第二十二話 決着
第二十二話 決着
八月、玉菊灯籠。 屋根に登った玉芳花魁は采に怒られていた。
「お前、怪我でもしたらどうすんだい?」
「……すみません」 玉芳は怒られながらも外を気にしていると
「聞いてるのか―」 采が怒れど、お構いなしである。
“キョロキョロ……”
玉芳がキョロキョロすると、「何を探しているんだい?」 采もキョロキョロしだす。
「お婆、会計は? 客、いないの?」 玉芳が聞くと
「忘れてた―」 采は慌てて一階に向かう。
「本当に破天荒なんですよね……」 そう言いながら菖蒲が部屋にやってくる。
「お前、張り見世に入らないのかい?」
「今日は顔見せをするなと、お婆から言われて……」
菖蒲は暇になっていたらしい。 慣れ親しんだ玉芳の部屋にやってきてたのだ。
禿を終え、新造になった菖蒲は玉芳の部屋に来る回数が減っていた。
「しかし、魅せますよね。 私なら考えもつかなかったです」
菖蒲がクスクスと笑う。
「春日姐さん、順調かい?」 玉芳が春日を気にしていると
「まぁ順調ですが、花魁と比べると……」
玉芳が聞きながら考え始める。
「花魁……?」 菖蒲が顔を覗きこむと
「しゃーない―」 玉芳が立ち上がる。
(なんか嫌な予感……) 菖蒲は思ってしまった。
一階に向かい、外に出ようとする玉芳に
「お前、こんな時間にどこに行くんだ?」 采が呼び止める。
「散歩……」 玉芳は涼しい顔をして出て行った。
それから仲の町を歩くと
「玉芳花魁……」 色んな声が聞こえてくる。
花魁が昼間に出歩くのは珍しい。 いつもは部屋に入っていることが多いのだが、玉芳はフラフラと出歩いていた。
それは寂しさを隠す為だった。 この玉菊灯籠が最後で、春日が引退をするからだ。
勝たせて華を添えるか、いつも通りにやっていくかだ。
(姐さん……) 玉芳の目が鋭くなる。
(私だって時間がない……出来ることを最高の形で送ってやろう)
これが出した答えだった。
「さぁ、私が三原屋の玉芳だよ! 今宵、楽しみましょう!」
玉芳が仲の町で叫ぶ。 この声に多くの男たちが反応した。
玉芳の周りには数十人の男たちが群がっていく。
「ここに……一列に並んで、手を出しな」 玉芳が合図をすると、男たちは一列に並んで手を出す。
噂を聞きつけた者も集まっていき、百メートル近くになった。
「行くよ」
“パンッ パンッ パンッ……”
玉芳は見知らぬ男たちにタッチをしていく。
普段は話も出来ない花魁が触れた事により、男たちの歓声が上がる。
一瞬のタッチだが、嬉しさでいっぱいになっていた。
そして並んだ全員とタッチし終えると、
「夜、待ってるよ」 玉芳が微笑む。
男たちの数名は吉原を出て行った。 おそらく借金でもしに行ったのだろう。
それを見ていたのが鳳仙である。
「えげつない……」 小さく呟くと、ニコッと笑う。
「益代……じゃない、鳳仙か」
「結構、前ですよ。 襲名したの」 鳳仙が肩を落とすと
「すまん、すまん……」 玉芳が苦笑いで謝る。
「しかし、凄い列でしたね……」
「なんか、私も驚いたわ……」
少し、世間話をしながら時間を過ごし
「じゃ、夜に……」 鳳仙が笑顔を見せると、玉芳も笑顔で応える。
夕方になり、引手茶屋から指名の知らせが入る。
「春日さん、四件から指名が入っています。 玉芳花魁ですが……」 ここで茶屋の若い衆の言葉が止まってしまう。
「どうした?」 采が待っていると、
「た 玉芳花魁……十一件の予約が入っています」
「何だって??」 これには采の目が丸くなる。
三原屋の客部屋は全部で十室。 普段では満席になることはない。
この快挙は玉芳が花魁襲名した時以来となる。
「仕切り板を調達してこい」 采が指揮をすると、
「いらない……」 玉芳が制止する。
そこから別の茶屋からも指名の知らせがやってくる。
