4-2 ”存在していた”記憶
遅れて申し訳ありません!予約するのを忘れてました!
まず、新見は大鍋にコカトリスの骨と水を放り込み、迷いなく強火にかけた。
ごうごうと音を立て、湯が一気に沸き上がる。
「おいおい、鍋が沸いておるぞ」
様子を見ていたゴリオンが眉をひそめる。
だが新見は振り返りもせず、手を止めない。
「ああ、そのままでいいんだよ、おっさん。むしろこのくらいじゃないとダメだ」
そう言いながら、大きめの木べらで鍋底をかき回し、さらに骨を叩く。
ガン、ガン、と時たまにボキッ、バキッと鈍い音が響いた。
「この音は…骨を砕いておるのか?」
「そうだよ。割らないと中身が出てこないからな」
時間が経つにつれ、鍋の中は変化していく。
最初は透き通っていた湯が、やがて少しずつ白く濁り始めた。
水かさも減り、ある程度減ったら水を加えることを繰り返す。
「おいおい…どんどん濁ってきておるが、本当に大丈夫なのか…?」
何度目かの様子見に来たゴリオンの声には、さすがに不安が滲んでいた。
スープと言えば澄んだスープかトマトや牛乳などを入れた不透明なスープしか知らないゴリオンは煮れば煮るほど濁るスープという初めてみる作り方でできるスープに若干の不安を募らせていた。
「この濁りが、大事なんだよ」
新見は短く、しかし確信を込めて言い切った。
叩き、混ぜ、煮立たせること数時間。
骨は完全に崩れ、原型を留めなくなっていた。
鍋の中には、白く濁りきったスープだけが残る。
「…ほう」
ゴリオンが思わず唸る。
新見は火を止めると、用意していた粗目の麻布でそれを濾し始めた。
砕けた骨片を丁寧に取り除いていくとそこには
濃く、白く、そしてどこか重みを感じさせる色をしていた。
「これで第一段階完成っと」
新見はそういうとそこには白く濁った、濃厚な“白湯スープ”があった。
「…最初のラーメンのスープと同じ素材とは思えんのう」
ゴリオンが感嘆混じりに呟く。
「だろ?」
新見は軽く笑った。
ふと外を見ると窓の外は、すっかり夜に包まれていた。
肩を回しながら、新見は小さく息を吐く。
「まだまだやることはあるんだけど続きは明日でも大丈夫だな」
そう言い残し、片付けもそこそこに工房を後にし、
宿へ戻り自分の部屋の布団に倒れ込むなり、まるで泥のように新見は眠りについたのだった。
翌日、昨晩作ったスープの周りにゴリオン含めドワーフたちが群がっていた。
「……なんだあれ」
奇怪な光景に眉をひそめたその時。
「おぉ、新見! 大変じゃ!」
ゴリオンがこちらに気づき、慌てた様子でダッシュで駆け寄ってくる。
「昨日お前さんが苦労して作ったスープが…!」
「なんだよ、どうした!?」
ただならぬ様子に、新見も思わず声を荒げた。
ゴリオンに導かれ群がるドワーフたちをかき分け、鍋の前へと出る。
そしてふたを開けて中を覗き込むと…
「…ん?」
そこにあったのは。
白く濁ったゼリー状の物体。
ぷるり、とわずかに揺れるそれは、もはや“液体”とは呼びがたい姿をしていた。
「なんだ、ただのスープじゃないか」
新見はあっさりと言い放つ。
「いやいやいや! どう見ても異常事態じゃろうて!」
ゴリオンが即座に食ってかかる。
「昨日ワシらが見たのは、あの白い液体じゃぞ!? それが一晩でこんな…煮凝りみたいな物体になっておるんじゃぞ!?」
「だから落ち着けって、おっさん」
(てか、こっちの世界にも煮凝りあるんだ…)
新見は苦笑しながら手を振る。
「これは正常な反応。コラーゲン…って言っても分かんねぇか。
まぁ、材料の成分のせいで、冷めるとこうなるんだよ」
そう言いながら、鍋を火にかける。
「じゃが…この状態で、どうやって使うつもりじゃ……」
まだ半信半疑のゴリオン。
新見は肩をすくめて答えた。
「あっためれば元に戻るぞ。」
その言葉通りしばらく火にかけていると、ぷるぷると固まっていたそれが、じわじわと形を崩し始める。
やがてとろりとした液体へそして昨日の白濁したスープと戻っていった。
「おお…」
誰かが小さく声を漏らす。
「なんじゃ、そういうことか…」
ゴリオンも、ようやく納得したように頷いた。
緊張が解けたのか、周囲のドワーフたちもほっとした様子で散り始める。
