第二幕 競う者たち③
第三章 士官学校の二人
四年間の幼年学校を経て、士官学校への入学試験はその最終学年の秋に行われた。
士官学校の競争率は幼年学校よりも厳しく、同期の三十二名中、進学できたのは二十名だった。
ロートとシェルファは揃って合格した。
それは誰も驚かなかった。
士官学校は、幼年学校とは別の施設だった。
帝都の北西、城壁に隣接した広大な敷地に建つその学校は、幼年学校よりも規律が厳しく、訓練の内容も実戦を意識したものが増えた。ロートたちの場合、入学する年齢は十五歳から、卒業は十九歳の春。この四年間で、生徒は実際の騎士団に将校として配属されるだけの技術と知識を身につけなければならない。
カリキュラムの柱は三本だった。
一本目は戦術学。地図を用いた兵力配置の演習、過去の戦史の分析、補給と兵站の計算。二本目は武術。剣術に加えて、槍術、弓術、槌の使用法、そして集団戦の動き方。三本目は帝国法と行政学。騎士は剣だけを知っていれば良いわけではなく、占領した地域の統治や、法に基づいた裁定を行える知識も必要とされた。
ロートは戦術学に飛び込んだ。
元々書斎で読み込んでいた戦術書の知識が、ここで初めて「使えるもの」として機能した。地図の上に駒を並べる演習では、他の生徒が手探りで考えているうちに三手先を読んでいた。過去の戦史分析では、教師が「模範解答」として示した解析を独立に導き出した上で、さらに一段深い考察を書き加えた。
シェルファは行政学が得意だった。
法の条文を暗記するだけでなく、その運用の文脈を直感的に掴むのが上手かった。模擬裁判の演習では、法の字義よりも当事者の感情と状況を読む能力が光った。「お前は法学者より政治家に向いている」と担当教師に言われ、シェルファは「残念でした。わたしは騎士になるんです」と笑い返した。
武術では、二人の差は縮まった。
ロートの大剣は、四年間の鍛錬でようやく「体格差を補う」段階から「体格を利用する」段階に入っていた。彼女の身長は170センチ近くに伸び、大剣にも見劣らない体格となった。その身長から繰り出される、重さを速さに変換するための全身の連動が、ヴァルカスに仕込まれた体幹によって結実しつつあった。女性とは思えぬ重量感のある一撃は、初めて見る者に必ず驚きを与えた。
シェルファの細剣は、より流麗さを増した。速さと精度が同時に上がり、防御と攻撃の切り替えが滑らかになった。炎の魔法の制御もこの時期に一段階進み、剣に微量の炎を纏わせることさえできるようになった。模擬戦においても、彼女の剣が炎を吹き上げ襲い掛かるさまに相手は一瞬怯み、その隙に強烈な一撃を与える。魔法と剣術の連動という点では、グランシール家の次期継承者として着実に成長していた。
総合成績は、相変わらずロートが一位だった。
士官学校では、二人の存在は有名になっていた。
帝国の名門中の名門、グランシール家から同期に二人の入学者が出ており、しかも両者が成績の上位を独占している。これは帝国の貴族社会において話題になるには十分な事実だった。上官たちの間では「将来の第一騎士団の主力」という評価が定まりつつあり、他の騎士団の上官たちも二人に注目していた。
その注目が二人に与えた影響は、表面的には似ていて、内面的には正反対だった。
シェルファにとって、注目は活力だった。見られているという意識が、彼女のパフォーマンスを引き上げた。人前に出ることを好み、期待に応えることが喜びだった。
ロートにとって、注目は静かな重荷だった。それが重荷だと認識していたわけではなかったが、ロートが自分の行動を決める際の「他者の視線」の影響は、シェルファのそれとは異なる方向に働いていた。
そしてその違いが、表面に出たのは十六歳の秋だった。
その日の戦術学の演習は、グループ対抗の形式だった。
二つのグループに分かれ、それぞれが攻守の役割を担い、地図の上で兵力を動かす。教師が審判を務め、三時間後に結果を判定する。
ロートとシェルファは別のグループに分けられた。
ロートのグループは守備側に回った。ロートは地図を見て、五分後には全体の配置を決めていた。尾根沿いに防衛線を引き、補給路を分散させ、相手の騎馬突撃を想定した杭の配置を提案した。グループの他のメンバーは最初戸惑ったが、ロートの説明が論理的で分かりやすかったため、誰も反論できなかった。結果、ロートの提案がほぼそのまま採用された。
シェルファのグループは攻撃側だった。シェルファはグループの意見をまとめながら、正面攻撃と陽動を組み合わせた作戦を立案した。グループ全員の案を聞き、良い部分を抜き出して統合するという進め方で、各自が「自分の案が反映された」と感じられるようにしながら作戦を完成させた。
演習の結果は守備側、つまりロートのグループの僅差の勝利だった。
教師の講評はこうだった。「ロート・グランシールの配置は教科書的に完成されていたが、完成されすぎていた。相手グループの陽動に対して、対応が一テンポ遅れた。一方、シェルファニール・グランシールのグループは全員の士気が高く、臨機応変の対応が光った。今日の勝利は守備側としたが、実戦では士気と柔軟性が勝ることも多い。どちらの指揮にも学ぶべきものがある」
演習後、ロートはシェルファに歩み寄って言った。「お前の陽動は読めなかった。どこから発想した」
「グループの中のシャルル、あの子が『とにかく動き回りたい』って言ってたから、そこから考えたの。人の性格から作戦を作る方が、私は考えやすかった」
「人から作る、か」
「あなたは地図から作るでしょ。わたしには地図だけじゃイメージが湧かなくて」
「それは欠点ではない。そのやり方でなければ引き出せない力がある」
「あなたのやり方にも、あなたにしか出せない正確さがある」
二人は少しの間、互いを見た。
それは友人としての誠実な言葉のやりとりだった。本心だった。しかしその誠実さの裏側に、どちらも言葉にしていないものが、少しずつ堆積していた。
十八歳の夜、珍しくシェルファがロートの部屋に来なかった日があった。
ロートは気にしなかった。各自が体調や気分によって、一人でいることを選ぶのは当然だ。しかし翌朝のシェルファの顔が、どこか硬かった。
「昨日、何かあったのか」
「別に、何もないわ」
「そうか」
「……ちょっと、考えてたことがあって」
「聞こう」
「いい。自分で考えることだから」
それ以上は聞かなかった。聞くべきでないという判断だったが、後から振り返れば、そこで聞いていれば違ったかもしれない。
何を考えていたのかを、シェルファがロートに話したことは、それ以降もなかった。




