第六幕 剣の行き先②
第二章 緒戦
第五騎士団の三千がラファに向かって進軍を始めて四日目、街道の先に丘陵地帯が見えてきた。
秋の枯れ草が風に揺れる、起伏の多い地形だった。隠れる場所が多く、視界が利きにくい。正規軍にとっては不利な地形だ。しかし逆に言えば、少数で大軍を翻弄するには向いている。
「嫌な地形だな。迎撃におあつらえ向きだぜ」とアランが馬上で言った。
「向こうが選んだ場所だからな」ロートは地図を広げたまま馬を進めた。「相手は地の利を活かす戦い方をする。当然、自分に有利な場所を選ぶ」
「銃の射程も気になる。どこに撃ち手がいるか分からん」アランは周りを見渡しつつ言った。
ロートは少し間を置いた。「それが一番厄介だ。銃はどこから来るか分からない。剣の届かない距離から、鎧を貫く。カルノワ将軍は渓谷の崖の上から撃たれたと聞いている。高所から狙われれば、隊列の先頭にいる指揮官が標的になる」
「隊長が真っ先に撃たれる、ということか」
「そうだ。だから動き方を変える。私は隊列の中央に入る。旗や目立つ装飾は外せ。指揮官の位置を読まれないようにする」
「それでは指揮ができんだろう」
「声と伝令で動かす。目立つ場所に立たなくても、指揮はできる」
アランは短く「そうか、わかった」と言い、伝令に指示を出した。
偵察隊が戻ってきたのは、丘陵地帯の手前で野営を張った夜だった。
「正面に布陣しているのは二千ほどです」と偵察隊長が報告した。「丘の稜線に沿って展開しています。ただ、後方に別の集団が確認されています。数は正確には不明ですが、千から千五百と思われます」
ロートは地図に書き込んだ。
「後方の集団の動きはどうなっている」
「ゆっくりしています。我々の動きを見ながら、位置を調整しているようです」
「挟撃を狙っているのか?」とアランが言った。
「位置から見ればそう見える」ロートは地図を見た。「しかし、挟撃なら動きが遅すぎる。挟撃を狙うなら、もっと早い段階で深く回り込むはずだ」
「では何の目的だってんだ」
「後詰だ。あるいは撤退の援護。正面の二千が崩れた時に動く用意をしている。つまり…」
「正面の二千は、最初から崩れることを前提にしている」アランが続きを言った。
「そうだ。時間を稼いで、こちらに損害を与えながら引く。その間に後方の集団が別の角度で動く。補給路か、あるいはこちらの弱い点を探して突く」
アランは腕を組んだ。
「……第三と第四を潰した戦法と同じだな」
「ああ、同じだ」ロートは地図から顔を上げた。「正面を囮にして、本命を別のところに隠す。ハール城で私たちがやったことと構造が似ている」
「確かに似ているな」アランは少し考えた。「隊長が立案する作戦と、発想の根が同じだ。弱い点を徹底的に調べて、そこだけを突く」
「ロンバルティア・ライムという人物が、それを考えているとすれば」ロートは静かに言った。「案外、私の甥というのも本当なのかもしれないな」
アランは何も言わなかった。
地図の上で、二つの陣の配置が、鏡に映したように似た構造を持っていた。
翌朝の進軍を前に、ロートは各百人長を集めた。
「補給路の防衛に七百を割く。相手は必ずそこを突いてくる。正面への圧力は維持するが、深追いはしない。相手が引いたら、追うな」
「深追いしなければ、決着がつきません」と若い百人長の一人が言った。
「勘違いするな。今日は決着をつけに来ていない」ロートは言った。「今日は相手を見に来た。相手の動き方を見て、次の判断材料にする。勝手な動きは厳禁だ」
「銃への対応は、どうするんだ?」とラサールが聞いた。
「分散して動く。密集するな。密集した集団は銃にとって格好の標的だ。特に指揮官の周辺は、目立つ旗や装備を控えろ。銃の射手は高所から狙ってくる可能性が高い。丘の上、木の上、建物の上。常に高い場所への警戒を怠るな」
「銃はどのくらいの数があるのか」
「不明だ。第三騎士団での記録では、少数の使い手が限られた弾数を使っていたとある。無尽蔵にあるわけではないようだ。しかし一発が致命傷になる。数より、使いどころが脅威だ」
ロートの言葉に、全員が頷いた。
戦闘が始まったのは、昼前だった。