「すみません……玉芳花魁の指名なのですが……」
玉芳は腕を前に組み、キセルを咥えている。 表情も変えずに聞いていた。
「お前、どうすんだい?」 采が声を掛けると、
「任せて」 玉芳が茶屋の若い衆に声を掛けると、支度を始める。
「春日姐さんの客は全部入れて。 私は二階の大部屋を使うから」
采は春日の客を部屋に招き入れ、玉芳の帰りを待つ。
玉芳は、勝来、梅乃、小夜を連れて引手茶屋に向かう。
「玉芳ちゃん、こんなに大丈夫かい?」 千堂屋の主人が驚いている。
「ん~ いっぱいだね~♪ じゃ、行こうか」 玉芳は大勢の客を引き連れ、次の引手茶屋まで向かう。
「玉芳ちゃん……後ろが凄いことになってるよ」 こう言うのが川本屋の主人である。
川本屋も千堂屋と並ぶほどの大きい引手茶屋である。
玉芳は全員を引き連れて三原屋に戻ってくる。
「お前……」
なんと、玉芳が連れてきたのは二十人ほど。 現代の金額にすると二千万円を動かす妓女となっていた。
そのほとんどが初見であり、馴染みとは ほど遠い。
(みんな借金してまで来たんだろうな……)
玉芳は前料金を貰い、大部屋に通す。 普段の料金から安くした形だ。
一見さんは花魁と話すことも出来ないが、この日の玉芳は違っていた。
一見は大部屋に入れる。 馴染みの客は個室に案内していった。
「……」 春日は言葉にならなかった。
(これだけの差を見せられたら、悔いは残らないわよ……)
それから玉芳は個室に向かい、酌をする。
順に回ってから大部屋に顔を出すと、一斉に歓声が響く。
「今日はありがとう♪ みんな、手を出して」 玉芳が昼間のようにタッチをしていく。
一見の客は喜びで溢れていく。 そこに酒が運びこまれると、夢の一夜が始まった。 多くの客は大見世に寄ることさえ出来ない。 まさに夢のようである。
こうして玉菊灯籠の決着がついた。
「完敗だったわ……でも、本気で戦ってくれて ありがとうございます」 春日は深々と頭を下げた。
「それで玉芳……お前の取り分だ」 「春日もだ」
二人の前に大量の両が積まれる。
「うわ~」 妓女たちは声をあげる。
「これは年季が終わっている妓女の取り分だ。 若いうちに稼ぐんだよ」
采が言うと、妓女たちに力がみなぎっていく。
「それと、春日が身請けされることになった。 これで妓女として終わりなんだが……最後に三原屋で祝儀を出すからな」
それから数日後、春日の引退式が行われた。
「父様、母様……小見世から引き取って、育ててくれてありがとうございます。 春日は幸せになります」 そして大粒の涙を流した。
「姐さん、おめでとう♪」 梅乃と小夜が抱きつく。
「お前たち……」 春日も一人の母親として二人を抱きしめる。
「姐さんもお母さんだったから……」 梅乃と小夜も声を出して泣いている。
そんな姿を見て、玉芳も涙を流す。
「玉芳……」
「姐さん……」 二人は抱き合って泣いた。
大見世、三原屋を引っ張ってきた二人。 春日の身請けは寂しいが嬉しいニュースとなっていく。
大門で振り返る春日。 そこには大きな声援が待っていた。
「春日― 幸せにな!」 多くのファンが見送った。
「では、おさらばえー」 そして春日の遊女生活が幕を閉じる。
見送った玉芳が三原屋に戻ってくると、片山が話しかける。
「しかし、花魁……あれで良かったんです?」
「あぁ、良くやってくれた」 玉芳は嬉しそうにしている。
玉菊灯籠で稼いだ玉芳の取り分は、全て春日の荷物に紛れさせていたのである。
玉芳が指示し、片山が入れたのだ。
(見世と折半しても五百両……)
当時、両の価値が下がっていたとは言え 一千万くらいの価値があった。
玉芳はポンと祝儀で出してしまったのだ。
「今日も暑くなりそうだね……」
玉芳は澄み切った青空を眺めていた。




