【74】異世界社長、どうやら人を操ってるっぽいです
「……君が私の下で働くことになるからだ」
カミシロさんは、まるで当然の未来を語るかのように微笑んだ。ちなみにセイワ共和国の王太子は隣でニコニコしているだけだ。
これではどちらが上の立場かわからない。正直不気味である。
「いやぁ、ですから僕、今普通に暮らせてて、満足してるんですけど」
俺が苦笑いすると、彼は肩を竦める。
「カワグチさん。貴方、自分の価値を理解していないでしょう?」
「価値?」
「ええ。貴方のスキルは、この世界の物流、経済、都市構造そのものを変える力だ。……正直、国家一つでは抱えきれませんよ」
なんだか急に、カミシロさんのプレゼンが始まってしまった。
「だからこそ、もっと大きな市場が必要なんです」
「市場?」
「ええ。大陸全土です」
セインさんが横で笑顔のまま目を細めた。
「へえ。それで?」
うわー、セインさん、めっちゃ怒ってる! まあ確かに、大陸全土なんて、将来的にラングスチアの領土も貰うって言ってるようなもんだからな。
この人絶対煽ってるだろ。なんでこんなに強気なんだ?
「ラングスチアは我が国に比べてまだ領土がそこまで広くない。発展速度に限界がある。だが、セイワ共和国なら違う」
カミシロさんは、まるで投資家にでも説明するような口調で続ける。
「私は人も、金も、組織も動かせる。貴方はモノを生み出せる。──組めば、この世界を変えられるんですよ」
(うわぁ……)
なんだろう。ブラック企業の説明会みたいになってきてるんですけど。
「いや、あの、お断りしますけど」
俺がそう言った瞬間、その場がシーンと静まり返った。
隣でセインさんもニッコリと笑っている。
「もうちょっと建設的なお話が出来るかと思って時間を取ったんだけど、残念だな。それに、領土がうんぬん言ってるけど、国力や武力はラングスチアの方が上なんだからね」
そう言って冷たい目でカミシロさんを一瞥した。
ペロは、あまり話を聞かずに、出されたクッキーをはぐはぐ食っている。
まあ、確かにカミシロさんの話は大した面白くもなかったが……。
「はははっ! まあ今のは最終的な理想の話ですよ。それより、セイン様。改めて、カワグチさんがうちの国に自分から来たいと言えば、ヴァラとセイワ共和国の国境について、今の条件を受け入れます。どうですか」
「冗談じゃない。うちの国にメリットが何もないじゃないか。堂々と正面から会談したいって言ってくれたからこちらも時間を作って譲歩したけれど、僕の買い被りだったようだ」
セイン様はもう帰って欲しそうだ。
「……なるほど。どうやら私が少し急ぎすぎたようですね」
そう言って、カミシロさんは柔らかく笑った。
「ええ。流石に突然国を移れって言われても、僕としても困ります」
「そうですよね。失礼しました。では、せめて一つだけお願いしても?」
その瞬間、ペロの耳が何故かピクリと動く。
何かを感じ取ったのだろうか?
「……なんですか?」
恐る恐る答えると、カミシロさんは机の上に置かれたティーカップへ視線を落とした。
「私は貴方と敵対したいわけではないんです。ただ、同じ世界から来た者同士、今後も友好的でいたいんですよ」
そう言って微笑む。
うん、色々とけしかけてきたのはそっちだと思うんですけど……。
「はあ、それでなんでしょうか?」
「はい。今後、セイワ共和国からの正式な視察団が来た際には、ヴァラのショッピングモールを案内して頂けませんか?」
俺が、チラリとセインさんの方を見ると口を一文字に引き結んでいる。
「あー……。セイン様からお許しが出たらいいですけど」
「本当ですか? 報酬は何がいいですか?」
その言葉に何となく違和感を覚える。
「報酬? そうですねぇ。ラングスチアにもアルカディアにもとにかく手を出さないで欲しいですね」
「わかりました。では、貴方が”私の部下になるまでは手を出さない”。それが報酬でどうですか」
まあ、それなら部下になることなんて絶対ないからいいかな?
