拾 赤光 シャッコウ
玖 赤光 シャッコウ
吉原で、火事の噂ほど足の速いものはない。まだ煙も立たぬうちから誰かが焦げ臭いと言い、火の粉ひとつ見えぬうちから桶を抱えて走り出す。木と紙と人間を狭い町へぎっしり詰めたような場所である。火を怖がるのに理由など要らなかった。
その秋、そこへ古い伝承がひとつ蘇った。
江戸には昔から、赤い眼をした黒猫がいるという。
妖猫、赤光。
尾が二本ある。いや一本だが、その先が蛇の頭になっている。
何十年経っても姿が変わらない。死なない。百年生きてる。
大火の前に屋根へ現れる。見た者の家から火が出る。
話す者によって中身は違った。
ただひとつ、黒い猫で、眼が赤い。そこだけは誰も違えなかった。
最初の騒ぎは、吉原の外れで起きた。
昼を少し回った頃、裏長屋から白い煙が上がった。誰かが「火事だ」と叫び、桶を抱えた男たちが走ったが、火の手は上がらなかった。古い灰の中に火が残っていて、脇へ積んであった木屑を燻らせただけだった。
それだけなら、翌日には忘れられていたはずだった。
煙が上がる少し前、屋根の上に黒猫を見たという者がいた。
夕方には、その猫の眼は赤く光ることになり、夜には尾が二本に増えた。
あくる日、吉本屋で乃維助は、鈴蘭とあやめの話を聞いて足を止めた。
「赤く光る眼の黒猫がね、屋根の上からずうっと見てたんだって」
鈴蘭が声を潜める。
「赤い眼って、本当に光るのかな」
あやめが笑った。
「昨日は尾が二本で、今朝は尾の先が蛇だって。明日には羽でも生えるんじゃない」
「やだー」
「何で。飛べた方が妖怪らしいじゃない」
「猫に羽は生えないと思うけど」
横から、かりんが言った。乃維助が見る。
「お前も知ってんのか」
「何を?」
「赤光だよ」
「知ってるっていうか……」
かりんは少し考え、それから乃維助を見た。
「のいすけちゃん、白いのには会った?」
「何の話だ」
「赤光」
「赤光は黒猫だぞ」
「そうなの?」
「そうなのって、お前……」
かりんはまた少し考えた。
「じゃあ黒いのは、まだなんだ」
「まだって何だ。全くお前の話は……」
乃維助が嫌な顔をして黙った。あやめがかりんを見る。
「白いのって?」
「白いのはいたよ」
「どこに?」
「……どこだったかな。いつ見たんだっけ」
乃維助は額を押さえた。縁側で聞いていた由ノ吉が笑う。
「のいさん、赤光より厄介なのが増えたね」
「増やすな」
二度目の煙は、それから三日後に上がった。
今度は仲之町に近い小さな店だった。煮炊きに使った炭を片づける際、火の残ったものが古布へ触れたらしい。焦げ臭さに気づいた店の者がすぐ水をかけ、これも煙だけで済んだ。だが今度も赤光が出たという。
その日の夕方、砂丘屋はその話で持ちきりだった。
「二度目だってさ」
客の一人が言うと、お綿は徳利を置いた。
「何が」
「化猫だよ。知らないのかい」
「知ってるよ。三日前から何人にも聞かされてる」
「今日も黒猫がいたって」
「へえ」お綿は興味なさそうに返した。
店の隅では乃維助と由ノ吉が飯を食っていた。足元で三太郎が丸くなっている。
「お綿」
乃維助が呼んだ。
「何」
「その話、誰から聞いた」
「どの話」
「今日の黒猫の話」
「そこの八百屋の女房」
客が横から言った。
「いや、八百屋の女房は見てねえぞ。向かいの髪結いが見たって話だ」
「髪結い?」
