第六幕 剣の行き先⑦
第七章 ロートの決断
意識が戻ってきたのは、ゆっくりとだった。
最初に感じたのは、温もりだった。
帝都の地下牢で四日間を過ごした体は、温もりの感触を忘れかけていた。石の冷たさ、湿った空気、滴る水の音。それらが当たり前になっていた体に、毛布の重さと温かさが、まるで初めて感じるもののように染み渡った。
使い古されているが、清潔だった。
ロートはしばらく、目を開けずにいた。
窓の外から、声が聞こえた。
「だから言ったでしょ、アルビオン。あんな風に正面から突っ込むなんて、作戦でもなんでもない。ただの無茶だよ」
少女の声だった。少し尖っているが、透き通っていた。
その声はジュノだったが、ロートはまだ彼女だとわからない。
若い、かわいい声だな、と思った。
「結果オーライだろ。実際、近衛兵どもは俺の後ろを追いかけるのに必死で、アランさんたちのことなんてこれっぽっちも気づかなかった。あちらの隊長さんも無事だったし、良かったじゃないか」
「良かったじゃないか、じゃないの!」ジュノの声が少し跳ね上がった。「もしあんたに何かあったら、あたし、あんな広い帝都で一人ぼっちになるところだったんだよ。少しは残される側の気持ち、考えなさいよね」そこまで言うと、ジュノは少し声のトーンが下がった。「お父さんみたいに、あたしを置いていかないでよね…。もう、ひとりぼっちはいやなの…」
「……ジュノ、もしかして、泣いてたのか」アルビオンは慌てた声で気遣う。
「泣いてない…。火薬が目にしみただけ…だもん」
少し間があった。
「ごめんな」とアルビオンが詫びた。「でも、お前が横にいてくれたから、俺は一歩も引かずに済んだ。お前の銃声が聞こえるたびに、後ろを守ってもらってる気がして、前に集中できた」
「……そういう、甘い言葉を言っても、騙されないから」
「騙してない。本音だ」
短い沈黙。
「……次から無茶する前に、一回だけあたしの顔を見て。相談しろ、とは言わないから。ただ、あたしがいることを思い出して」
「ああ、約束する。いつも、お前の顔を思い浮かべるよ」
「…………ホント?絶対だよ。なら、許してあげる」
弾むような足音が遠ざかっていった。
ロートは天井を見た。
解放軍の前線基地の、木造の天井だった。節が見えた。光が差し込んでいた。
若者たちの声が、凍りかけていた何かを少しずつ溶かしていくようだった。あれほど単純に誰かを想うことが、自分にはできるのかどうか、ロートには分からなかった。しかし、できないのではなく、まだ誰かを真剣に想うことをしていないだけなのかもしれない、とも思った。
体を起こした。
十二時間以上眠っていた。体の芯の冷えが、少し引いていた。
その日の午後、体調が回復したロートは、ロンバルティアと二人でバルコニーに立っていた。
夕暮れが山並みを橙と紫に染めていた。前線基地の外の景色は、帝都とは全く違う空の広さを持っていた。
隣に立つロンバルティアの横顔を、ロートは横目で見た。金色の短い髪。青い目。夕暮れを見ている横顔が、記憶の中の兄エルヴィンに似ていた。いや、似ているのは形だけではなく、何かをずっと遠くに見ている目の質が、似ていた。
しかし違うところもあった。
エルヴィンの目は、記憶の断片の中では、いつも少し揺れていた。悩んでいた。ロンバルティアの目は揺れていなかった。遠くを見ながら、しかし今ここに立っている。
「お加減はいかがですか」とロンバルティアが聞いた。
「これ以上ないほど良好だ。冷たい石の下に四日いれば、誰でも外の空気のありがたみが骨身に染みる」
ロートは繕われたマントを羽織り直した。テンペストの紋章が、夕暮れの光を受けていた。
「ロンバルティア」
「はい」
「一つ聞いても良いか」
「なんでしょう?」
「なぜ、私を助けた」
