7-10 ゴリオンの母と未完成の料理
台湾に行ったとき昔よく行ってた飯処があって久々に食べようかなと思って向かったらもう無くなっててショックでした…(結構な老舗のはずだったのに…調べてみたらコロナ禍が決め手らしいです。)
ゴリオンは酒を一口飲むと、懐かしそうに目を細めた。
「母上には、“翻訳”のスキルがあったからなのじゃ」
「翻訳……?」
新見が思わず聞き返す。
「うむ。四代目は考古学者の父を持つ、平民出身の女性でな。幼い頃に母親に先立たれてからは、料理を中心に家庭を支えておったのじゃ」
ドワーフ王が補足をすると
「へぇ……」
ゼノンたちが興味深そうに耳を傾ける。
「その父親の考古学者というのが、実はワシの先生でもあってな。それで紹介され」
と先王が割って入る。
「父上」
その瞬間、ドワーフ王が静かに口を挟んだ。
「その先は、“ドワーフから見ても長い”ですぞ」
「む、むぅ……」
完全に出鼻を挫かれた先王は、渋々といった様子で椅子に座り直した。
「…とまぁ、要するに母上はその“翻訳”のスキルによって、あの手記を読み解き。
そして、そこに記されていた料理の数々を見事に再現したことで、四代目イタチョーの座を継いだのだ」
「なるほど……」
話を簡潔にまとめたゴリオンに新見は静かに頷いた。
「レシピを読み解くスキルに、それを実際の料理として再現するセンス。それを併せ持っておったからこそ、女性ドワーフとして初めてイタチョーを襲名した時は、それはもう大騒ぎじゃったのぅ」
先王は、かつての出来事を思い出すように、懐かしそうな笑みを浮かべた。
「……ですが、そんな四代目でも再現できなかったレシピがあるのです」
すると六代目は、後ろに控えていた料理人へ軽く合図を送った。
「未完成のレシピをお客人に出すのは忍びないですが」
というとそれぞれの目の前に運ばれてきたのは、一つのお椀だった。
「え?」
中身を見た新見たちが顔を見合わせる。
椀の中には澄んだスープ。
そして、その中には細く白い麺が入っている。
「え? ラーメン?」
ゼノンが、ぽつりと言った。
「さようでございます。これは、四代目が初代イタチョーの手記の内容に記されていた料理を再現したものでございます。」
そう言うと六代目はつづけた。
「五代目も、そして四代目自身も、この料理を完全に再現することが叶いませんでした。特に先代は生涯をかけて再現に挑みましたが、ついに完成させることは叶わず……志半ばで引退することになったのを、とても悔しがっていました。」
六代目はラーメンを見つめながら、どこか悔しそうにしていた。
(き、気まずい…その”ラーメン”を俺が普段から作っていて屋台で売って回ってるなんて言い出しづらい…)
新見達は困惑しながら六代目の話を聞いていた。
「私も時間を見つけては、何度も試行錯誤してまいりました。しかし……どうしても最後の材料だけが分からないのです」
「最後の材料?」
「はい」
「その材料の名は…“カンスイ”」
(ん?)
新見の眉が、ほんのわずかに動いた。
「五代目から聞いた話ですが四代目は晩年この材料について日夜研究していて五代目が”手記が読めるなら見当はついているのでは”と聞いたのです。すると四代目は『文字が読めるからって、その意味が分かるとは限らない。私の父曰く、大事なのは書いた人の意図を読み解くことだと、よく聞かせてくれたものさ』…と」
「母上の口癖みたいなものじゃな。」とゴリオンが懐かしむ。
『この”カンスイ”と言うのはドワーフの歴史や人族の歴史にもない食材、初代王時代の文献にも上がったことのないワード。もしかしたら違う言い回しなのか、これほど研究がいのあることはないよ。』
「私が聞いた話は以上です。ささっ、麺が伸びる前にどうぞ」
六代目イタチョーは話し終えると早速この”ラーメン”を勧めた
中身は、驚くほどシンプルだった。
澄んだスープに、白く細い麺。
その上にトッピングらしい具材は、一切ない。
「随分とシンプルじゃのぅ」
先王が興味深そうに覗き込む。
新見も箸を手に取り、一口食べた途端、脳裏に、ある光景が蘇った。
((これ、台湾で食べた陽春麺だ……!))
