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第二十一話 大勝負

 第二十一話    大勝負



 八月、暑さが真っ盛りの時に三原屋の空気が重くなる。


 大部屋では采を含めての妓女たちの会議が始まっていた。



 「ね~ 梅乃。 これは何の騒ぎ?」 小夜が梅乃の袖を引っ張り、聞いていると


 「ほう……姐さん、やりましょう。 私も全力でやせてもらいます」

 玉芳は春日を睨んでいる。


 「じゃ、次の玉菊が勝負な」 采が決定をすると



 「姐さん、これはどういうことですか?」 菖蒲が玉芳に詰め寄る。


 「どうもこうもないよ。 春日姐さんが戦おうってさ……」

 玉芳が寂しそうな目をして話すと、それを聞いて菖蒲が息を漏らす。


 (なんで、こんなことをしたのです? 春日姐さん……)




 そして玉菊灯籠 前日。 三原屋には沢山の客が来ていた。


 昼見世の時間、張り部屋に入る春日に妓女たちは困惑する。

 「普段、張り部屋に入らないのに……」 こんな声が漏れていく。


 チラッ チラッと妓女たちが春日を見るが、春日は正面を向いていた。


 (なるほどな……) 采は、春日が妓女たちの談笑に加わらずに正面だけを向いている意味を知った。


 それと同じように采と同じ目線を送っていたのが勝来である。

 (きっと、私でも同じ事をするんだろうな……)