ロンバルティアは夕暮れから視線を外して、ロートを見た。
「費やした労力とリスクを考えれば、採算が合わないはずだ」とロートは続けた。「一人の騎士団長を救い出すために、精鋭を帝都に送り込んだ。解放軍全体のリスクとしては、合理的でない選択だ」
「戦術の計算式に、血を入れ忘れていませんか」ロンバルティアは言った。声が静かだった。「叔母上。あなたは父が愛した妹であり、僕にとっての肉親です。それだけでも理由として十分ですが、もう一つある」
「もう一つというのは」
「正当な証言をしたあなたが、帝国の不当な鎖に繋がれたまま処刑されることを、黙って見ていれば…」ロンバルティアは言った。「僕が目指す自由という言葉が、嘘になります。正義が正義でなくなる。それは戦術の問題ではなく、信義の問題です。あなたはあそこにいるべきではなかった。だから取り返しに行った。それで十分な理由になりませんか?」
ロートは少し黙った。
これまでの人生で、自分の行動の正当性を認めてくれる存在は、常に帝国という枠組みの中にあった。帝国の命令に従えば正しい。逆らえば間違いになる。その構造の中で、ロートはずっと生きてきた。
その帝国が、ロートを切り捨てた。
そして今、帝国が敵とした少年が、信義を理由に助けに来た。
「叔母上」とロンバルティアは続けた。「改めて聞かせてください。あなたは、これからどうするつもりですか」
ロートは少し間を置いた。
「牢の中で、ずっと考えていた」と言った。「命令に従い、規律を守り、戦果を上げることを剣の行き先としてきた。それがどこで間違えたのかを」
「どこで間違えたと思いますか」
「答えは、思ったより単純だった」ロートは自分の手を見た。「私は制度を守ろうとして、『人』を見ていなかった」
手のひらに、四日間の牢の冷たさがまだ残っているような気がした。
「南方で傭兵を率いて戦った時、貧しい農家の次男三男と共に戦った。彼らが故郷に仕送りをするために戦っていることを、私は知っていた。その仕送りがなぜ必要なのかも、薄々分かっていた。しかし問わなかった。問わずに戦い続けた」
「それが間違いだと、今は思うのですか」
「間違い、という言葉が正確かどうかは分からない。しかし」ロートは視線を上げた。「問うべきことを問わずに来た、ということは確かだ。帝国の枠組みの中にいる限り、問う必要がなかった。枠組みの外に出た今、初めて問える」
「何を、どう問いますか?」
「今度、私の剣を誰のために振るうか、ということだ」
ロンバルティアは黙って聞いていた。
「お前の話を聞いて、お前に助けられて、今私は決めた」とロートは続けた。「もう、帝国のためにはこの剣は振るわない。名誉のためでも、復讐のためでもない。目の前の人間の苦しみを減らすために振るう。それが、今の私の答えだ」
「それは、解放軍に加わると理解してよい、ということですか?」
「そうだ。戦術家として、一兵卒として、お前の理想に残りの生を賭ける」
「そうなったら、あなたの第五騎士団はどうなりますか?」
「解散する。しかし強制はしない。各自が自分で決めてもらう。どちらにせよ、私自身は解放軍に加わらせてもらう」
ロンバルティアは少し間を置き、「叔母上が来てくださることは、僕にとって心強い。しかし」と彼は言った。
「戦力としてではなく、叔母上自身がそれを望むから来てほしい。義務感や恩義から振るう剣は、いつか必ず折れます。お前の理想のために、という言葉だけでは、長くは続かない。叔母上自身が信じるもののために動いてほしい」
ロートはロンバルティアを見た。
「お前は本当に十八歳なのか」
「そうですが、おかしいですか?」
「十八歳でそれが言えるのか」
「実は、これは師匠の受け売りです」
「それは違う」とロートは言った。「習った者が賢くなければ、賢い師匠の言葉は活かせない。お前が理解して使っているからこそ、言葉に重みがある」
