第二十三話 ニギニギ
第二十三話 ニギニギ
明治に入り、世間の様子がガラッと変わってきた。
それは髷や服装である。
服は和服のままが多いが、髷をしている者がいなくなった。
江戸の頃、吉原の中では刀は禁止されているが世間でも禁止となった。
しかし、変わらないものがある。 ここ、吉原である。
「待て、梅乃―」 「ひゃー」
梅乃が妓女に追いかけ回されている。
「姐さん、梅乃……今度は何を?」 小夜が小声で聞くと、
「アイツ、私の簪を盗んだのさ!」
妓女の言葉に、小夜が首を傾げる。
(梅乃が簪を……?)
その後、梅乃は妓女に捕まり折檻を受けていた。
「大丈夫?」 小夜は、アザだらけになった梅乃を心配している。
「大丈夫。 えへへ~」 梅乃は、顔では笑っているが目が泣いていた。
そして、この折檻は数日続き
「花魁……」 玉芳の部屋に小夜が入る。
小夜は、梅乃への嫌がらせを止めて欲しいと相談に来ていた。
「小夜……それは梅乃が言ったのかい?」
「いえ……」
「それで、何もしないお前が、私に何の用だい?」 玉芳の言葉は小夜の胸に刺さった。
(私、何もしないで泣いてばかりだった…… 本当なら、泣きたいのは梅乃だった……) 小夜が気づくと
「花魁……ありがとうございました」 小夜は走って一階の大部屋に向かった。
(本当に、いい娘たち……) 玉芳は、客に手紙を書いていた。 今でいう営業メールみたいなものである。
そして小夜は大部屋に行き、妓女と対峙する。
小夜は涙を流し、梅乃への嫌がらせを抗議していく。
すると 「お前、禿が何を言ってるんだ? 客も取れず、私たちの売上で飯が食えているんだろ?」 妓女の言葉は尤もであったが、
(でも、負けられない……) 小夜は怯えながらも、妓女を睨んだ。
「おい、何だ その目は」 妓女が小夜に近づいた時
「待ちな!」 そこに出てきたのが玉芳である。
「私の禿に嫌がらせをしているのは、お前か?」
「いえ、泥棒をしたので教育を……」
妓女が説明すると、玉芳が鼻で笑う。
「お前、後朝の別れの言葉……なんて言ってる?」
「また、会えますね……と」
妓女が言うと、玉芳の目が鋭くなる。
「それは、私が考えて言った言葉なんだが……」
「―っ?」
「勝手に真似て、勝手に使ったんだろ? それは泥棒じゃないのかい?」
玉芳が妓女との間を詰めると、妓女は震えだす。
「それに、梅乃や小夜が簪を盗んでどうするのさ?」
そう言うと、妓女は黙ってしまう。
「自分の売り上げが悪いからって、禿に当たるなんて遊女の風上にも置けないね」
玉芳の言葉に、妓女は膝から崩れ落ちた。
「花魁……」 小夜の目から涙が溢れ出てくる。
「小夜、梅乃を迎えにいきな」 玉芳は母の顔になって小夜を送り出した。
仲の町を歩き、小夜が梅乃を見つけると、
「梅乃~ 探したよ……」 声に反応して梅乃が振り返る。
「小夜……」 梅乃が小夜の涙を見つけると、
「えへへ……私も姐さんに立ち向かったんだ。 そしたら花魁が助けてくれたんだけどね」
(小夜、怖かったんだろうな…… 外に出てからも泣いてさ……)
梅乃は大きく息を吐く。
そして仲の町に咲いている大きな桜の木の下で、二人で手を繋ぐ。
”絶対に花魁になろう……“
そう誓いあった。 繋ぎ合った手は、何度も握り返す。
そして、二人の約束の “ニギニギ”が誕生したのだ。
数日後、玉芳が梅乃と小夜に聞いてくる。
「あのニギニギするポーズは何だい?」
その言葉に梅乃たちは驚く。
(見てたんだ……変な事してマズかったかな……)
「変な意味じゃないよ。 ただ、二人がニギニギした後に二人が笑顔になるから気になってたのさ……」
(ホッ……怒られるかと思った) 梅乃が息を落とすと
「これは、前に叩かれたり蹴られたりした毎日の時でした……仲の町の桜の木の下で、小夜と手を繋ぎながら誓ったんです。 「絶対に花魁になろう」って……その手を握った時の真似なのです」
梅乃が恥ずかしそうに説明すると、
