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第二十四話 みんな よくな~れ

 第二十四話    みんな よくな~れ



 翌年の五初旬、桜の花が葉に変わった頃。


 「えっ? こんな昼間に共ですか?」 梅乃と小夜が驚いている。


 「そう。 勉強をしましょう」 玉芳は、そう言って出かける準備を始める。




 そして向かった先は、仲の町にある瓦版かわらばんである。


 「ごらんなさい。 ここに沢山の記事があるでしょ! ここから文字や出来事を頭に入れなさい」 

 梅乃と小夜は、瓦版を覗き込んだ。



 「これは何て書いてあるんですか?」 小夜が玉芳に聞くと、


 「これは、法度。 禁じられてる事を言うのよ」 玉芳が丁寧ていねいに教えていく。



 そこに大江がやってくる。

 「なんだか懐かしいな……」 「大江様……」 梅乃と小夜が頭を下げる。


 「しっかり母親をしているみたいだね」 大江が微笑むと、

 「これでも大人になりんしたから……」 玉芳も微笑む。



 「この瓦版を見ると、思い出すな~」 

 「??」 梅乃と小夜が首を傾げる。


 「昔な、君たちの母が同じくらいの時に瓦版を見ながら勉強していたんだよ」

 大江が懐かし事を話すと、梅乃と小夜は玉芳を見る。


 「ちょっと……」 玉芳の顔が赤くなる。


 「梅乃ちゃん、小夜ちゃん……しっかり勉強するんだよ」 大江は頭を撫でて帰っていく。



 それから梅乃たちが瓦版を見ながら文字の勉強をしていると、そこに鳳仙が現れる。


 「おや? 玉芳花魁、今日は昼間からどうしました?」



 「あぁ、鳳仙か……この娘たちの勉強さ。 妓楼の中での勉強は限られるからね」


 玉芳が二人を外に連れ出したのは、妓女としてだけでなく一般いっぱん教養きょうようも大事だと思っていた。



 「なんで、妓女だけの教養だけじゃダメなんだい?」

 鳳仙は不思議に思って、玉芳に聞くと



 「そりゃ……もし、誰かに身請けされても一般の教養が無いのに吉原を出たら不便だしね。 できる限りの事はしてやりたいのさ」



 玉芳の言葉に鳳仙も小さく頷く。


 「それなら、私もやるわ。 それだったら、禿たちの学校でも作ってあげたいね」

 少し飛躍しすぎた鳳仙だった。



 それから三原屋、鳳仙楼の交互で禿の勉強会を始める。 どっちも花魁の部屋で勉強をしていると、


 「はい、頑張っているね。 おやつだよ」 鳳仙や玉芳がお菓子の差し入れをする。 すっかり二人の花魁は母のようになっていた。



 そして勉強が始まって数週間が過ぎた頃、


 「しかしさ~ 面倒見が良いよな……ただ、本当に禿の将来を思ってだけ?」

 鳳仙が唐突とうとつに聞いてきた。



 「そうよ……ただ、私には時間が無いから……」 玉芳の言葉に、鳳仙は合点がてんがいった。



 (確かに、玉芳は三十近くなる。 ここで次の花魁の問題やらが出てくる……)

 鳳仙も二十七。 もう、考えなくてはいけない頃になってきていた。



 「邪魔するよ」 采が玉芳の部屋に入ってきた。

 「随分と、あの娘たちに熱心じゃないか」



 「えぇ……しっかり育ってほしくてね」 玉芳が言うと、



 「もうそろそろ、お前自身も考えなくちゃ……なんだけど」 采が話しを切り出す。


 (いよいよ来たか……) 玉芳は、解っていた。



 「お前の借金なんか、とうに無くなっている。 今後はどうする? 身請けの話しも沢山、来ているんだ……」


 采は、玉芳の今後を案じていた。 

 「お前の人生だ、お前が決めな。 ただ、年齢も年齢だ」


 そう言って、采は部屋から出て行った。




 「どうするかねぇ」 玉芳は、キセルを咥えて空を見上げた。


 花魁であろうとも歳を取る。 歳を取った妓女は相手にされなくなるものである。



 そんな花魁と呼ばれた者の先は数少ない。

 身請けか、遣り手になるか。 それとも小見世の遊女として働き続けるかだ。



 玉芳には幸い三原屋への借金が無い。 簡単に言えば、いつでも吉原から外に出られる身分である。


 ただ、外の世界を知らない玉芳には勇気のいる事でもあった。



 そんな自分を見て、“外で通用しない人間にしてはいけない ” と、言う思いから禿に勉強をさせていたのだ。


 (時間がない……)