「なんじゃ、びっくりさせおって…」
「元に戻って何よりじゃ。」
新見は笑いながら鍋をかき混ぜる。
「コラーゲンのせい、と言うとったが……革をなめすときに出てくる、あの白いのと同じかの?」
ゴリオンが顎に手を当てながら尋ねる。
「あぁ、まぁ基本的には同じようなもんだな」
新見は頷きつつ、すぐに釘を刺す。
「でもな、皮なめしてでたやつは絶対使うなよ。薬品だのなんだので加工されてるから、食用に向いてねえからな。入れてもクソまずくなるか、最悪ダメになるだけだ」
「さ、さすがに言われんでもわかっとるわい」
ゴリオンは少し食い気味に言うと、各々の作業へと戻っていった。
そして。
新見は昨日の続きに取りかかる。
用意するのはコカトリスの足。
一本一本を丁寧に洗い上げ、特に汚れの溜まりやすい爪の間は念入りにブラシをかける。
ついでに爪も切り落としていく。
「よし…こんなもんか」
綺麗になったそれらを、躊躇なく鍋へと投入し、再び火にかける。
ぐつぐつと煮立つ音。
時間が経つにつれ、スープはさらに白く、濃くなっていく。
コカトリスの足がほろほろと崩れると同時にコラーゲンが溶け出し、粘度を帯びた白濁。
ふわり、と。
工房の外にまで漂う、濃厚でまろやかな香り。
鶏白湯特有の、食欲を直接揺さぶる匂いだった。
「あ”~これだよ、めっちゃ腹減るわぁ…」と一番近くで堪能する新見。
ちょうど匂いが外に漂うところに工房の外には通りがかりの、一人のエルフ。
整った顔立ちに長い耳、綺麗な銀の長髪をポニーテールでまとめている。
だがその瞳には光がなく、感情の揺らぎも乏しい。
生きてはいる。
だが、楽しんではいない。
そんな彼女が、ふと立ち止まる。
「この香りは…」
鼻腔をくすぐる匂いに、わずかに眉が動いた。
「ラーメン…?」
次の瞬間。
「っ!!」
急に頭を押さえ屈むエルフ。
突如エルフの脳内に溢れ出した”存在していた”記憶。
断片的だったはずの記憶が、濁流のように押し寄せる。
転生前の本名:藤枝 玲音。
元は地球で働く、ごく普通のOL。
トラックに轢かれそうになった猫を助け、命を落としたが異世界の神のお気に入りの猫を助けたお礼として、転生の機会を得た。
『せっかくなら、美形種族で』
『え~今の顔のままでも十分イケるのに…』と茶化す神だが
『せっかくなんだからもっとちゃんとした顔にしたいんです!』
あまりの圧に流石に気圧される神
『悪いことは言わないからハイエルフだけは…』
『一番見目麗しい種族でしょ!目の保養にもなるからこれで…!』
そんな、軽いノリで選んだハイエルフ。
それが、すべて悪夢の始まりだった…
転生直後は、記憶もあったのだが、口にできるのは「調理されていない木の実や果実」ばかり。
火を使う文化は忌避され、味付けという概念は塩以外存在せず、自然信仰を絶対とする鎖国的な里。
改善しようとすれば異端。
声を上げれば排斥。
やがて百年近く経過した
味のない食事が、ただひたすらに心を削った。
耐えきれず、彼女は無意識に自ら転生前の記憶を封じた。
成人するのと同時に異端者として追放され、
“普通のエルフ”を演じながら冒険者として生きる日々。
大して旨くもない飯を食らい、生きながらえる。
そして今。
このラーメンの匂いが、その封印を叩き壊した。
「しかも、私の大好きな鶏白湯ラーメン…」
そう口走った瞬間…
~~ぐうぅぉぉぉぉ~!!~~
腹の底から、これまで出したことのないほどの音が鳴り響いた。
百と数十年分の飢えが、叫んだ。
気が付けば彼女は工房の前でプライドも威厳もエルフとしての矜持すべてをかなぐり捨て。
地面に膝をつき、生前の社畜時代の営業で培った完成度の高すぎる土下座を繰り出していた。
「お願いします!!」
地面に額を叩きつける勢いでの、完璧な土下座。
「私にも、その“ラーメン”をください!!お代は、必ず払いますから!!」
かつて社畜として培った、営業スキルの極致(?)。
誇りも何もかなぐり捨てた、全力の懇願だった。
とある呪術漫画のフレーズをパk…応用してみました。
記憶がよみがえるというところから前々からやってみたかったんですよね~




