閑話4 冗談でできた”乾燥ラーメン”
実は従軍経験がありまして、その時の水の重さと言ったら…という経験からできた閑話です。
ある日の夜。
営業を終えた新見の屋台には、新見とゴリオンそして、薫の三人だけがいた。
「いやぁ~、今日もたんまり儲かったなぁ」
新見は満面の笑みを浮かべながら、稼ぎでパンパンに膨らんだ麻袋を撫でる。
袋の中では硬貨の音が心地良い。
その向かいのカウンター席では、ゴリオンと薫が賄いのラーメンを前に腰掛けていた。
「それにしても、相も変わらずの盛況ぶりじゃのう」
湯気の立つ丼を眺めながら、ゴリオンが感心したように頷く。
「おかげで変な輩からのいちゃもんも絶えんわい」
「まぁまぁ。何かあれば衛兵でも呼べばいいじゃないですか」
薫は気楽そうにそう言った。
「ほう? なら代わるか?」とゴリオンが薫ににやけながら目線をやると
「全力で遠慮させていただきます」
と薫は全力で即答した。
そんな他愛のない談笑が続く中、ふとゴリオンが持参した酒を一口あおり、思い出したように口を開いた。
「そういや薫」
「なんです?」
「お前さんのスキルで何か面白いことをやって見せてくれんか?」
完全なる無茶振りだった。
「おいおい、おっさん。酔うにはまだ早いだろ」
「失敬な。こんなのまだ酔ったうちには入らんわ」
そう言いながらも、ゴリオンの顔はほんのり赤い。
誰がどう見ても酔っ払いの常套句である。
「えぇ…僕のスキルなんて、指定した物質を取り出すだけですよ? コップの中の水を抜くとか、その程度で…!」
そこまで言いかけた薫が、ふいに何かを思いついたように目を見開いた。
「あ!」
そして勢いよく立ち上がると
「新見さん! もう一杯ラーメン作れますか!?」
「ん? 別にいいけど……」
突然の頼みに首を傾げながらも、新見は慣れた手つきでラーメンを作り始める。
ほどなくして出来立ての一杯を提供する。
薫は真剣な表情でラーメンを見つめた。
「いきますよ……」
次の瞬間。
スキルでラーメンの中に含まれていた水分が一瞬で抜き取られた。
「うわっ!?」
薫の目の前に大量の水が出現する。
「ちょ、ちょっと! 入れ物、入れ物!」
と咄嗟に自分の食べ終わった空の丼に入れた。
そして元のラーメンが入っていた器には、
カラカラに乾燥した麺、
干からびたチャーシューに
水分を失った具材。
さらには丼の内側に、白い結晶まで浮かび上がっていた。
「へへっ! これぞ"乾燥ラーメン"!なんつって!」
薫は胸を張る。
しばしの沈黙。
「おいおい……これって……」
新見は乾燥したラーメンを見ながら呟いた。
脳裏に浮かんだのは、前世で見慣れたとある食品。
インスタントラーメンだ。
新見もゴリオンも、薫の冗談に目もくれず
二人してこの”乾燥ラーメン”をじっと見つめていた。
「……」「……」
「え? なんですかその顔」
薫が不安そうに尋ねるが二人は答えない。
新見はカウンター越しに乾燥した麺の塊を持ち上げ、光に透かすように眺める。
ゴリオンはチャーシューを箸で摘まみ上げ、鼻先へ持っていった。
「ほぅ……匂いは残っとるの」
「麺も思ったより崩れてないな……」
二人は真剣そのものだ。
その様子に、冗談半分でやった薫の方がだんだん不安になってくる。
やがて新見が顔を上げる。
「おっさん」
「うむ」
「ちょっとお湯入れてみてもいいか?」
ゴリオンは無言で頷いた。
新見は先ほど薫が抽出した水の量とほぼ同量の熱湯を用意する。
そして乾燥ラーメンの入った丼へ静かに注いだ。
さらにどこからか拾ってきた板切れを丼の上に乗せること数分。
新見が板切れを持ち上げるとそこには、抽出前とほとんど変わらない姿のラーメンがあった。
麺はふっくらと戻り、具材も十分に水分を取り戻している。
見た目だけなら、今しがた作られた一杯と区別がつかない。
「味見してみるか」
三人はそれぞれ少量ずつ口に運ぶ。
そして三人同時に顔を見合わせた。
「……ほぼそのままだな」
「うむ」
「えっ、本当に?」
薫ももう一口すすり、目を丸くする。
確かに違いが分からない。
完全ではないにせよ、九割九分は再現できている。
驚きですっかり酔いがさめたゴリオンは腕を組み、深いため息を吐いた。
「おぬし、とんでもないものをつくりおったのぅ。」
「え?」
当の本人は困惑するばかりである。
新見は真面目な顔になった。
「薫。考えてみろ。戦争に重要なものって何だと思う?」
「え? 兵士と武器と……食料?」
「その中でも食料ってのは一番の荷物になる。しかも、その重量の大半は水分なんだ」
「…!」
少し考えた薫の目が見開かれる。
何かに気づいたらしい。
ゴリオンも静かに頷いた。
「気付いたようじゃな。食料の軽量化は、この時代の戦にとって永遠の課題じゃ。それがこれほど簡単に解決できるとなれば…戦争の概念そのものが変わる。」
薫の顔から血の気が引いた。
自分がやったことの意味を理解してしまったのだ。
新見が苦笑混じりに言う。
「下手したら、どっかの軍事国家に攫われて一生食料の水抜きやらされてもおかしくないぞ」
「あり得るのう」
ゴリオンがにこやかに同意した。
「即答しないでくださいよ!?」
薫は半泣きだった。
「もしこれを売るにしても、相当な準備が必要だな」
「うむ」
「販売網、護衛、人脈、政治的な後ろ盾。最低でもそれくらいは必要になる。そんなの今の俺たちじゃ逆立ちしたって手に入らない。」
その言葉にうんうんとうなずくゴリオン
「だから当面は俺たちの間の秘密にしよう。」
「少なくとも今のワシたちじゃ、国家相手にお前の身を守り切れないからな」
その言葉に薫は猛烈な勢いで首を縦に振った。
ぶんぶんぶんぶん。
もはや残像が見えるほどだった。
「わ、分かりました! 絶対に言いません! 誰にも言いません!」
「よろしい」
「賢明じゃ」
後にこの乾燥ラーメンはとある新興国家の強い武器となり、
さらには薫のスキル抜きでの再現に成功。さらには量産体制が完成し、価格が一気に下落。
この乾燥ラーメンの技術は民間や冒険者の中でも当たり前のように流通するのはそう遠くない未来の話になるのだった。
例の国のクソまずいレーション食べたことがあるのですが保存性を高めるためすごいケミカル臭がするんですよね。
体外に排出したときにもそのにおいが残ってたのが印象に残っていました(;^ω^)