ロンバルティアは少し目を細めた。「……叔母上は、正直に褒める人ですね」
「私は事実を言っているだけだ」
「似ている気がしてきました。言い方が」
「誰にだ」
「僕に」
ロートは少し間を置いた。「そうかもしれない。同じ血縁だからな」
「ところでロンバルティア」ロートは少し声のトーンを変えた。「お前に一つ頼みがある」
「なんでしょうか?」
「……叔母上という呼び方をやめてくれないか」
「……え?」
「自分が急に老け込んだような気分になる。每回言われるたびに、何か膝に来る感覚がある」
ロンバルティアは面食らったように瞬きをした。それから、この戦いの中で初めて見せるような、少年らしい笑みをこぼした。
「失礼しました。では、ロートさんとお呼びしても」
「戦場ではロートで良い。さん、は要らない」
「そういうわけには。年長者に礼儀を尽くせと言われています。ロートさん」
「そうか。ならばそれでよろしく、頼む」ロートは少しだけ目を細めた。
夜になって、作戦会議が終わった後、ロンバルティアとロートは二人は焚き火を囲んでいた。
アルビオンとジュノは別の場所にいた。基地の夜の見張りや補給の確認で、ロンバルティアの周囲は静かだった。
「ロンバルティア、一つ聞いても良いか」とロートは言った。
「ええ、何でも聞いてください」
「解放軍の旗の下には、様々な出身の者がいる。砂漠の民、鉱山の坑夫、農民、元騎士。それぞれが別の神を信じ、別の祈りの形を持っている。その統一はどう考えているのか」
ロンバルティアは薪を焚き火に足しながら答えた。
「宗教観ですね。僕たちは、統一しないことを方針にしています」
「統一しない、というのはどういうことだ」
「帝国は女神アルテイアを唯一の神として定め、それを信じることを市民の条件にしてきた。しかしその陰で何が行われてきたか」ロンバルティアは言った。「五年前の北部山岳地帯の、『灰色の安息日』と言われた事件をロートさんは覚えていますか」
「ああ。先祖代々の精霊信仰を捨てなかった民族が、第二騎士団によって村ごと壊滅した件だ。公式記録では異端審問として処理されたが、実態はヴァイクスの『こおりの魔法』による一方的な殺戮だった」
「そうです」ロンバルティアの声が、少し低くなった。「彼らは何かを攻撃したわけではなかった。ただ、自分たちの祈りを守りたかっただけだ。しかし神の名を使えば、どれほど残虐な行いも聖戦と呼べる。それが権力と宗教が結びついた時の結末です」
「聖職者たちは、現在のところ解放軍に賛同していないようだな」
「していません。教会は今の仕組みの中で大きな権力を持っている。その仕組みが変われば、権力を失う。だから変化を恐れる。それは理解できる動機です」
「しかし、彼らに改革を求めるのは、なかなか難しいぞ」
「改革ではなく、分離です」ロンバルティアは言った。「信仰を禁じるつもりはない。女神アルテイアを信じることも、精霊に祈ることも、あるいは何も信じないことも、全て個人の自由だ。ただ、その信仰が政の道具になることはもう終わらせる。神が誰かを殺せと命じる時、それは神の声ではなく、神の名を借りた人間の欲だ。それは許すわけにはいかない」
ロートは焚き火を見た。
「それは、多くの信者を敵に回すことになる。帝国という軍事力に加えて、何千年も積み重なってきた概念と戦うことになる」
「覚悟の上です」ロンバルティアはアミュレットに触れた。青い宝石が炎の光を受けていた。「解放軍に加わっている者の中に、篤い信者もいる。北部農村連合の代表ハルドも、毎朝アルテイアに祈ると言っていた。それでも解放軍にいる。なぜなら、信仰と自由は矛盾しないからです。神を信じることと、他の人間が別の神を信じる自由を認めることは、両立する」