同じく箸を止めていたゼノンも、どうやら同じものを思い出しているらしい。
「うわ、すごい! これはこれですごくおいしいですよ!」
薫はそんなことつゆ知らず率直な感想を述べた。
「ありがとうございます」
「最初は具がないのかと思ったのですが…これ、逆に具がないほうがおいしい気がします!」
「お褒めいただき恐縮です」
六代目は嬉しそうに頭を下げる。
「ですが、手記に書いてある本来のラーメンというものは、肉や野菜、茹でた卵などを乗せるものだと聞いております。ですので、具がないほうが良く感じるこのラーメンはまだ完成形ではないのかもしれません」
と薫と六代目が二人がラーメン談義に花を咲かせているその横で
冷や汗をかいているゴリオンが
ゆっくりと新見の肩へ顔を寄せる。
「(どうするんじゃ、タカシ……)」(あまりのパニックでタカシ呼びに戻る)
「(どうするって……)」
新見も小声で返す。
「(言おうにも、言い出せない空気になっておるではないか……)」
「(だーっ! おっさん!)」
「(さすがにあの話を聞いて、うちがそのラーメンを売ってるラーメン屋です、なんて名乗り出せないだろ……!)」
「(そこをなんとかならんのか?)」
「(無理だって!二人の偉い人が生涯をかけて研究して再現できなかった幻の料理なんだぞ!?)」
そんな二人の様子を見たドワーフ王が声をかけてきた。
「…兄者?」
ビクッ!
新見とゴリオンが同時に肩を跳ねさせる。
「……何か知っているのか?」
「な、ななな、何でもござらんよ…!こ、このラーメンもなかなか味わい深くてのぉ! ホ、ホホホ……!」
笑って誤魔化そうとしているが、額には大量の汗で声が裏返っている。
その横で薫は何気ない調子で、ぽつりと口を滑らせた。
「いやー、まさか、いつも口にしているラーメンが、この国の幻のレシピだなんて思いもしなかったですよ」
「…………」
一瞬。
薫とドワーフ王を除く、その場にいた全員の時間が止まった。
「……ほぅ」
その顔には、明らかな興味が浮かんでいる。
「お主は、“本物”のラーメンを知っておるのか?」
「知っているというより…」
薫は何の悪気もなく、新見を指差した。
「そこの新見さんが…」
その瞬間。
目にも止まらぬ速度で新見が薫の口をふさいだ。
「むぐっ! んんーっ!?」
「△□〇※◇!!」
新見の口から、もはや言語とは呼べない謎の音が飛び出す。
突然の出来事ながらも二人が壮絶なやり取りをしている間にも、ドワーフ王は状況を冷静に眺めていた。
「どうやら…この場には、我々が知らぬ“本物のラーメン”を知っている者が、いるようだな?」
ドワーフ王は口元を吊り上げた。
それを聞いた途端笑いながら冷や汗が止まらなくなるゴリオン、隣では、ゼノンが額を押さえていた。
完全に停止する新見と薫。
先ほどの食事風景とは打って変わって気まずい沈黙が流れた。
Q.手記のあった蔵は数百年開いていないのでは?
A.四代目の部屋に蔵の書見台の裏に繋がる秘密通路があってその通路を偶然見つけた襲名前の四代目がちょくちょく蔵を行き来していたのです。
Q.四代目が手記を持ち出したのなら新見達が蔵に入った時には見つかっていないのでは?
A.四代目は手記は持ち出さず、ちょくちょく通っては手記の”写し”を作成してそれを見ながら研究やレシピの再現を行っていました。このことを知っているのは当時の後の五代目含む料理団と先王、ゴリオンとドワーフ王兄弟だけです。
来週はシルバーウィークなので更新お休みいたします。




