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第三幕 荒野の剣②




第二章 B中隊という檻




 着任二日目の朝、ロートは全員点呼を命じた。


 整列の指示が出てから全員が揃うまで、四十分かかった。本来ならば十分で終わる作業だ。遅刻者が三十名を超え、中には鎧も着ていない者、明らかに酒の匂いを漂わせている者もいた。


 ロートは揃うまで黙って待った。


 全員が揃ったところで、ロートは前に出た。


「規律の話をする。明日から点呼は日の出と同時に行う。全員が所定の装備を整えた状態で整列すること。遅刻は理由を問わず罰則とする」


 広場のどこかで舌打ちが聞こえた。


「罰則の内容は、翌朝の追加素走り五里とする。五里を規定の時間内に走れない者は、さらに翌日も走らせる。走れるようになるまで続ける。食事の際に酒を飲む自由は保証するが、翌朝の点呼に影響が出る場合は同じ罰則を適用する」


「何様のつもりだ」


 声が飛んできた。後方の、大柄な男の集団の中から。


 ロートは声のした方向を見た。声の主を特定し、一歩前に出てきた男と目を合わせた。三十代前後、背丈はロートより頭一つ分以上高い。腕が太く、頬に古い傷がある。


「貴様の名を聞かせろ」ロートは表情を変えず、冷静に尋ねた。


「俺はラサール・ドレッセル。第三小隊の百人長だ。あんたが何を命令しようと、俺たちには関係ない。俺たちは帝国の正規騎士じゃない。傭兵だ。金をもらって働く。命令で縛られるのは御免だ」


「筋は通っている」とロートは言った。「ではラサール・ドレッセルに聞く。今のB中隊の規律で、南方民族の大規模侵攻が来た場合、迎撃できると思うか」


「……」


「三年前の南方民族侵攻の記録は読んだ。その時の死者数も。今の規律でそれを下回る損害で防げるか」


「それは……」


「私は、隊員の命の話をしている。諸君らの命を守るための、規律の話だ」


 ラサールは答えられなかった。


 別の声が飛んだ。「机上の理屈ばかり並べやがって。実際に戦ったことがあるのか、お嬢ちゃんよお」


 笑いが起きた。


 ロートは笑い声が収まるのを待ってから言った。「そうだな。私は士官学校を出たばかりで、実戦の経験はない。それは認める」


 一瞬、静寂。それから「じゃあ偉そうなことを言うな」という声。


「しかし、だ。経験がないことと、判断が誤りであることは別の話だ。経験豊富な者が常に正しい判断を下すなら、前任の隊長はそこらの傭兵より遥かに経験が多かったはずだが、結果は横領と部下の虐待だった。経験は免罪符にならない」


 今度の沈黙は、先ほどより長かった。


 前任隊長への言及は計算していた。あの横領と虐待の被害者は、ラサールのような古参兵を含む中隊の全員だった。その怒りはまだ燻っているはずだ。


「明日から点呼の時間は変わらない」ロートは締めくくった。「何か意見がある者は、本部棟に来い。話し合いには応じる。ただし、命令が変わるかどうかは話の内容次第だ」


 解散を告げた。


 広場が崩れていく中、ロートはアラン・モールを探した。

 彼は、すぐに見つかった。文書で読んだ特徴と一致する男が、広場の端に腕を組んで立っている。

 その存在感は、一目でわかった。周りの傭兵とは明らかに纏っている雰囲気が違う。歳は二十代後半。長身、太い首、暑い胸板、広い肩幅。髪は短い。目が細く、よく動く。全体から醸し出される存在感は、この広場の誰よりも重かった。


 ロートと目が合った。猛禽類を思わせる目だった。


 アランは何も言わなかった。ただ見た。値踏みでもなく、敵意でもなく、試しているような目で。


 ロートも何も言わなかった。向こうが動くまで待つと決めていた。


 アランはやがて目を逸らし、広場を歩き去った。




 着任三日目から、小さな抵抗が始まった。


 点呼の時間に整列しない者が出た。ロートは名前を記録し、翌朝に罰則の素走りを命じた。素走りを拒否する者には、再び命じた。それでも拒否する者には、「拒否する権利はある。ただし今日から当番の仕事を二倍にする」と告げた。


「なんで当番が増えるんだ」当然、文句が出た。しかしロートは冷静に返した。


「隊として機能するために必要な仕事の量は変わらない。一人が怠れば、他の者が補う。それは不公平だろう。だから怠った者が後で補う」


 論理は単純だった。反論は難しかった。


 それでも感情的に反発する者はいた。ロートはその場合も変わらず同じ論理を繰り返し、感情的な言葉には感情で返さなかった。怒鳴られても声の大きさを変えなかった。侮辱されても表情を変えなかった。


 それが、奇妙な効果をもたらした。


 感情的に反発した者が、ロートの無反応に逆に当惑するようになった。怒鳴っても揺れない相手に対しては、怒りが持続しにくい。感情は反応によって燃料を得るものだ。反応がなければ、炎は燃え続けられない。


 着任一週間で、点呼の遅刻者は三十名から十二名に減った。


 アランはその間、何もしなかった。ただ観察していた。




 着任十日目の夜、本部棟の扉が叩かれた。


「入れ」


 入ってきたのは若い男だった。二十歳前後、小柄で瘦せた体格、俯き気味の視線。第七小隊の兵士で、名はジャンといった。着任以来、点呼にも訓練にも真面目に出ている一人だった。


「何の用だ」


「……話が、あって」


「座れ」


 ジャンは椅子に座り、しばらく黙ってから言った。「隊長は、怒らないんですね」


「怒ることと、対処することは別だ」


「前の隊長は……すぐ怒鳴ってました。俺たちのやることなすことに因縁をつけて、気に食わないと手が出て。それでアラン副長が」


「副長が前任を処理した、と」


「はい。……副長は怖い人ですけど、あの時は俺たち全員が副長の味方でした。副長が動かなかったら、あの隊長の下で死んでいた奴が何人も出てたと思う」


 ロートはジャンの話を黙って聞いた。


「副長は、隊長を認めていないですけど」


「分かっている」


「でも俺は……隊長のやり方が、少し分かってきた気がして。それを言いたくて来ました。ただそれだけです」


 ロートはジャンを見た。


「お前は農家の出だな。アルザス地方の村だったか」


「……は、はい。よく、ご存じですね。俺は次男で。農地を継げないから傭兵に」


「隊員の書類には一通り目を通した。故郷に家族がいるようだな」


「両親と、兄と姉が」


「給金を送っているのか」


「はい。地方は税収が高くて、生活は厳しいので…。できる限り送っています」


「それは誰かが命じたのか」


「……いえ。自分が送りたいから送ってます」


「そうか」ロートは言った。「B中隊には、そういう者が多い。故郷に金を送るために戦っている。お前たちが死んだら、お前たちの家族が飢える。それが分かっているから、規律を求めている。生き残るための規律だ。命令のための命令ではない」


 ジャンは少し目を上げた。


「ジャン。それを、副長に言えるか」とロートは聞いた。


「え」


「副長はおそらく、同じことを知っている。だが隊長である私から聞くよりも、お前のような兵士から聞いた方が、耳に入りやすいかもしれない」


 ジャンは戸惑った顔をした。「俺が副長に言うんですか」


「それはお前が決めることだ。強制ではない」


 しばらく沈黙があった。ジャンは立ち上がった。「……考えてみます」と言った。


「それで良い」


 ジャンが出ていった後、ロートは再び文書に目を落とした。


 手を打てるところから打つ。アランとの対決は、もう少し後だ。





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