの死体は、講堂の真ん中に墜落していた。




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