 大勢の客が三原屋に集まってくると、 “スクッ” 春日が立ち上がる。


 『おおぉ……』 客たちが歓声を上げる。 

 春日は張り部屋の格子に近づくと、一段と客の歓声が大きくなった。



 「明日、玉菊灯籠でありんす…… 今日も楽しんで、明日に花を開かせましょう」 春日が微笑むと、男性客は歓喜に沸いていった。


 そんな時、妓女の花緒が玉芳の動向を気にしている。

 花緒は閉鎖した近藤屋の妓女だった。 玉芳にお願いをして三原屋で引き取ってもらった四人のうちの一人である。


 「春日姐さんが頑張っているときに、花魁は何をしているんだろう……?」



 その頃、玉芳は……

 「ぐうぅぅぅ……」と、いびきをかいて眠っていた。


 昼見世が終わると

 「ねぇ 春日……どうして、あんな事になったのよ?」 妓女たちは玉芳とケンカになった経緯を聞いている。



 「何もないわよ。 ただ、私も花魁に憧れていただけ……それで本気で戦ってみようと思っただけでありんす……」


 春日が説明すると二階へ上がっていく。 妓女たちはポカンとしながら春日を見ることしか出来なかった。



 (この状況で、玉芳も少しは慌てているかね~) 采は、ニヤニヤしながら玉芳の部屋の襖を開けると


 「ね 寝てる……」 


 采が静かに一階へ降りると、梅乃が采の袖を掴む。

 「ね~ お婆……どうして玉芳花魁と春日姐さんはケンカしたの?」


 そう言って、心配そうに聞いてくると

 「違うよ。 ケンカなんかしていない。 お前が心配することじゃないんだよ」

 説明する采の声は優しかった。



 「そっか……なら良かった♪」 梅乃はニカッと笑う。



 それから時間が経ち、玉芳が起床したところで梅乃と小夜が部屋に入ってくる。


 「花魁……起きましたか?」 小夜がそっと襖を開けると

 「ん~ 良く寝た」 玉芳はスッキリした顔になっていた。


 「良かったです。 掃除しますね」 小夜が窓を開けると

 「いい天気でありんすな~」 玉芳の身体に、午後の光が降り注ぐ。



 「明日……何があるの?」 梅乃が心配そうに見つめる。

 「明日かい? 何もないよ」 玉芳がキョトンとすると



 「でも、春日姐さんと何か言い合っていたから……」

 「あぁ……それは売り上げの競争だよ。 お前たちだって、駆けっこするだろ? そんなもんだよ」


 玉芳が子供にでも分かるように説明すると、禿の二人は納得したようだ。

 「こっちにおいで……」 玉芳が二人を呼ぶ。



 「もし、私が花魁じゃなくなっても…… 母と思ってくれるかい?」

 玉芳が小さな声で言い、二人の肩を抱き寄せると



 「そんなの決まってます。 私たちの母は玉芳花魁だけなのです。 ずっと……」 梅乃の言葉に救われたような顔になる玉芳。 そこに采が入ってくる。



 「なら、私は何だい?」 采がキセルと吹かせて聞くと、



 「それはお婆ちゃんです!」 梅乃が臆することなく、キパッリと言い切る。


  “ゴツンッ―”

 当然ながら、梅乃の頭にゲンコツを落ちていった。



 (だって、みんな『お婆』って呼ぶじゃん……)

 梅乃は頭をさすりながら困った顔をする。


 「そ それで何の用?」 玉芳が聞くと、

 「そうだ。 春日が何でお前に宣戦布告をしたか知っているかい?」

 采が着物の中に手を入れる。


 「知らない……」 玉芳が寂しそうな顔になって


 「これだ……」 采が着物の中から紙を見せると

 「……これは?」


 玉芳が見たものは、春日の身請けの事が書いてあった。

 「姐さん……身請けされるの?」



 「そうだ。 これが年季証文だ……身請け元から金も受け取ってる」

 玉芳は、これで宣戦布告をした意味を知ったのだ。


 「それで、こんなことを……」


 「どうするかはお前が決めな! 任せるよ」 采は一階へ戻っていった。



 「花魁?」 小夜が玉芳を見つめると、玉芳は微笑み二人の禿を抱き寄せた。



 そして夜見世の準備。


 玉芳が春日の部屋に行き、

 「姐さん……玉芳ですが、ちょっといいですか?」 声をかける。

 「どうぞ」 小さく返事が返ってきた。


 「失礼しんす……」

 玉芳は襖を開けると、目を見開く。


 そこには豪華絢爛な衣装に身を包んだ春日が立っていた。

 「本当に綺麗ですね……」 そう言葉を出すのが、着付けの手伝いをしていた信濃だ。



 「姐さん、立派でありんすな~」 玉芳も、つい言葉にすると

 「うふふ、ありがとう♪」 春日も笑顔だ。



 「こりゃ、私の負けでありんすよ~」 



 それから夜見世の時間になり、豪華な衣装で春日は引手茶屋に向かう。

 (おそらく、明日も一杯になるな……)



 酒宴では、玉芳の客が大勢いた。

 春日も負けじと大勢の客を接待している。



 「明日は玉菊灯籠の日だろ? 花魁は何か派手にやるのかい?」

 客が上機嫌で聞いてくると、


 「明日? 玉菊でしたっけ? 何も考えていませんよ……」 玉芳は言葉をはぐらかす。



 多くの座敷を回って疲れた玉芳が、休憩の為に部屋に戻ると


 「ふふっ……寝てるな」

 玉芳は梅乃と小夜の布団をかけ直し、立ち上がる。


 (明日はどっちの方がいいかな……? 春日姐さんに勝たせてあげるのが良いのか、全力で戦う方がいいのか……)