お綿が首を傾げた。
「昼に来た人は、魚屋の小僧が見たって言ってたよ」
由ノ吉が箸を止めた。
「三か」
「何が?猫がか?」
乃維助が言った。
「見たって人が」
その時、戸が開いた。
「ごめんください、仮の屋でーす。お綿さーん」
「あ、お陽ちゃん」
「これ、左右衛門さんが」
「ありがとう」
お綿が包みを受け取る。お陽は店の中を見回した。
「ずいぶん賑やかね。何の話してるんです?」
「赤光」
「ああ。それなら仮の屋でも朝からその話ですよ」
乃維助が訊いた。
「誰が見たって言ってた?」
「朝、弥吉が“大工仲間が見た”って言ってきたんです。昼には魚屋の小僧。さっき左右衛門さんが聞いた時には、花魁が見たことになってましたよ」
お綿が吹き出した。
「猫より見たって人の方が増えてるじゃないか」
由ノ吉が箸を置いた。
「しかも、同じ人じゃないね。ばらばらだ」
乃維助だけは笑わなかった。
翌日、勇が仮の屋へ顔を出した時、乃維助がいた。
左右衛門は帳場の向こうで算盤を弾いている。
「勇」
乃維助が言った。
「何だ」
「頼みがある」
「荷か?金払うんだろうな」
「荷じゃねえ」
「高くなるぞ」
「何でだ」
左右衛門が笑った。
「勇さんをただで走らせよういうのは無理でやす」
乃維助は昨日の話をした。勇は黙って聞いた。
「つまり…誰が最初に猫を見たか調べろって?なんで俺が」
「足が速えから。噂とお前、どっちが速いか試してみねえか?」
左右衛門が算盤を置いた。
「けど勇さん向きでやすよ。荷ぃ追うんも、噂を追うんも道は道や」
勇は二人を軽く睨んだ。
「てめえら、うまいこと言った顔しやがって」
「してねえ」「してまへん」
結局、勇は出ていった。昼を過ぎても戻らなかった。
夕方、仮の屋の戸が開いた。
「どうだった」
乃維助が訊いた。勇は座りもせず答えた。
「誰も見てねえ」
「どういう事だ?」
「魚屋の小僧は髪結いから聞いた。髪結いは八百屋の女房。八百屋の女房は海道で聞いたっていうから行った」
「お雪んとこも行ったのか。で?」
「お雪は客の話を聞いてただけだ」
「その客は」
「吉原で聞いた」
乃維助が黙った。
勇は続けた。
「一周した」
由ノ吉が声を立てて笑った。
「笑うな」
乃維助が言う。
「だって、のいさん。猫より噂の方がずっと足が速い」
勇は不機嫌そうに腕を組んだ。
「走った俺が馬鹿みてえだ」
左右衛門が茶を出した。
「まあまあ。ご苦労さんでやす」
勇は茶を飲んだ。
「ただな」
「何だ」
「海道のお雪が妙なこと言ってた」
「何て」
「最初に話した客、笑ってて怖がってるようには見えなかったって」
乃維助が眉を上げた。
「顔見たのか」
「見ねえだろ、あの女は」
由ノ吉が笑った。勇は続けた。
「酒の飲み方がいつもと変わらなかったとよ」
乃維助は少し考えた。
「見たわけじゃねえな」
「たぶんな」
二度目の赤光を、本当に見た者は見つかなかった。
翌日の昼、本物の猫が現れた。
砂丘屋の裏手だった。三太郎が妙に鼻を鳴らすので、お綿が戸を開けると、白い猫が一匹、濡れた樽の上に座っていた。
耳の先から尾まで、墨を一滴も落としていないように白い。
雪を固めたように真っ白だった。
鼻も耳も薄桃色に透け、顔の中で二つの眼だけが赤い。
乃維助は黙った。
「……何」
かりんの声が頭によみがえった。白いのには会った?