解放軍の正面部隊が稜線から下りてきた。二千の兵が横に広く展開し、第五騎士団の正面に圧力をかけてくる。旗を立てず、指揮官の位置を分かりにくくした隊形だった。
「相手も指揮官を隠しているな」とアランが言った。
「同じ判断をしている」ロートは言った。「あれが反乱軍の強みだ。指揮官が誰だかわからない。個が全で、全が個だ」
第五騎士団は正面を受けながら、両翼を少し後退させた。包囲されるように見せて、実際には相手を引き込む形だった。
解放軍の正面部隊が勢いよく前に出てきた。
その瞬間、補給路方向から伝令が来た。「後方の集団が動き始めました。補給部隊の方向に向かっています」
「予定通りだ」ロートは言った。「防衛部隊は動くな。待て」
解放軍の後方集団は補給路に向かったが、そこには既に七百の防衛部隊が展開して待っていた。
危険を感じた、反乱軍の後方集団はすぐに引いた。
正面部隊もそれを見て、引き始めた。
「追うな」とロートは命じた。
撤退は速かった。練習された撤退だった。崩れ逃げるのではなく、隊形を保ったまま後退している。
「上手い引き方だ」とアランが言った。
「次に備えて、損害を最小限にしている」ロートは撤退していく隊形を見た。「無駄がない」
戦闘は半日で終わった。双方に損害が出たが、どちらも壊滅的ではなかった。ロートの陣営で重傷者が十二名、死者が三名。小さくはない損害だったが、相手の戦力を大きく削いだわけでもなかった。
判定でいえば、第五騎士団が僅かに上回る結果だった。補給路を守り切り、相手の作戦を封じた。しかし相手も大きな損害を出さずに引いた。
アランが戻ってきた。
「勝った、とは言えないが、負けもしなかった」
「勝ちだ」とロートは言った。「今日の目的は、相手の戦法を崩すことだった。それはできた」
「相手は崩れていない。きれいに引いた」
「崩れないまま引かせた。それが今日の成果だ。崩れていれば深追いもできたが、崩れない相手を追えば罠にはまる」
アランは少し黙った。
「隊長、一つ言って良いか」
「なんだ」
「今日の戦いを見て、改めて思った。あの指揮の仕方は、隊長に似ている。補給を狙う、囮を使う、撤退のタイミングが正確。どこかで同じものを学んだか、あるいは」
「同じ血が流れているか」ロートは言った。「どちらかは分からない。しかし、発想の根が似ているとは、私も感じた」
「次はどうする」
「使者を送る」
アランは顔を上げた。「鎮圧に来て、使者を送るのか」
「命令書には鎮圧とだけある。鎮圧の『方法』は指定されていない」
「……強引な解釈だ」
「解釈の余地は使う」
ロートは地図を折り畳んだ。
「今日の戦いで、一つ分かったことがある」
「何がわかった?」
「相手は、私たちが正面から押しつぶしにくることを想定していた。しかしこちらがそうしなかったから、後方の集団の動きが中途半端になった。相手は第三・第四の戦い方を基準に組み立てていた。私たちの戦い方は、その想定の外にあった」
「つまり?」
「次に話し合いを求めれば、相手も意外だと思うだろう。意外なことをする側が、交渉では主導権を持てる」
アランはロートを見た。それから少し笑った。
「騎士団長が使者を送るのを、交渉術として説明するか」
「間違っていないだろう」
「間違っていない。しかし、そう聞かされると、隊長は最初から使者を送るつもりだったように聞こえるぞ」
「最初から、そのつもりだったからな」
「……最初からか」
「そうでなければ、わざわざ現地まで来る意味がない」
アランは少し間を置いた。
「帝国は、このことを知ったらどう思うだろうな」
「当然、良くは思わないだろう」ロートは言った。「しかし、知られた時に考える。今は、できることをする」
「本当にお前は、食えない女だな」アランは小さく笑った。
夕暮れが丘陵地帯を赤く染めた。
戦場の名残が、静かに消えていった。
ロートは明日の使者の文面を、頭の中で組み始めた。
彼女は彼らの本質が知りたかった。
弱冠十八歳であれだけのことを成し遂げる、謎多き少年。
ロンバルティアという人物に、単純に興味があった。
本当に、帝国からの自由だけを求めて戦っているのか。そこに何か裏はないのか。
興味は、尽きなかった。




