表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/25

第二十話 嫉妬

 第二十話    嫉妬



 菖蒲が新造出しをしてから数日、毎日のように同行が続いていく。

 「菖蒲姐さん、疲れているみたい……」 小夜が声を掛けると


 「まだ始まったばかりだし、慣れない事ばかりだから……」

 小夜に微笑む。


 「うん。 少し寂しいけど、姐さんも頑張ってるんだもん。 私もがんばる」

 小夜が笑顔を見せる。



 (本当にいい子…… さすが玉芳花魁が育てた子なだけあるわ……)


 菖蒲が微笑んでいると、


  “ドンッ―” と、音がして


 「こらっ! 待ちなさい 梅乃―」 妓女の怒鳴り声が聞こえる。

 梅乃が走り回って襖を壊したらしい。



 (う~ん…… 玉芳花魁が育てた子……ね~)

 菖蒲は苦笑いになる。



 菖蒲が新造になると大部屋で過ごすことになる。 もう妓女と一緒だ。

 (今までも子供部屋で四人生活だったけど、これはこれで……)


 少し不安になっている菖蒲に声を掛けてくるのが勝来だ。

 「姐さん、まだ早いのでは?」


 「そうはいかないわよ。 これから立派に妓女にならないといけないし、甘えてばかりじゃいられないわよ」

 菖蒲が言うと、荷物をまとめ始める。



 「そうですか……私は寂しいです」 勝来が着物をギュッと握る。


 「勝来……」


 「私は、姐さんと四人で生活している時が楽しかったし 嬉しかった。 でも、玉芳花魁から寵愛を受けて巣立っていく菖蒲姐さんが……」


 勝来の言葉に菖蒲がクスッと笑うと、

 「何がおかしいのです? 私は嫉妬もするし、寂しい気持ちもあります」



 「ありがとう……でも、遠くに行ってしまうような台詞ね。 同じ見世だし、ずっと居るわよ」 菖蒲が微笑む。


 「そうですけんど……」 勝来の目に涙が浮かぶ。


 「それに、お前は来年には私と同じ立場になるんだよ?」



 「あっ! そうでした」 勝来は舌を出して微笑む。


 そんな会話を陰で聞いていた玉芳は、そっと部屋に戻っていく。



 夜、玉芳の客は大江だった。

 「今日は、いい飲みっぷりでありんすな~」 玉芳は、酒が進む大江を心配している。


 「あぁ……なんか落ち着かなくてな」 大江が酒を口にする。


 「なんかあった?」


 「いや、ただ焦っている……」

 「何に?」 玉芳が大江の顔をのぞき込むと


 「お前が、日に日に母の顔になっていくところがだ……」

 大江が言うと、玉芳は黙ってしまう。


 「そ そうかしら……?」


 「玉芳、お前を嫁にもらいたい……」

 「えっ? 本気で言ってる?」


 嫁にもらう……それは身請けである。 玉芳は勢いのある、売れっ子花魁。 身請けするには大量の金がかかる。


 それに采も素直に了承しないだろう。 まだ一人の娘が巣立っただけで、三人の母親代わりとなっている玉芳は複雑な心境になっていた。



 「大江様、本気で言っているのかい? こんな女郎を妻にする気?」

 玉芳が大江を見ると、


 「なんだ、寝てるのか……」 玉芳は大江を布団で横にさせる。

 (ちょっとドキッとしたわ……) 



 翌朝、浅草寺の鐘が鳴ると大江の目が覚める。

 隣には玉芳が大江の肩に頬を寄せて眠っている。



 「俺、言っちゃったよな……でも、本気なんだ」 大江が小さい声で呟くと、玉芳の目が開き


 「本気でありんしたか……」 玉芳が微笑むと、布団から起き上がる。



 「すまん……」 大江が謝ると、

 「それが男でありんす。 花魁を身請けできる人は限られています。 普通なら妻子がいて、妾に……となりんすが 大江様は一人ですもの。 嬉しい言葉でありんした」 玉芳がお茶を入れ、大江に差し出す。


