第十九話 娘の成長
第十九話 娘の成長
「おはようございます」 小夜が小さい声で玉芳に声を掛ける。
「おはよう」 玉芳の目覚めが良かったようだ。
「今日は目覚めがいいですね」 小夜がホッとすると
「いつも悪いみたいじゃないか」
「そりゃ、いつも返事しないで足を出したりしているので……」
「うぐっ……」 玉芳は言い返せずにいた。
梅乃と小夜も八歳になり、禿としての仕事も様になってきた。
「ここ最近はお婆に怒られないかい?」 玉芳が心配して聞くと
「私は大丈夫ですが、梅乃ちゃんが……」
「んぐっ―」 梅乃が苦しそうな顔をする。
「お前、今度は何をやったんだい?」
「ホウキで虫を取ろうとして壺を割ってしまいました……」
(またか……)
以前にもホウキを振り回して壺を割ったばかりだった。
「お前はどうして……」 玉芳が言いかけると梅乃が言葉を被せ、
「あそこに置いてあるのが問題なんだよな~」 そう言ってしまう。
「んな訳ないだろ!」 梅乃は玉芳からゲンコツを貰った。
翌日には
「待て、梅乃―」 妓女が梅乃を追いかけていると、
「どうしました? 姐さん……」 玉芳が春日に聞くと、
「アイツ、私の部屋を掃除して障子を破ったままにしやがって」
(何やってんのよ、あの子は……)
玉芳が春日の部屋を覗くと三カ所の障子が破れていた。
(これは遊んで破いたな……)
玉芳は段々と梅乃の行動パターンが読めるようになっていた。
「姐さん、この障子は私が弁償しますから……」
「そう? なんか花魁にさせるのも気が引けるわ」
「すみません……娘が不出来で……」 玉芳が謝ると、
「何、自分だけが親になった気でいるのよ」 春日は微笑む。
「えっ?」
「みんなで育てた子供たちじゃない。 あの子たちは三原屋の子でしょ」
春日も親の気持ちだったことを知ると、
「ありがとうございます」 玉芳はホッとした気持ちになる。
「それに、もうすぐ聞こえるわよ」 春日が笑う。
「えっ?」
「こら、梅乃― お前は何回言ったら分かるんだ!」 采の怒鳴り声が聞こえると
「ひゃ~ ごめんなさい、お婆~」 一階では、采と梅乃のバトルが繰り広げられていた。
玉芳が手で顔を覆う。
少し経った後、玉芳の部屋で梅乃は説教されていた。
「お前は少し小夜を見習ったらどうだい? 毎日、お婆に怒られていないか?」
「すみません……」 梅乃がシュンとすると
「花魁、失礼しんす」 部屋に入ってきたのは菖蒲である。
「どうしたの?」
「あの……近々、新造出しをするらしく……」 菖蒲がか細い声で言うと、
「うひょ~」 玉芳が声を出して喜ぶ。
「やったね~ もう、そんな歳になったか~」
「あの……それで、一緒の酒宴に参加しろと お婆が……」
「私にだろ?」 「いいえ……松代姐さんにと」
菖蒲が言うと、玉芳の顔つきが変わる。
「ちょっと言ってくる」 玉芳が部屋を出ていくと
「あの、菖蒲姐さん……どうして花魁は怒っているのでしょう?」
梅乃が聞くと、菖蒲は首を横に振る。
一階では、
「どうして私の宴席じゃないのさ?」 玉芳が采に怒鳴ると、
「うるさい! お前だって禿を多く抱えているじゃないか!」 采も怒鳴り返している。
周りに妓女たちは、声も掛けられずに見ているだけだ。
「とにかく、禿は私の娘です。 新造出しは私の宴席だからね!」
そう言い残して玉芳は二階へ行ってしまう。
すると、梅乃が采の横に行き
「困ったものですね……」 呟くと
「お前が言うな!」 采が梅乃にゲンコツを落とす。
結局、玉芳は強奪をするように菖蒲を自身の酒宴に入れてしまう。
(やりたい放題なんだよな……) 菖蒲は、憧れの玉芳の凄さを身に染みるようになっていく。
この日、菖蒲のデビューは大江だった。
だからこそ菖蒲を入れたかったのだ。
「今日、菖蒲が新造出しです。 これで経験を積めば妓女としても頑張っていける……」 玉芳が大江に説明をすると、
「なんか、俺だけが玉芳から菖蒲ちゃんの初めてを見るんだな~」
大江は嬉しそうに話すと、
「妓女の最初は許しませんけどね……」 玉芳が釘を刺す。
「あはは、そりゃそうだ」
「大江様は私だけ見てりゃいい!」 玉芳が強気に言ってのけると、
「お~ 怖いな」 大江は笑っている。
(とにかく凄すぎて勉強にならない……) 生真面目で、勉強熱心な菖蒲には豪快な玉芳は参考にならなかったようだ。
“パンパンッ―” 玉芳が手を叩く。
すると、スッと襖が開く。 そこには赤飯を持ってきた片山が入ってくる。