「ハルドがそれを理解しているのか」
「話しました。長い時間をかけて。最初は反発されました。しかし、『灰色の安息日』の話をした時、ハルドは黙りました。あの事件は彼の村の近くだったそうです。今でも残った魔力の影響で、人の住めない土地になっているようと聞きます」
ロートは少し沈黙した。
「お前は、敵の動機を理解した上で戦っているのだな」
「理解しなければ、倒せません。帝国が腐敗した理由も、教会が変化を恐れる理由も、それぞれに論理がある。論理がある限り、力だけでは潰せない。論理に対抗できる別の論理が必要です」
「それが、信教の自由か」
「それが、選んで繋がる社会の形です」ロンバルティアは言った。「帝国は力で繋いだ。教会は恐怖で繋いだ。しかし、人間は強制されて繋がった時と、選んで繋がった時とでは、その繋がりの質が根本的に違う。選んで繋がった集団は、頭を潰しても崩れない。それぞれが自分の理由で動いているからです」
ロートはロンバルティアを見た。
十八歳の少年が、焚き火の前で、帝国が三百年かけて作り上げた仕組みの解体を語っていた。
理想に酔っているのではなかった。世界の醜さを正視した上で、どう解体するかを考えている。感情論ではなく、論理として語っていた。しかし論理の根には、灰色の安息日への怒りがあった。
「エルヴィン兄上は」とロートは言った。「同じことを目指していたが、方法が違った」
「父は一人で引っ張ろうとした」ロンバルティアは言った。「僕は、引っ張ることをしない。それぞれが自分の理由で動く場所を作る。僕は方向を示すだけです」
「それが父との違いか」
「父が失敗した理由の一つは、孤立したということだと、以前聞いた西部の自警団の方が言っていました。悩みを一人で抱えて、一人で決めた。仲間との距離が生まれた」
「お前はどうなんだ。リーダーとして孤立していないのか」
「僕には仲間がいます」ロンバルティアは目を上げた。「アルビオンがいる。ジュノもいる。師匠だっている。他にも地方の同志たちがいる。僕はひとりではありません。でも」
そこまで言ってから、ロンバルティアは言葉を少し詰まらせた。
「……でも、本当は怖いのです」目を伏せた。「時々、不安で眠れなくなることもあります。本当にこれでいいのか、僕は間違っていないか。どこかで道を誤っていないか。リーダーとして方向を示す以上は、迷いを見せることはできない。それは父と同じ問題を抱えているかもしれない」
「ああ、そうだ。お前の言うとおりだ」
「ええ。ロートさんには話せる気がしました。同じ血縁だから、というのもあります」ロンバルティアは言った。「それに、ロートさんは、僕と『同じ種類の不安』も知っていると思ったからです」
ロートはロンバルティアを見た。
ロンバルティア・ライム。解放軍の若きリーダー。
理想を掲げ、弱き者のために戦う迷いなき勇者。
しかし、彼もまた人だった。不安を抱え、悩み、迷っている。
『同じ種類の不安』まさにそれは正確な言い方だった。
「ロンバルティア」とロートは言った。「戦術の話ができる相手が一人いれば、少しは不安も減るだろうか。お前の重荷、私も共に背負おう。私にも支えさせてくれ」
「それは、とても心強いです」
「戦術の問題だけでなく、判断に迷った時に声をかけてくれ。答えは出せないかもしれないが、一緒に考えることはできる」
「ありがとうございます、ロートさん」
炎が揺れた。
南の夜空に、星が出ていた。北の星が、低い位置に見えた。
「一つ確認しておきたい」とロートは言った。
「なんですか」
「私が解放軍に加わった後、第五騎士団の元の者たちの扱いはどうなるのか」
「各自の選択を尊重します。帝国に戻りたい者は戻れる。故郷に帰りたい者は帰れる。解放軍に加わりたい者は加われる。どの選択も、正しい選択です」