セインさんの方をチラリと見ると訝しげな顔をしてこちらを見ている。
確かに、何故こんなあり得ない条件を提示してくるんだろう。
だが、逆に俺が裏切りさえしなければ、手を出されないならいい条件なのではないだろうか。
「わかりま……」
思わず俺がそう言いかけた時だった。
バチィッ!!
「……えっ?!」
突然、カミシロさんの身体から白い光が弾け飛んだ。
「なにっ?!」
同時に、ペロの額に十字の紋章が浮かび上がる。
「お主、今スキルを使おうとしたなっ!」
そう言ってペロが怒りの声を上げて身を乗り出した。
「えっ?! 今のタイミングで?! どうして……」
俺が驚きの声を上げる一方、スキルを返されたカミシロさんは頭を抑えている。
「う、うおおおおお」
「え、ぺ、ペロ?! これってどうすればいいの?」
慌てふためく俺にペロは自信満々に言った。
「知らんっ!!」
隣ではセイワ共和国の王太子がジッと無表情で動かずにいる。なんか逆に怖いんですけど。
チラッとセインさんの方を見ると、頷いていた。
「あのー……。とりあえず帰ってもらってもいいですか?」
俺がそう言った瞬間、スッとセイワ共和国の王太子が立ち上がった。
その顔は人形のように無表情だった。
「──帰るぞ。皆さん、失礼しました」
するとザッと護衛の兵士達も動き出し、カミシロさんを引きずっていった。
その顔は全員同じように無表情だった。
何だか怖い。
「やめろっ、私の命令をきけっ! 良くも”部下”の分際で……」
騒ぎ立てるカミシロさんだけがやけに印象的だった。
その時、一瞬王太子殿下の目に怒りの感情が宿ったのを見た……気がする。
あっという間にセイワ共和国の使者が去った部屋で俺は思わず呟く。
「なんだったんですかね」
「さあ。でも、今のでサンプルは取れた。向こうがスキルをこの部屋で使ったからね」
そう言ってセインさんはほくそ笑み、さらに続けた。
「それに、今ので大きな収穫はあった。カミシロが、セイワ共和国の王太子に”部下”と言っていただろう?
そして、無表情で王太子が動いた。おかしいとおもわないかい? 宰相が王太子殿下に部下だなんて」
そう言われて俺も頷く。
「……確かに! おかしいですね」
「恐らく、表情や言動から、カミシロに操られている可能性が高い」
セインさんは顎に手を当てながらそう言った。
その時、俺の脳裏には、ふと、帰り際にセイワ共和国の王太子の目に怒りが宿ったことが思い浮かんだ。
「セイン様。ですが、さっき帰る直前──一瞬だけ、王太子の目に感情が戻っていたように感じたんですが」
すると、セインさんは少し驚いたような顔をした。
「え? それは本当かい?」
「はい、間違いないと思います」
すると、セイン様は再び思案顔になった。
「ああいう操る系の能力は、大抵、術者が動揺すると緩んだりする場合が多いんだ」
すると、隣でペロが尻尾を揺らした。
「ワシがスキルを返したことで、ナツキの指示に王太子が確か従っておったよな……」
確かにそうだ。俺が帰って欲しいと言ったら、急に命令されたかのごとく、「帰る」と言い出したんだっけ……。
すると、ペロがさらに続けた。
「つまり、あのカミシロという男──今めちゃくちゃ焦っとるんじゃないかの」
その言葉に俺は思わず目を見開いた。
「でも、結局わからなかったんですよね。カミシロさんは俺があの人の部下になるまで、アルカディアにもラングスチアにも手を出さないと言った。逆に言えば、俺が『部下』になると確信しているように見えた。何故だろう」
すると、セインさんが顔を上げた。
「……もしかして、あの会話の中にヒントがあったのか? いずれにしても、次はもっと強引に来る可能性が高いな」
そう言われて、俺は思わず頭をかかえてしまった。