「お待たせしました。 これは花魁からの奢りだそうです」 片山が頭を下げて座敷に置く。
「潤さん、貴方もどうだい?」 茶碗によそった赤飯を渡す。 そして大江と菖蒲にも渡し、
「弥栄~♪」 と、全員が大声で叫んだ。
すると菖蒲の目から涙がこぼれる。
「あらあら……」 玉芳の目は母親だった。 それを大江が見ている。
「すっかり母親だな」 大江は嬉しそうだ。
夜も遅くなり、菖蒲は玉芳の宴席を退出する。
「ありがとうございました」 菖蒲は微笑んで部屋を出ていった。
「これで、あと三人だけど勝来はどうかな……」 玉芳がため息をつく。
「問題なのかい?」
「ううん……あの子は表情を出さないから分かりにくいのよね~」
「どんな子だったっけ?」 確かに大人しい勝来は、大江のイメージには残っていなかった。
そこに梅乃と小夜が入ってくる。
「花魁…… なんか眠れない……」 こう言ってきたのが小夜だ。
「あらあら……母はお仕事。 お前たちは眠れなくても布団に入っていなさい」 玉芳が優しく声を掛けると
「は~い」 二人は大人しく戻っていく。
「なんだか俺も親になったような気になったよ」 大江は笑う。
「馬鹿ね」 玉芳もクスッと笑った。
夜も更け、落ち着いた頃に大江がモジモジしている。
「どうしたの?」 玉芳がキョトンとすると、
「なんか、玉芳との子供が欲しくなったというか……」
大江の言葉に、玉芳の顔が赤くなる。
「そういうのは年季を考えられるようになったら、かな……」
玉芳の言葉に、大江は言葉を飲み込んだ。
朝、浅草寺の鐘が鳴る、
「おはよう」 大江は早くに目覚めていた。
「ん~ おはようございます」 寝ぼけ眼の玉芳が声を出すと、
「もう時間だから、先に行くよ」 大江が身支度を整えると
「ちょっと……」 玉芳が飛び上がって起きる。
「花魁……朝でありんす……」 勝来が朝の知らせにやってくる。
「入って」
「失礼しんす……」 勝来が部屋の襖を開けると、
「君が勝来ちゃんだったか……」 大江が笑顔を見せる。
「はい。 よろしくお願いいたします……」 勝来が頭を下げると、
「花魁を ゆっくり寝かせてやってくれ」 そう言って、大江は三原屋を後にする。
「花魁、何かあったのですか?」
「わからない……」
玉芳は布団に入り直した。
朝、菖蒲は昨日のデビューを日記にする。 会話、雰囲気などを紙に書いていく。
「お前は熱心だな~」 采が言うと、
「花魁に憧れて芸子からやってきました。 その憧れが近くにいて勉強にならない訳がございません……」
すると妓楼の中でバタバタと音がする。
「はっ― こんな時間か」 菖蒲が立ち上がると
「菖蒲姐さん、勉強してていいですよ」 そこには梅乃が立っている。
「梅乃……そんな訳にはいかないだろっ―」
「大丈夫です。 掃除の仕方は菖蒲姐さんから習いました。 今度は姐さんが勉強しててください」
梅乃は二階の廊下の雑巾がけをはじめる。
「みんな成長してるんだな……」 菖蒲がボソッと呟き、勉強の続きを始める。
そして、玉芳は問題の次女に目がいく。
「勝来……お前の新造出しはいつ……?」
「すみません、まだ決まっていません……」 スンとした態度の勝来に
「お前、ここの暮らしはどうだい?」 玉芳が心配して聞くと
「特に問題ありません。 しっかり奉公していますので」
「あっ そう……」 勝来の毅然とした態度に拍子抜けしてしまう玉芳である。
(やっぱり、わかんない娘だね……) 玉芳がため息をつく。
「今夜も宴席に出ろって……」 菖蒲が心配そうに言うと、
「ほう……また私のだね。 客は誰だい?」
「いえ、今日は花魁ではなく春日姐さんの宴席です」 菖蒲が言う。
「あのクソ婆ぁ……またウチの娘を……」 玉芳に怒りがこみ上げてくると、
「今回は私がお願いしました」
「へっ? なんで? 私じゃダメなのかい?」
「いつまでも親離れが出来なくなってしまいます。 それに、遠い存在の花魁より課程の段階も見ておきたいので……」 菖蒲が毅然として言うと、玉芳は言葉を失ってしまう。
「では、行ってきます」 菖蒲が頭を下げると
「ちょい待ち!」 玉芳が箪笥をガサガサと漁る。
「今日、これを付けなさい」 玉芳が簪を菖蒲に渡す。
「花魁……」
「娘の成長を喜ばない訳ないだろ。 しっかり勉強しておいで」
玉芳が微笑むと、菖蒲は玉芳に抱きついた。
「……」 襖の外、黙って着物を握る勝来がいた。