「いい話しじゃないか! 私も仲間に入れてくれないか?」
「花魁……だって、花魁じゃ、約束も何も……」
「あはは……そうだな。 じゃ、もう少し高みに行けるようにじゃダメかい?」
玉芳が笑いながら話すと、
「はい。 一緒に行きましょう……まだ、桜は残っていますしね」
梅乃は笑顔で応える。
そして、昼見世が終わった頃
「梅乃、小夜、行くよ」 玉芳が二人を誘い、仲の町の桜の木まで来ていた。
そして真ん中に玉芳が入り、三人で手を繋ぎ
「みんな良くなれ…… 辛くても、苦しくても頑張ろう」 玉芳が言葉にすると、左右の禿は頷く。
そして、何度も手を握ったのである。
約束をした後、吉原の茶屋で団子を食べた三人は会話を楽しんだ。
これは玉芳の母性なのかもしれない。 禿の二人と話しているのが楽しくなっていた。
「しかし、化粧を落とすと花魁ってバレないものですね……」
小夜の一言で、玉芳が茶を吹き出す。
「小夜……」 玉芳は呆れた顔で、小夜を見る。
「すみません……」 小夜が謝ると、玉芳は母のような目をして笑顔になっていた。
「今日の約束ね……私も仲間に入れて貰って元気になったよ」
そう言った玉芳が、少し寂し気な顔をする。
「どうしたのですか?」 梅乃が聞くと
「私も、もうすぐ三十になる……いつまでも花魁なんか出来ないだろうし、いつ三原屋を出されるか分からないしさ……だから、お前たちの元気が欲しくなったのさ」 玉芳の言葉に二人は黙った。
「花魁……コレですよ」 梅乃は手を前に出し、ニギニギを始める。
「そうだね」 玉芳も、手を前に出してニギニギをした。
「戻ろう」 玉芳は、梅乃と小夜を連れて妓楼に戻った。
妓楼に戻った梅乃と小夜は、妓女の身の回りの世話を始める。
「何やってんだい!」 こんな言葉も毎度である。
それでも禿の二人は、ニギニギをしながら支え合っていた。
玉芳を交え、三人で誓い合った約束を果たす為に。
玉芳は心にシコリが残っていた。
(無事に春日姐さんを見送れたし、いいんだけど……)
それは自分の未来だった。 盟友が去った吉原に、自分の未来が映っていないことがシコリとなっていたのだ。
玉菊灯籠が終わってからも、玉芳の人気は落ちることはなかった。
連日のように来る客…… 毎日を忙しくしていたが
「どうしたもんかね……」 采が肩を落としている。
「どうしたんだい? お前らしくないじゃないか?」 声を掛けてきたのは文衛門である。
「お前さん…… いやね、玉芳はいつまで三原屋に居るのかね~。 年季なんか、とうに終わっているんだよ」
「そうだが、俺たちにとっても有り難いんじゃないのかい?」
文衛門が帳簿を采の前に置く。
「あの娘は、私たちにとって最高の夢を見せてくれた娘だ…… 子供の居ない俺たちに神様が与えてくれた最高の娘なんだ。 本当の幸せを決断するまで待ってやろうじゃないか……」
文衛門が言うと、采が頷く。
そして出てくるのが後継者問題だ。 玉芳が引退したら三原屋で二階を使うものがいなくなる。 それは質を落としてしまうことになるのだ。
玉芳も同じことを考えていた。
「私が引退をしたら、誰が三原屋を引っ張るっていうんだい…… それまでは私が……」
そんな事を考えていると、
「花魁、失礼しんす……」 梅乃が入ってきた。
「梅乃、さっき掃除はしたでしょ? どうしたの?」
「えへへ~ これ、花魁に見せようと思って」 梅乃が手を前に出す。
「んっ? 何?」 玉芳が前に顔を出すと
そこに綺麗な模様の蝶がいた。 蝶は、梅乃が手を開くと玉芳の部屋を飛んでいく。
「へ~ 綺麗な蝶だね~」
「そうでしょ~ でも、蝶の命は短いんだって。 だから精一杯に綺麗になるのかも~」
梅乃の言葉で玉芳は気づく。
(これは妓女と同じだ……夜に舞う蝶は短いからこそ精一杯に頑張っていくんじゃないか……長くいてはダメだ)
「花魁?」 梅乃がキョトンとする。
「おいで……」 玉芳が呼ぶと、強く梅乃を抱きしめた。
その後の二人は、手をニギニギして笑いあった。