「こいつが赤光?」
覗き込んだ客が言う。お綿が振り返る。
「白猫じゃないか」
「でも眼が」
「この店燃えるんじゃないのか」
「物騒なこと言うんじゃないよ!」
猫は騒ぐ人間たちを気にする様子もなく、前足を舐めていた。
三太郎が近づいた。猫は一度だけ三太郎を見た。三太郎も猫を見た。
それから互いに鼻を寄せた。
「化猫にしちゃ愛想がいいな」
乃維助が言った。左右衛門が猫を覗き込んだ。
「これ…白子やないでやすか?」
「しろこ?」
「兎で見たことありやす。真っ白で、眼ぇ赤うて」
勇もしゃがみ込んだ。
「俺も似たのを上方で見たことがある」
「猫を?」
「いや、人を」
乃維助が勇を見る。
「人?」
「ああ。肌も髪もすげえ白くて、眼が赤みがかってた」
左右衛門が猫を見る。
「ほな、こいつもきっと白子でやすね」
お綿が猫を抱き上げた。嫌がらなかった。
「腹減ってんのかね」
「また飼う気か」
「まだ言ってないよ」
そう言いながら、お綿はもう魚の身を少し皿へ取っていた。
その日の夕方には、白い赤光の話が吉原を一周した。
黒猫のはずなのに白かった。年を取ると色が抜けるのだ。火を食べて白くなったのだ。黒い赤光とは別に、白い赤光もいるのだ。話は半日で五十にも膨らみ、翌朝には百になった。
そしてその日の昼前、利根屋に赤光が出たという噂が流れた。
乃維助たちは砂丘屋にいた。
白猫は三太郎の横で寝ていた。
由ノ吉が猫を見る。乃維助も見た。お綿も見た。勇が言った。
「こいつじゃねえってことだな」
「見りゃ分かる」
「じゃあやっぱり黒いのがいるのかい」お綿が訊いた。
乃維助はため息をついて立ち上がった。
「行ってみるか」
利根屋の前にはすでに人が集まっていた。
「どこだ」
「屋根だって」
「誰が見た」
「知らねえよ」
「黒猫か」
「赤光なんだから黒いだろ」
「眼は?」
「赤かったんじゃねえの」
誰に訊いても同じだった。誰かが見た。だが、その誰かがいない。
勇がまた走った。
半刻後に戻ってきた。
「駄目だ」
「何が」
「始まりがねえ」
乃維助が勇を見る。
「話を辿ると?」
「途中で輪になる。こいつから聞いたって奴が、そいつから聞いたことになってる」
由ノ吉が小さく笑った。
「猫がいてもいなくても赤光は出るんだね」
乃維助は笑わなかった。
その夜、仮の屋に集まった男たちは黙っていた。左右衛門が茶を啜る。
「そんなら先ずは昔の話、調べてみたらどうでやす」
「どこで」
乃維助が訊いた。左右衛門が考えるより先に、勇が顔を上げた。
「あ」
三人が見る。
「何だ」
「一人いる」
「誰」
勇は嫌そうな顔をした。
「烏の爺」
乃維助が眉を寄せた。
「カラスのジジイ?何だそりゃ」
「昔の飛脚。隠居」
「知り合いか」
「俺が駆け出しの頃、何度か一緒に荷を運んだ」
「で、何でそいつが赤光を知ってる」
勇は少し黙った。
「知ってるかは分からねえ。ただ、道中ずっとそんな話ばっかりしてた」
「どんな話だ」
「首のない馬とか、夜になると道が一本増える峠とか、死人が先回りして宿で待ってるとか、とにかく訳の分からねえ話をずっと喋ってるんだ。嫌になるくらいずっとだ」
乃維助が真顔になった。
翌朝、四人は町外れの古本屋にいた。軒先に看板が下がっていた。
墨太く「烏堂」。丸の中に三本足の烏。狭い店だった。
