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第三幕 荒野の剣①




第一章 南へ




 帝都を出た馬車が帝国街道を南に向かって三日走ると、景色が変わり始める。


 北の冷涼な大気が後退し、代わって乾いた熱気が地平から立ち上るようになる。街道沿いの樹木は背丈を失い、岩と低木の混じる荒れ地が広がり出す。点在する村落は北の豊かな農村とは異なり、石積みの粗い家々が風を避けるようにして固まって建っていた。住民の顔つきも違う。日焼けして、削ぎ落とされたような顔。よく働き、よく疲れ、それでも生き続けている顔だ。


 ロートは荷馬車の荷台に揺られながら、その景色を黙って見ていた。


 身に着けているのは、くたびれた革鎧と、砂埃を防ぐための赤いマフラー。士官学校を次席で卒業し、正規騎士団へ配属された者に国から贈られるはずだった白銀の鎧は、ロートの元に届くことはなかった。届くはずがなかった。逆賊の血を持つ者に、帝国の紋章を纏う権利はない。それが帝国の答えだった。


 帝都から送り出されたのは、文官二人と護衛の兵士三人だった。道中、文官の一人が「ご不便をおかけして」と繰り返した。ロートはその言葉が不便への謝罪ではなく、処遇への婉曲な詫びであることを初日から理解していた。次席卒業者が正規騎士団ではなく傭兵団へ送られる。前例がなく、誰もが言葉にしにくい事態だった。


「気にしていない」と、三日目の朝、ロートは言った。


「は?」と文官が面食らった顔を向けた。


「謝罪は不要だと言っている。私の行く先は、私が決めることではない。決められる立場でもない。与えられた場所で働くだけだ。それだけのことだ」


 文官は「……はあ」と曖昧に頷き、それ以降は詫びの言葉を口にしなくなった。


 四日目の昼過ぎ、馬車は目的地に到着した。


 神聖トライアス帝国南部方面軍所属、独立傭兵団B中隊の駐屯地は、帝国南方の中規模都市ガルタの郊外に設けられた野営地を恒久化したものだった。


 城壁の代わりに打ち並べた丸太の防壁、土を踏み固めただけの広場、粗末な木造の兵舎が十数棟。中央に設けられた本部棟だけが石造りだったが、それも正確には石と木材を組み合わせた混造りで、壁のあちこちに補修の跡があった。修繕が追いついていない箇所も、見る者が見れば分かった。


 馬車が防壁の内側に入ると、周囲の視線が一斉に集まってきた。


 百人ほどの男たちが、それぞれの作業の手を止めてこちらを見ていた。剣の手入れをしていた者、薪を割っていた者、骨牌で賭け事に興じていた者。いずれの顔にも、共通した色があった。


 値踏みする目、というのは、ロートにも分かった。


 値踏みされることには慣れていた。士官学校でも同じ目で見られた。しかしあちらは「名門の子弟」という前提が先にあった。こちらは違う。ここの目は、もっと剥き出しで、もっと根源的だった。理屈も礼儀も関係ない。一つのことだけを問うている。


 この人間は使えるか、使えないか。戦場で、隣に立たせられるか。


 文官が「ただいまより、B中隊の新隊長、ロート・グランシール殿のご着任を」と読み上げ始めた瞬間、誰かが小さく笑った。一人が笑うと、連鎖するように数人が笑い、それがまた広がった。


 ロートは馬車から降りた。砂を踏む感触を確かめるように一歩踏み出し、広場をゆっくりと見渡した。


 笑っている者を、順に見た。


 目が合った者は一人残らず、笑いを引っ込めて視線を逸らした。最後まで笑い続けていた一人と五秒ほど目が合ったが、その者も口を閉じた。


 広場が静かになった。


「ロート・グランシールだ」とロートは言った。声を張ったわけではなかった。しかし広場の端まで届く、淀みのない声だった。「今日からここの隊長を務める。よろしく頼む」


 返事はなかった。


 だが、笑う者もいなくなった。




 着任初日の夜、ロートは本部棟の隊長室に当てられた部屋で、B中隊の文書一式を読んだ。


 規模は千人。百人を率いる百人長が十名おり、その下に各小隊が連なる。前任隊長の在任期間は三年で、その間に複数の武勲があった。しかし同時に、横領の記録と、部下への暴行の記録も散見された。その記録を辿った先に、副長のアラン・モールという名前が現れた。横領の証拠を掴んだのがアランで、彼は前任隊長を「半殺しにして」解任させたと、文書には淡々と記されていた。


 半殺しにして、という表現が公文書に残っているのは異例だった。しかしそれを記録した文官も、処罰の必要がないと判断したのだろう。前任の所業がそれほど目に余るものだったか、あるいはアランの行動が中隊全体から支持されていたか。おそらく、その両方だ。


 ロートは文書を閉じた。


 アラン・モール。この中隊の実質的な支配者が、この名前であることは明らかだった。


 どう向き合うか。


 正面から圧力をかければ対立になる。言葉で取り込もうとすれば見抜かれる。無視すれば隊の統制が成り立たない。


 答えは一つだった。正面から向き合う。ただし、こちらから仕掛けない。向こうが動いた時に、応じる。


 ロートは蝋燭を吹き消した。



 荒地の夜は静かだった。遠くで風が唸っていた。







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