第十一話
火炎が神官たちの掌から放たれる。火炎は燃え盛ったが、焼き尽くす相手はいない。アテルイの後ろにいたジョーたちが火の粉に襲われた程度だ。
アテルイは神官たちの背後を取っていた。火炎が放たれたとき、疾風のような敏捷さで移動していたのだ。
「あれっ、くそー!」
フンコロガシのフン顔神官が、火炎を出したまま振り向こうとした。火炎が味方の神官を襲う。
「熱ッ、うわー!」
「あ、いけねぇ!」
神官たちは、慌てて火炎を止めた。
「水流!」
水の法術で消火する。
「貴様、よくもやってくれたな!」
フン顔の神官が喚いた。アテルイはじろりと神官を睨んだ。
「ちょっと待ってください!」
声を上げたのはウニンだ。ウニンは神官たちの前に出た。
「アテルイさんは悪いことなんてしていません!」
「なんだ、誰だ、貴様!」
「私はアテルイさんに助けられました」
そういったウニンを神官はせせら笑った。
「そうやって信用させてから、後で手酷く裏切る算段なのよ、この男はな!」
そう言った神官に、ウニンは顔を真っ赤にして詰め寄った。
「そんなわけありません! アテルイさんが悪い人を手引きしたって言うのなら、私たちを助ける意味ないじゃないですか!」
「うるさい、お前はこの男に騙されている!」
「馬鹿なこと言わないでください、大体、貴方たちだって、アテルイさんに助けられたんでしょ!?」
「だから、それこそがこの男の罠だと言っているのだ! 大事になる前に、この男はここで成敗する!」
神官は再び法術を使おうと、アテルイに手を向けた。
「やめて!」
ウニンが咄嗟に、アテルイの前に出た。
「火炎!」
ウニンに炎が迫る。小柄なウニンの体を抱き竦めるように、アテルイが手を伸ばす。下に体重を掛けて、身でウニンをくるむようにして屈む。間一髪で、炎はアテルイの頭上を通り過ぎた。
「女ァ! その男をそうまで庇い立てするとは……なるほどな、貴様もその男の仲間だったというわけだ。死ねやー!」
電光石火、アテルイが掌打を放った。フン顔の神官は顎に衝撃を受けてふっ飛んだ。真横にいた別の神官に対し、アテルイは蹴りを見舞った。
撞木に撞かれたような衝撃を受けて、こちらもふっ飛んだ。その神官に他の神官にぶつかって、三人が倒れた。アテルイの横にまだ二人いたが、こちらは手刀と膝蹴りの連撃で降した。
全て一瞬のことだった。床に倒れ込んでいたウニンが見上げた時には、全て終わっていた。廊下や部屋の中からその様子を見ていた人々も、あまりのことに絶句している。イドも例外ではない。ジョーだけは、「お見事」と言って囃し立てていた。
「す、すごい」
イドが呟いた。その呟きは、しんと静まり返った廊下に、吹き抜けた。アテルイの近くにいた人々が、慌ててアテルイから後退る。アテルイは昏倒しているフン神官の襟首を掴み上げた。
「起きろ」
「う、うぅん? うう……はああ! 貴様、この、離せ!」
フン神官が暴れるので、アテルイは平手打ちを喰らわせた。
「いてぇああ!」
「黙れ」
フン神官が、頬を押さえてアテルイを見る。目には怯えがあった。
「そこの女が、俺の仲間か、と言ったな」
アテルイが言った。
「そ、それがなんだ!」
「お前の言うとおりだ。そこの女、ウニンは俺の仲間だ」
アテルイの言葉に、フン神官はあわあわと言葉を失った。ウニンが顔を赤らめ、ジョーが「俺は?」と言った。イドは真顔でジョーを見た。
「俺がギハオ神道の間者かどうか、そんなことはどうでもいい。疑いたいなら疑えばいい。だがな――」
アテルイがフン神官を立ち上がらせる。
「俺の仲間に手を出せば、必ずお前を殺す。いいな」
フン神官には口をぱくぱくさせるばかりで、なにも言い返せなかった。
「なーなー、俺はー?」
ジョーが手を上げて、アテルイに自己主張する。それを見て、アテルイはフン神官から手を離した。フン神官はへたり込んだ。
