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第二十五話 宝玉のうた

 第二十五話    宝玉のうた



 玉芳は二日ほど悩んだ。 仲の町を歩き、九朗助稲荷で手を合わせると

 「ふぅ……」


 玉芳が花魁となり、十年の歳月が過ぎていく。

 そこには泣いた禿の頃から、笑い合った花魁までの事を思い出している。



 「お~い、玉芳~」 振り向くと、鳳仙と喜久乃がやってくる。

 「どうした? 浮かない顔をして……」


 「いや、別に……」 それでも玉芳の顔は伏せたままだった。



 「話、聞かせてよ……」 鳳仙が真面目な顔で言うと、

 それから三人で茶屋に向かった。



 「私さ……もう三原屋では不要なのかな……?」 玉芳の言葉に、二人の花魁はドキッとする。


 「まさか……?」 喜久乃が聞くと、

 「そのまさかよ……年季の明けたヤツは要らないみたいだ」 玉芳が姿勢を後ろに崩した。



 「まだ早いだろ……確かに年季が明けるのが早いだけで、女としてはまだまだ……」


 「でも、ポストは開けてあげないとね……」 鳳仙の言葉に被せるように、玉芳が締めてしまった。



 その後、三人で思い出話のように振り返っている。 これも楽しい時間だった。



 「また、会いたいね。 今度は吉原の外でさ、お茶を飲みたいわ~」 

 鳳仙がニコニコしながら言うと、


 「みんなで子供を連れてさ、遊びにも行きたいよな……」

 喜久乃までもがワクワクしている。


 いくら吉原の花魁と言っても、二十代の女の子である。 こんな夢を語れる歳なのだ。



 玉芳たちは茶屋を出て、妓楼に戻っていく。

 「そっか……みんな夢があるんだな~」 玉芳がクスッと笑う。



 そして仲の町を歩くと、瓦版が目に入る。

 (ここで初めて外の人に声を掛けたんだったな…… あれから二十年だって……)



 翌日、昼過ぎに玉芳の部屋に勝来が入ってくる。


 「花魁、失礼しんす……」 勝来が玉芳の部屋に入るときは、正座で凜とした姿勢である。


 「お前は崩さないな……」 玉芳が鼻で息を落とす。

 「すみません……なかなか癖が直らず……」 勝来が頭を下げる。 そして、顔を上げると


 「ぷっ―」 勝来が笑い出した。


 玉芳は、勝来が頭を上げた瞬間に変顔をしていたのだ。

 「何をなさっているんですかっ!」


 「お前、笑った顔の方が可愛いぞ!」 玉芳が微笑むと、勝来が涙を流し始める。


 「すみません……気が緩んじゃって……」

 「いいんだよ。 私は、お前の母親としていたつもりだ。 娘の笑った顔は可愛いからな……」 玉芳が勝来を抱きしめる。


 「今夜は白い着物がいいかな……」 玉芳がボソっと呟くと、

 「すぐ用意しますね。 母様……」 勝来が用意を始める。



 そして花魁道中。

 「通ります。 三原屋の玉芳花魁が通ります」 梅乃の声が響いた。



 「大江様……」 玉芳が引手茶屋で声を掛けると


 「玉芳……」 大江が驚いている。

 いつもなら、黒い着物がメインである玉芳だが、今回は白の着物で現れたのだ。



 そして三原屋に到着すると、


 「大江様、私は用意がございますので……」 玉芳が言うと、部屋を出ていった。


 この日の宴席には勝来と小夜が入った。

 勝来が酌をして時間を稼ぐ。



 大江が待つこと二十分、玉芳が部屋に戻ってきた。



 「??」 大江が首を傾げる。


 玉芳は着物を脱いで、浴衣で部屋に入ってきたのだ。

 「どうしたんだい? そんな恰好で」 大江は驚いたままだった。



 そして、玉芳は正座をして大江の目を見る。


 「身請け、お受けさせていただきます。 妻になるのですから、こんな格好も良いでしょ♡」 玉芳が正座のまま礼をすると


 「本当かっ!?」 大江は大層に喜んだ。



 (演出の全てが芸術だ…… それだけじゃない。これから新しい人生が始まるのですね……)



 玉芳が白い着物で引手茶屋に行ったのは、『身請けの覚悟』であり、嫁に行く合図でもあったのだ。



 「今からで間に合うかしら……小夜、お婆を呼んできて」 玉芳が言うと、小夜は足早に一階に向かう。



 そして小夜が、采に耳打ちをすると

 「―本当かいっ?」 采が慌てて二階に向かう。



  “ビシャン―”