まるで本で建てたようだ。壁際だけでは足りず、床にも積まれ、柱の脇にも積まれ、奥には紙の山が崩れかけている。古い墨と埃と、少し湿った紙の匂いがした。その奥に男がいた。六十はとうに越えているように見えた。黒っぽい着物を着て、痩せた肩を丸めてなにか読んでいる。
勇が言った。
「烏の爺」
男は顔を上げた。しばらく勇を見る。
「……誰だ」
「俺だ。勇だ。」
「ゆうだ…ゆうだ?ゆうだ?」
「ゆ、う、」
「おー横丁の裕坊か。大きくなったなあ、今日はなんの本だ」
「……飛脚の勇だ。昔何度か走っただろ。妖怪ジジイ」
「そっちの勇か。初めからそう言え」
「てめえ初めから分かってただろ」
「分かったのは今だ」
「嘘つけ」
「嘘だと思うなら訊くな」
勇のこめかみに青筋が立った。
「殴るぞてめえ。相変わらず嫌なジジイだ」
「そうでもない」
「この野郎」
「という事はだ、お前も相変わらずなんだろうな」
「何が」
烏堂の主は、また紙へ眼を落とした。
「さあな」
勇が一歩出た。
「……てめえ、喧嘩売ってんのか」
「儂が売ってるのは本だ」
「じゃあ今のは何だ」
「昔話だ」
「今の話だろうが」
「昔からそうだったって話だ」
勇が肩をがっくりと落として黙った。
乃維助が小声で由ノ吉に言った。
「帰るぞ」
由ノ吉は笑いを堪えていた。
「いやいや、もう少しいようよ」
烏堂は紙をめくった。
「で、何を落とした」
「知ってんだろ、俺は何も落とさねえ。話を聞け」
「じゃあ何を探してる」
烏堂は乃維助たちを見てもう一度言った。
「なんだ?何を探してる」
「……赤光って知ってるか」
勇が言った。
烏堂の眼が少しだけ動いた。
「六曜のか?猫のか?」
「ろくよう?……猫の方だ。たぶんな」
乃維助が前へ出た。
「赤い眼の黒猫だ。火事の前に出るって話だ」
烏堂は鼻を鳴らした。
「火事?」
立ち上がり、紙の山へ手を突っ込んだ。一束抜く。違ったらしい。戻す。
別の山へ手を入れる。
「片づけろよ」
勇が言った。
「どこに何があるか分からなくなる」
「今だって分かってねえだろ」
「分かる」
一冊の薄い綴じ本を引っ張り出した。紙をめくる。
「これだ」
乃維助が覗き込む。
「読みにくい字だな」
「古い字だからな。儂が読んでやろう」
烏堂が指で一行をなぞった。
「赤い眼の黒猫が屋根を渡った。それを赤光と呼んだ」
「それだけか」
「それだけだ」
「火事は」
「書いとらん」
紙をめくる。別の書付を取り出す。
「こっちはもっと後だ。大火の前に赤光が出たとある」
もう一枚。
「こいつは尾が二本」
さらに一枚。
「こっちは尾の先が蛇とある」
由ノ吉が笑った。烏堂も笑った。
「化猫ってのはな、長生きするから尾が増えるんじゃねえんだ」
老人は紙を揃えながら続けた。
「話が長生きするから尾が増えるんだ」
誰もすぐには何も言わなかった。勇が腕を組む。
「あの頃もそんな話をしてたな」
「お前は聞いちゃいなかった」
「荷運んでる時に延々やられりゃ聞かなくもなる」
烏堂は古い書付を眺めた。
「ただな」
乃維助が嫌そうな顔をする。
「まだあるのか」
「こういう話は、最初が一番あてにならん」
「最初が本当なんじゃないのか」
「なぜそう思う」
「なぜって…じゃあ何で見せた」
「お前が見たがったからだ」
乃維助が黙った。由ノ吉が横を向いて笑いを堪えた。烏堂は続けた。
「藻奈庵に行ってみろ。もう少し面白いことを言うぞ」
乃維助は眉間を押さえた。
「まだいたか、こういうのが」
「お前、あの尼知らねえのか」
「知ってるから嫌なんだ」
寛藻奈尼は、話を聞き終えるまで何も言わなかった。