 玉芳は分かっていた。 いくら春日に人気があっても、玉芳の人気とは格が違う。 花魁の肩書きがあるだけで値段も違うからだ。 玉芳が襖に手を掛け、部屋を出ようとする。



 そんな時、梅乃の寝言が聞こえてくる。

 「花魁、日本一…… ムニャムニャ……」 


 「お前……」 玉芳が振り返り、梅乃を見つめる。

 (何、馬鹿な事を考えていたんだろう……) 玉芳は、そっと部屋を出て行く。



 翌日、玉菊灯籠の日。

 朝からソワソワしているのは妓女たちである。


 吉原には派手な提灯が並び、多くの灯籠が出されている。

 朝から多くの客が吉原に足を向け、まだか まだかと開店を待っていた。



 「どれにしようかな……」 多くの妓女は衣装を考えている。 昼見世から指名を取る為だ。


 玉菊灯籠の日は、多くの金持ちもやってくる。 昼見世の時間から夜にかけて宴席を設ける客も多いのだ。


 妓女たちは稼げる日として、目立つようにしていく。



 「失礼しんす―」 梅乃と小夜が春日の部屋に入った。

 「もう掃除かい? 念入りに頼むよ」 春日が笑顔で言うと、


 「はい♪ うわ~姐さん、綺麗~」 小夜が言う。

 「ふふふ……ありがとう」 


 「今日は玉菊ですもんね。 一段と綺麗です」 梅乃も誉めている。

 「花魁は? もう支度は済んだのかい?」 春日が梅乃に聞くと


 「まだ寝ています……」 

 「はい……?」 春日はポカンとする。


 こんな大事な日に、まだ寝ているのかと思った春日の目が厳しくなる。

 (まさか? 手を抜いている?)

 そう考えると、余計に闘志が沸いてくる。



 昼見世の時間。 多くの客が並ぶ張り部屋の前に春日が顔を出すと

 「おおぉ……綺麗だな」 男たちの歓声が上がる。



 「起きてください― 玉菊が始まりましたよ」

 梅乃と小夜が玉芳の部屋の前で声をあげる。


 これは玉芳が起きなかった為、部屋の掃除を済ませていなかったからだ。



 「開けちゃおう」 梅乃が襖を豪快に開けると、

 「ヒャッ―」 玉芳が肩をすくめている。


 「起きていたんですか?」 梅乃が目を丸くすると、

 「静かに入りやがれ!」 そう言って玉芳は梅乃の頭を叩いた。



 (だったら返事くらいしてくれていいのに……)

 梅乃は頭をさすりながら困った顔をする。



 梅乃や小夜が掃除を始める。 窓を開け、ホコリを外に逃がせていく。

 化粧を終えた玉芳が豪華な着物に手を掛け、

 「ちょっと手伝え」 玉芳が言うと、小夜が帯を押さえる。


 「梅乃、もっとキツく帯を引っ張れ」

 そして完成した衣装は、派手で艶やかな着物姿となっていた。


 腰回りを強く結び、身体の曲線が目立っている。


 これには意味があった。

 「よっ!」 玉芳が窓から屋根へ出て行く。 着物は大きな動きをすると帯が緩んでしまう。 だからこそ、キツく締めていたのである。



 そして屋根の上で玉芳がキセルを吹かせながら


 「今日も三原屋にありがとうござりんすっ‼ さぁ、開店だよ~」


 玉芳が叫ぶと、通りの客が振り返る。 三原屋の前には多くの客が集まってきた。


 「ちょっと―」 これには梅乃と小夜が慌てる。 屋根の上から宣伝する妓女を初めて見たからだ。



 「何やってんだ……?」 三原屋の斜め向かいにある大見世の花魁、喜久乃はポカンと口を開けて見ている。



 噂を聞いた鳳仙も三原屋の下まで出てきてしまった。

 「あんな人、見たことない……」 


 そして玉芳はキセルを吹かせながら屋根を歩く。

 その姿は『世間を下に見る』姿で、客からは歓声が上がっていく。



 「なんか外が騒がしいね……」 采が見世の外に出て、客の視線の先を見ると



 「た 玉芳??」 采が驚く。

 玉芳が屋根をウロウロと歩いていると

 「お前、何やってんだい― 早く降りるんだよ!」 采が怒鳴り始める。


 「あ~はっはっ 気分が良いね~」 玉芳は上機嫌に笑っていた。



 その後、橘や片山に引きずり下ろされ昼見世の時間は采に説教されていた玉芳花魁であった。



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