 「玉芳……」


 「これでも男たちの相手をしてきた身……心に留めておきます。 まずはお互いに仕事を一生懸命しましょう」


 こう笑顔を出し、玉芳は大江を見送った。



 「花魁、おはようございます」 梅乃と小夜が入ってくる。

 「おはよう♪ いつも朝早くからご苦労さん」


 「あまり飲み過ぎてないですか?」 小夜が玉芳を気遣うと、

 「大丈夫よ」 玉芳が窓を開ける。


 「ここから掃除しますね」 小夜が雑巾を持つと

 「いい……まだ朝のお天道様を浴びたいんだ……」 玉芳の顔が朝陽に映る。 そこには眩しいくらいの笑顔があった。



 掃除が終わると梅乃たちは別の部屋に向かう。


 「おはようございます。 失礼しんす」 大きな声を出して梅乃が春日の部屋に入ると


 「やかましい― 静に入れ!」 春日が叫んでいる。

 「す すみません、姐さん―」



 朝から賑やかな三原屋に、玉芳はクスッと笑い布団に入っていく。



 昼過ぎ、玉芳の部屋に采が入ってくる。

 「お前、子供達も育ってきた。 そろそろ自分の幸せも考えたらどうだい?」



 「何それ? 私は充分に幸せよ?」 玉芳がキョトンとすると


 「お前の年季なんだが……もう終わってたんだ」 采が暗い顔をする。

 「へっ? まだ数年しか働いていないけど……」


 「あの爆発的な働きで子供達の分まで払い終わっていたんだよ。 それに生活費は微々たるもんさ。 もう自由にしていいよ」


 采が下を向く。 玉芳の目には寂しさと今後の不安が頭をよぎった。



 翌日から玉芳の態度が一変する。

 衣装も派手になり、身体を大きく見せるような佇まいをするようになっていた。


 「玉芳花魁……」 仲の町で喜久乃が声を掛けてくる。

 「里……いや喜久乃、どうしたの?」


 「いや、『どうしたの?』じゃないよ。 どうしたんだい? そんな格好で」


 喜久乃がイメチェンした玉芳を気遣うと、

 「どうしたも何も、これから派手に行こうかと……」


 「なんかあった? 相談のるよ」


 そう言われても玉芳は黙ったままだ。 これに喜久乃が

 「まさか……梅毒かっ?」


 すると喜久乃の頭に大きなタンコブが出来る。

 (そんな思い切り叩かなくても……) 



 「終わった……」 玉芳がポツリと言葉を漏らす。

 「まさか、妊娠か? それで馬が終わったとか……」


  “ポカンッ―” 二度目のゲンコツは喜久乃も堪えたたようだ……

 『シュン……』 泣き顔の喜久乃を見ると、


 「年季が終わった」 玉芳は寂しそうな顔をする。


 「早っ― ほんの数年で??」 喜久乃の目が丸くなる。



 それから数分の沈黙の中、喜久乃が

 「それで? 吉原を出るの?」


 「ううん……考えてない。 むしろ、ずっと三原屋に居たい……」

 玉芳が本音を吐く。 これは初めての吐露であった。



 「まぁ、玉芳花魁は三原屋の……いや、吉原の代表みたいな花魁だからね……」

 喜久乃が優しく言うと


 「黙っててね」 玉芳は喜久乃と離れ、一人で散歩をしていく。



 「お~い~ら~ん」 梅乃と小夜が走ってくる。

 「お前たち」


 「えへへ~ お掃除が終わりました♪」 梅乃と小夜が笑顔で報告すると、

 「お団子でも食べようか?」 

 そして三人で手を繋ぎ、千堂屋に向かっていくのであった。



 妓楼に戻った喜久乃は

 「さすがだな……今度は私も……」


 嫉妬の渦巻く吉原に、新たな闘志を燃やす女がいた。



 それからも玉芳は普通の顔をして遊女生活を送っている。

 「菖蒲~ 今夜の宴席だけど……」 玉芳が声をあげると、

 「花魁、菖蒲姐さんは新造です。 一階に居ますけんども……」


 「そうだった。 勝来、今夜の宴席の仕出しを頼んできておくれ」

 「わかりました」


 (ここ最近の玉芳姐さん……どうしたんだろう?)


 それからの玉芳は、気が抜けたようになっている。



 「はぁ……」 空を見ては ため息をついている。

 「おい…… お前はボーッとしている暇があるのかい?」 玉芳が気づくと、采が立っていた。


 「お婆……」

 「お前、年季が明けたからと言って母親の仕事を忘れているんじゃないのか?」


 「―っ!」 


 「まだ三人、子供がいるだろ。 しっかりしな!」

 采は、抜け殻になった玉芳に喝を入れに来たようだ。



 (私たちもそうだった……ひとつの目標を達成すると気が抜けるもんだ。 ここからが大変だが、私たちも準備しておかないとね……)


 采が目標にしていたのが大見世であり、達成してからモチベーションが上がらずにいた。 そんな時、一人 気を吐いていたのが玉芳だ。


 その甲斐もあり、三原屋はトップの見世となったのだ。



 しかし、妓女が頑張る理由は年季である。 この借金を返してこそ本当の自由が手に入る。


 『苦界十年』と言われたものを、玉芳は七年で返しきったのだ。

 目標を見失った玉芳は、暗闇の中を彷徨っている気分になっていた。



 そんな時、それを見抜いていた者がいる。 春日だ。


 春日は小見世から移籍してきた中級妓女である。 生え抜きの玉芳に気遣い、花魁を譲ったものの闘志は消えていなかった。


 (わかってる……これは何年も抱えてきた嫉妬だ。 生え抜きの玉芳に何年も抱えてきた嫉妬なんだ……)


 春日が拳を握りしめ

 「最後に一花、咲かせてやろうじゃない!」


 立ち上がっていくのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