乃維助、由ノ吉、勇、左右衛門。烏堂もついてきている。
「何でお前まで来るんだ」
乃維助が言う。
「暇だった」
「店は」
「本は逃げやしねえ」
寛藻奈尼が静かに茶を置いた。水琴がぴん、と澄んだ音を立てた。
「つまり、赤光を探しているんですね」
「そうだ」
乃維助が答えた。
「猫を?」
乃維助は口を開いたまま止まった。烏堂が笑った。
「ほら始まった」
「あなたは黙っていてください」
寛藻奈尼が言った。
「カァー」
烏堂が鳴き真似をして黙った。乃維助が訊いた。
「猫じゃないなら何だ」
「私は猫ではないとは言っていませんよ」
「じゃあ猫なのか」
「猫だとも言っていません」
乃維助が勇を見る。勇が首を振る。俺に聞くな、という顔だった。
由ノ吉だけが肩を震わせている。寛藻奈尼は少し考えた。
「誰かが何かを見たのかもしれません。見ていないのかもしれません」
「赤い眼の黒猫だ」
「そうかもしれません。その次の人は?」
「聞いた」
「その次は?」
乃維助は黙った。
「見たものが流れているのではなく、話が流れているのです。となると、今皆さんが追っているものは、最初に誰かが見たものと同じでしょうか」
「分からん」
「そうですね」
「そうですねじゃねえ」
烏堂が笑った。
「だから面白いと言っただろ」
再び、ぴん、と水琴が鳴った。
結局、その日も赤光の正体は分からなかった。だが、町の方が先に飽きた。火事は起きない。白猫は何もしない。利根屋にも何も起きなかった。数日もすると、赤光の話をする者はいなくなった。
赤い眼の白猫だけが砂丘屋に残った。最初は裏口で飯を食っていたが、いつの間にか店の中へ入るようになり、さらにいつの間にか三太郎と同じ場所で寝るようになった。
「名前どうするんだ」
乃維助が訊いた。
お綿は猫を見た。
「もう赤光でいいんじゃないの」
「黒くねえぞ」
「眼は赤いし」
「験が悪くねえか」
「猫の名前で火事になるなら江戸中とっくに焼けてるよ」
桑吉が板場の奥から顔を出した。
「お綿、葱くれ」
それだけ言って引っ込んだ。
乃維助は白猫を見る。猫は欠伸をした。
「……まあいいか」
その夜、雨が降った。細い雨だった。砂丘屋の軒から落ちる雫が、暗い路地に小さな音を立てていた。客はもう帰り、店の灯りも半分落ちている。
三太郎は戸口近くで丸くなっていた。その腹へ寄り添うように、白い赤光が眠っている。乃維助は最後の酒を飲み干した。その時だった。
白い赤光が眼を開けた。ゆっくりと頭を上げる。ほとんど同時に、三太郎も顔を上げた。二匹は揃って、閉じた戸の向こうを見ていた。
吠えない。
鳴かない。
ただ見ている。
由ノ吉も気づいた。
「のいさん」
乃維助は立ち上がり、戸を開けた。雨の匂いが入ってきた。
三太郎と赤光の視線の先――向かいの屋根に、赤いものが二つ浮いていた。眼のようだった。
その下に何があるのかは見えない。
黒いのか。
白いのか。
そもそも猫なのか。
それすら分からなかった。
乃維助の耳に、ふいにかりんの声が戻った。
じゃあ黒いのは、まだなんだ。
「どうしたの」
お綿が後ろから訊いた。乃維助は振り返った。
白い赤光は立ち上がって三太郎と並び、まだ屋根を見ている。
もう一度、乃維助が向かいを見る。二つの赤い光は消えていた。
雨の上がった屋根には猫のような足跡が残っていた。
しかしそこだけだった。そこへ来た跡も、そこから去った跡もなかった。