 「おいっ! 玉芳」 采は襖の外からの声掛けもせずに、豪快に襖を開けてしまった。



 「お婆……失礼ですよ」 玉芳がクスクスと笑うと、大江も笑いだす。



 「失礼いたしました……」 采は膝をついて無礼をびると



 「お婆……厄介やっかい払いできましたね」 玉芳がウインクをして采を見る。


 「そんな訳ないだろう……グスッ」 采は泣き出してしまう。



 「それより、大江様……玉芳をお願いいたします」 采は再び、大江に頭を下げた。



 数日後、玉芳の身請けのが盛大に行われた。


 五月の下旬、一人の妓女が吉原から出ていく。

 長年、三原屋のトップに君臨していた玉芳が身請けされるのだ。



 「本当に、この時が来るなんてね……」 采が涙ぐむ。


 「今まで、本当にありがとう……母様ははさま」 そう言って、玉芳が抱き着いた。


 三原屋は、とてもファミリー感覚な妓楼である。



 「父様ととさまも、本当にお世話になりました」 ここでも玉芳が文衛門に抱き着くと


 一階の大部屋では、祝賀ムードになっていく。

 妓楼の見世先には大量の花が届き、まくまで出していた。



 「おや、梅乃は?」 玉芳がキョロキョロして梅乃を探している。



 「こんな所に居たのかい……」 玉芳が台所に座っていた梅乃を見つけると、


 「すみません……なんか、急に寂しくなって……」 梅乃は、涙をポロポロと流している。


 「また、会いに来るから……」 玉芳はニコッとして、梅乃の頭を撫でた。



 「もうじき、大江様が到着されます」 若い衆の声が聞こえ、一斉に支度に取り掛かるのである。




 「梅乃、小夜、しっかり勉強をするのですよ」 玉芳は、母親のような口調だった。


 妓女としてだけではなく、母親のような存在であった玉芳の引退に、幼い二人にとっては厳しい現実である。



 そして、大江より先に花魁同士で しのぎをけずってきた仲間が祝福に訪れてくる。


 「玉芳花魁……おめでとう」 長岡屋の喜久乃と、鳳仙楼の鳳仙である。



 「なんだ~ 来てくれたの?」 玉芳は、この上ない笑顔だ。



 「当たり前じゃないか! 大見世の花魁同士だよ」 

 玉芳を始め、喜久乃や鳳仙と言った大見世の花魁が集結した三原屋は賑やかである。



 一般の妓女からすれば天上人である。 生きた菩薩の三人の空気に圧倒されるばかりであった。



 「紹介するわね。 喜久乃花魁と鳳仙花魁よ!」 玉芳が二人を三原屋の妓女に紹介していたが


 「あれ? あのは?」 喜久乃がキョロキョロしながら言い出す。

 「あの娘?」 玉芳が首を傾げると


 「ほら、禿の元気な娘よ。 梅乃だよ」 鳳仙が説明した。



 「あぁ、台所で泣いてるわよ」 玉芳が苦笑いで答えると、


 「仕方ないか……本当に母親みたいだもんね」 鳳仙は勉強会などで、玉芳が率先していたことを知っているだけに梅乃の気持ちも解っていた。




 「こんにちは……鳳仙花魁、喜久乃花魁」 梅乃は泣き止み、大部屋に出てきた。



 「お~梅乃、泣きべそだね~」 鳳仙は満面の笑みで、梅乃の頬を撫でた。


 「これからも、ちゃんと玉芳の言われた事を守るんだよ」 喜久乃も梅乃の心配をしていたようである。


 「ありがとうございます」 梅乃が頭を下げる。



 「大江様、大門の前に到着されました」 若い衆が大声で叫ぶと、


 「さて、時間がきたね……」 玉芳がゆっくりと腰をあげる。



 「玉芳……」 采は、ぐっと涙を堪えていた。

 「お母さん……」


 「玉芳……」 文衛門にも涙がこぼれた。

 「お父さん……」



 「菖蒲、勝来、梅乃、小夜……しっかり三原屋の菩薩になるんだよ」


 禿の時代、そして妓女になっても四人は玉芳の子だった。



 「姐さん……」 三原屋の全員が玉芳の門出に涙を流している。




 「さぁ、行くよ! 最後の花魁道中だ」

 三原屋を出た玉芳に、盛大な拍手が送られる。



 江戸町一丁目から大門は近くである為、一番奥の水道尻まで歩いて折り返すルートにしていた。



 「旦那、少しお待ちを……」 大門の守衛は、大江の分の茶を出していた。



 ゆっくり、ゆっくりと仲の町を歩く玉芳は神々しかった。


 「派手だなぁ……」

 仲の町を歩く人々は、みんな振り返る。



 先頭に玉芳、二列目に祝福をする鳳仙と喜久乃までもが外八文字で歩いていた。


 この噂は吉原中に広がり、他所の見世の客や妓女までもが見物に来ていた。



 「ごめんね……一緒に歩いて貰って……」 玉芳が申し訳なさそうに鳳仙と喜久乃に謝っていると



 「いいのよ……これもウチの宣伝になるしね♪」 喜久乃は、まんざらでもない様子だ。



 そして引手茶屋の前、足を止めて左右の茶屋に礼をする。

 今までの感謝を伝えていたのだ。



 今まで、引手茶屋に礼と言えば金銭の事になるが、この一礼だけでも印象は変わる。 鳳仙は、玉芳が花魁として愛された理由わけを知る。




 そして大門に到着する。

 この大門に集まった者は、数百人いた。



 「お待たせしました……」 玉芳がニコッと微笑むと、


 「あぁ、素敵だったよ」 大江も微笑んだ。




 玉芳がクルッと回り


 「今まで、ありがとうござりんした……玉芳は、これから大江様と歩んでいきんす……」 玉芳は、涙でいっぱいになっている。



 そして、ゆっくりと高下駄から足を下ろすと


 「玉芳――っ」 観客から別れを惜しむ声が響く。


 玉芳は、振り返らずに前へ足をだして大門の外に出た瞬間



 「お母さん―」 大声で叫ぶ声がした。 梅乃である。


 玉芳が足を止め

 (振り返ったらダメ……) 母親の感情を押し殺し、前を向く。



 こうして『吉原の芳』が去っていった。



 “みんな よくな~れっ! ”


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