「解放軍として、強制はしないのか」
「しません。強制で集めた兵は、強制がなくなれば散る。それは数ではなく、石と砂の違いです」
ロートは少し考えた。第五騎士団で解放軍に参加してくれそうなメンバーを考えた。
「ロートさん、アランさんは、解放軍に来ますか?」
「いや、聞いてはいないが」ロートは少し間を置いた。「おそらく来てくれるだろう」
「自信がありそうですね。なにか確信があるのですか?」
「アランは一生かけて私の剣になると言った。一度言ったことを撤回する男ではない」
ロンバルティアは少し目を細めた。それから静かに笑って言った。「……お二人は、良い関係ですね」
「何の話だ。単なる副長と隊長の関係だ」
「それだけではないようですよ。アランさんは、あなたを救うために命がけで、解放軍の陣地まで単独で来たのですから」
「そうなのか」
「そうです」それ以上、ロンバルティアは特に追及しなかった。しかし口の端が上がったままだった。
「な、何が可笑しい」
「可笑しくないです。ただ、そういう関係を大切にできる人は、長く戦えると思って」
ロートは返事をしなかった。顔が赤くなっているのを感じた。
炎の爆ぜる音が続いた。
夜が深くなった頃、ロンバルティアが言った。
「ロートさん、僕も一つ聞いても良いですか」
「なんだ」
「この先、あなたは怖くないですか」
ロートは少し考えた。
「何が怖いか、具体的に言え」
「全部です。帝国に反旗を翻すことも、先が見えないことも、大切な人が傷つくことも」
「それは、私だって怖いさ」とロートは即答した。
「それなのになぜ、そう決めたのですか?」
「怖いままでも、動くことはできる。昔からそれはずっと心していた」
ロンバルティアはその言葉を受け取った。
「父も、同じことを言っていたと母が言っていました。怖かったはずだ、しかし動いた、と」
「エルヴィン兄上は、怖さの中でどう動いたか、私には分からない。しかし、お前は怖さをどう扱っているのか、今夜少し分かった気がした」
「僕が?では、ロートさんの目にどう映りましたか?」
「怖さを隠さない。不安の話を私にしたように、怖さを誰かに話せる。それが、一人で抱えた兄との違いかもしれない」
「……感情を出して話す。それも師匠に教わりました。僕は、自分の心に正直でいたいのです」
焚き火が小さくなってきた。
「そろそろ眠った方が良い」とロートは言った。「明日も早い」
「そうですね」ロンバルティアは立ち上がった。「ロートさん、今夜話してくれてありがとうございました」
「礼を言うことではない。私も整理できた」
ロンバルティアが天幕に向かいかけて、立ち止まった。
「ロートさん」
「なんだ」
「父はあなたのことを、賢い子だと言っていたそうです。母から聞きました」
「グレイドル将軍の手帳にも、似たようなことが書いてあったな」
「父の子として誇りに思います。叔母上が、解放軍に来てくれることを」
「叔母上と言うな」ロートは苦笑交じりに呟いた。
「……ふふ。失礼しました。今夜で最後にするので、許してください」
「許すのは一回だけだぞ」
「ありがとうございます」
ロンバルティアが天幕に入っていった。
ロートは焚き火の前に一人残った。
炎が小さくなっていた。燃え尽きる前の、落ち着いた光だった。
帝国の騎士団長としての自分は、あの地下牢で終わった。貴族の地位も、もうない。それでいい。
今ここに立っているのは、ただのロートリット・テンペストだ。
テンペストの名は捨てない。貴族の名だけを捨てる。
剣の行き先が、変わった。民のため、未来のため、この剣を振るおう。
これでいいんだ、とロートは思った。
北の星が、南の夜空の低い位置に出ていた。いつものように、同じ場所にあった。
炎が消えた。
暗くなった夜の中で、北の星だけが残った。