 玉芳は、いくつかの選択肢があった。


 ひとつは身請けである。 吉原から外に出て行くには勇気がいるが、これも悪くはなかった。


 もうひとつは、遣り手である。 しかし、采を押しのけて居座る訳にもいかない。


 そして考えたのは、独立をして小見世を経営することだ。

 年齢から小見世に下賜されるなら、自分で立ち上げるのも悪くないと思った。



 (それなら吉原で、梅乃や小夜を近くで見守れる……)

 玉芳の判断を鈍らせていたのは親心だった。



 玉芳は仲の町を歩いている。 普段、花魁が外に出ることはない理由は大勢の男達に囲まれてしまうからだ。


 しかし、三原屋の中では今後の事が頭を巡ってしまうために散歩に出ていると


 「梅乃と小夜……」 遠目で玉芳が見つけると


  “ニギニギ……”

 「みんな よくな~れっ!」 手を繋いだ二人がジャンプしていた。



 しばらく見ていた玉芳が、

 「お~い 梅乃~ 小夜~」 手を振って呼んでいる。



 「おいら~ん」 梅乃と小夜は、走って玉芳の所までやってくる。

 「ちゃんと勉強、してきたかい?」 


 「うん♪ お菓子も貰った~」 小夜が笑顔で応える。



 「そうかい そうかい♪ よかったね」 玉芳は三人で手を繋ぎ妓楼へ戻っていく。



 そして夜、この日の指名は大江だった。


 この日の大江はソワソワしている。


 「どうしたの? 何か落ち着かないようだけど……」 玉芳が酌をすると、大江は飲み干してしまう。



 少し酔ったのか、大江の手が止まる。

 「大丈夫ですか?」 梅乃も心配そうに見ていると、



 「玉芳……ワシの所へ来んか? 身請けさせてもらいたいのじゃ」

 大江が覚悟を持って言い出す。



 「なんで、こんな時間に……」 玉芳が驚くように言うと、


 「す、すまん……ずっと言いたかったもので、つい……」 大江は苦笑いをしながら弁解していた。



 それを聞いていた梅乃と小夜は、着物を「ギュッ」と掴む。


 本来なら、『私のお母さんを取らないで!』 と、言いたいが、ここは妓楼である。 これが商売であると理解をしていたからだ。



 「いい話しでありんすが……ここは、まだおおさめくだしんす……」 これが、今の玉芳の返事である。



 「そっか……すまなかった」 大江は、場の静けさに気が付く。



 それから梅乃は勉強どころではなかった。

 『花魁が身請けされたら……』 そんな気持ちで いっぱいになっていた。



 そして、後朝の別れの時間。

 玉芳は、見送りに大門まで同行していた。



 そして、玉芳の後ろには梅乃が立っていた。



 「お嬢ちゃん、またな」 大江が優しく手を振ると、


 「えっ?」 梅乃が立っていることを知らなかった玉芳は、驚いて声を出す。




 「ありがとうございました」 梅乃は、大江に深々と頭を下げていた。


 (この娘ったら……) 玉芳は、すっかり親の顔をしていると


 「すっかり母親だね~」 大江はニコニコして車に乗って行った。



 「お前、起きてたの?」 玉芳が目を丸くしている。


 「はい。 眠れなくて……」 


 「そっか……」 玉芳は、そう言って部屋に戻って行った。




 この日から玉芳は考えるようになった。 

 (現実から目を背けてはダメだ……)




 それから数日後、采が玉芳の部屋に来ると

 「決まったか?」


 「そんなに妓女を整理したいですか?」 


 「そんなつもりで言った訳じゃないよ……お前は自由な身さ。 お前の自由にしていいけど……ただ、花魁としては置いておけないのさ」



 これは玉芳も、采にも辛い言葉であった。

 長年、花魁として活躍した玉芳には厳しい現実を解らせる為の言葉である。



 「わかりました。 では、身の振り方を決めさせていただきます」

 玉芳が涙声で采に言うと、



 「本当にありがとう……」 采は玉芳の肩を抱き寄せた。


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