「それと、あそこにいるイドという女も俺の仲間だ」
「おいちょっと待てよ、俺はどうした、俺は! 女贔屓か? ずるいぞ、このスケベ野郎!」
ジョーが喚いた。
「いいか、俺もアテルイの仲間だからな!? 忘れんなよ、恩知らずの神官ども!」
少し呆れたようにジョーを見て、アテルイは歩き出した。口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいる。アテルイが近付くと、廊下に群がっていた人々は、海が割れるように道を開けた。
立ち去ろうとするアテルイに声が掛かる。
「待ってください」
ウニンが言った。アテルイは立ち止まった。
「アテルイさんがいてくれたほうが私たちにとって安全です。だから、行かないでください」
アテルイは歩き出した。
「待って、行っちゃだめ……!」
ウニンには、アテルイを引き留める言葉がなかった。そもそもどうして、こんなにもアテルイを引き留めたいのか、自分でも分からない。遠くなっていくアテルイの後ろ姿を見て、胸が詰まる。
ふらふらと足が勝手に動いて、アテルイを追い掛けようとした。しかし、手を誰かに掴まれた。ウニンが振り向くと、イドがウニンの手を握っていた。
「イドちゃん……」
ウニンが言った。イドは頭を振った。
「でも、でも……」
ウニンは、アテルイを行かせない理由を考えた。けれども見つからない。アテルイにとって、ここにいる人々は全員が足手まといだ。そう思わせるほどの強さがあった。
だから、アテルイが一人で敵に立ち向かっていくのは自然だし、アテルイ自身の安全を考えても、足手まといになる自分たちはいないほうが、断然良いに決まっていた。
そのことが、ウニンには悔しいような、哀しいような、もどかしいような、ひどく嫌な気持ちにさせた。嫌な切なさだった。
「私たちは、あの人の仲間でしょう」
イドが言った。
「イドちゃん?」
「あの人は、私たちをここに残していくと決めた。それは悪いことなんかじゃない」
「それは、そうかもしれないけど、でもっ――」
「きっと、信じてくれたのよ」
「信じる?」
「そう、あの人は、私たちを信じてここに残したのよ。だってそうでしょう? ここだって完全に安全じゃない。いつ敵がやってくるかもわからない」
イドは指先で、ウニンの涙を拭った。
「あの人も言っていたじゃない。お前たちはここで身を守っていてくれ、って。私たちは、私たちの身を守ることを、あの人に頼まれたのよ」
「よくわからないよ、イドちゃん」
「なら、頼られたって、言い換えてもいい」
「頼、られた……」
「そう、あの人の信頼に応えたいって、そう思わない?」
ウニンは振り返った。アテルイの背はもう見えない。ウニンの瞳に、信念の炎が灯った。
「ごめん、そうだね、私、ここでアテルイさんを待つよ。絶対に生き抜く。そうすれば……アテルイさんがやられるわけないもんね。絶対、また会えるよ」
「そうね」
微笑み合った二人の隣に、ジョーが立った。パンパンと手を鳴らす。
「そーら、者共! 早いとこ防衛態勢を整えるぞ! いつ敵が来てもいいようにな! おら、神官共もきりきり働け! お前らが防衛の要だぞ」
ジョーはそう捲し立て、人々を仕切っていく。その様子を見て、ウニンは明るく笑った。
「頑張ろう、イドちゃん!」
「うん」
イドが返事をすると、ウニンは机やらなにやらを引っ張り出して、阻塞柵を築いていく人々の中に加わっていった。その後ろ姿を見るイドには、憂いの影が浮かんでいた。
「生きて戻ってきてください」
ぽつりとイドは呟いた。二度、彼に言った言葉だが、そのどちらとも、彼は肯うことをしなかった。なにがそんなに彼を駆り立てるのだろう。
イドはアテルイを想った。イドの脳裏に、やがて自壊するアテルイが思い浮かぶ。イドは怖ろしくなって、嫌な考えを誤魔化すように、人々の輪に加わった。




