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第115話 ログレイドの誓約

ガルドリアの玉座の間――


「早くアルデオリスと魔獣召喚の責任者を呼んで来んかぁぁーーっ!」


オリンポス三国会議から帰還したアークリオス三世は、玉座の前で鬼の形相を浮かべ、仁王立ちしていた。


剥き出しの殺気と焦燥に、広間に控えていた侍従たちは、あたふたと視線を泳がせている。


そこへ、一人の侍従が息を切らして駆け込んできた。


玉座へと続く階段の下、赤いカーペットの上に膝をつき、額を床に擦りつけんばかりの勢いで報告する。


「お、恐れながら申し上げます!アルデオリス侯爵は現在、城外におられるようです。また、召喚装置の責任者ですが……半月ほど前から姿を見かけていないとの情報にございます!」


「なんだとぉぉぉーーーっ!」


報告を受けたアークリオスの顔が、みるみる赤らんでいく。


「使えんやつらだ!首に縄をつけてでも引っ張ってこい!」


その場で地団駄を踏むアークリオス。


「それにしても、オルギーの奴め、予に恥をかかせおって。魔獣が倒されていただと?そんな重大事、なぜ予に報告せんのだ!」


アークリオスの脳裏にあるのは、先日の三国会議で味わった屈辱だった。


ラグナメアのオルギー将軍に足元を掬われ、召喚した魔獣がルダルと異世界人に屠られたという事実を、三国の前で突きつけられたのである。


その失態の責任を追及しようにも、肝心の腹心も技術者も姿を消している。


侍従たちが逃げるように退いていく中、アークリオスは苛立ちを隠せぬまま、まるで他のことなど目に入っていないかのように、玉座の間の大扉を睨みつけた。


すると、その扉が開かれ――


「これは、これは……どうなされましたかな、陛下」


場違いなほど落ち着いた声が、玉座の間へ響いた。


アークリオスは声の主を見るなり、


「お、おぉ、モルード公爵。いや何、ちょっと配下の者どもが失態を演じましてな。大したことではないのですがな……」


と、取り繕うように平静を装った。


玉座に座りなおし、一呼吸置く。


「して……今日は何用ですかな?」


と、モルードに顔を向ける。


「ご挨拶に参りました。これからアシュベルトへ帰ろうかと思いまして」


「おぉ、そうでしたか。で、滞在中はご満喫いただけましたかな?」


アークリオスが身を前に乗り出す。


「えぇ、大変満足いたしました。ただ……」


モルードはラグニアのいない窓辺のテーブルへ視線をやり、


「最後にラグニア殿にお目に掛かれなかったのは残念でした」


と微笑んだ。


その視線につられ、アークリオスも席を見る。


「ラグニアがおらんではないか!」


思わず苛立ちが漏れる。


だがモルードは動じない。


「まぁ、致し方のないことですな。それでは、陛下。失礼いたします」


軽く会釈し、モルードは玉座の間を後にした。


その後もアークリオスは、


「どいつもこいつも……わしを馬鹿にしおって……」


と歯ぎしりしながら、ラグニアのいないテーブルを睨み続けていた。


 


――


 


ガルドリアの市街――人影の少ない路地を、フードを深く被った黒づくめの男が歩いていた。


男はある空き家の前で足を止めると、周囲を一瞥し、扉を開けて中へ入る。


その様子を、気配を消して少し離れた場所から窺う女がいた。


ラグニアである。


彼女は家の前へ歩み寄り、左手の親指と人差し指を合わせ、口元へ持っていく。


「“氷縷ひょうる”」


静かに呟き、息を吹きかけた。


すると指の間から細い氷の糸が伸び、音もなく扉の隙間へと滑り込む。


男は奥の部屋へ進み、床を足で叩いた。


コツ、コツ、コツ――。


三度の音とともに床が開き、地下へ続く階段が現れる。


男が下りると、床は再び閉じた。


その直後、氷の糸も隙間へと潜り込む。


階段を下りきり、男は扉を開いた。


「遅かったな」


低い声が響く。


部屋には丸いテーブルが一つ。


中央にはロウソクが灯り、三つの席のうち二つが埋まっていた。


「すまない、カイザルグ」


黒づくめの男が席につく。


「それでアルデオリス……考えは決まったのか?」


カイザルグが問うと、アルデオリスは視線を返した。


「決まるも決まらないもない。問題はラグニアだ。あの女の真意が読めない。我々寄りか、王族寄りか、それとも――第三者か」


言い終える前に、


バンッ!


カイザルグが机を叩き、立ち上がった。


「もういい!それは聞き飽きた!もう限界だ。このままでは、この国の民は冬を越せん。そうなる前にアークリオスを討つ」


吐き捨てるように言い、部屋を出ていく。


アルデオリスは動かない。


残った男が、静かに口を開く。


「私が釈放された時から、時は動き始めている。ミルファはカイザルグと誓約を交わしていたからな……」


「あぁ、わかっている……ログレイド」


アルデオリスは天を仰ぎ、息を吐いた。




空き屋の外で氷の糸を介して盗み聞いていたラグニアは、わずかに息を詰めた。


「ログレイド!?……ですって?」


その名は、魔獣召喚の際に魔素として命を使われたはずの男のものだった――。


直後、階段を駆け上がる音。


ドンドン――。


ラグニアが即座に右手の親指と人差し指を離すと、音もなく氷の糸が砕け散った。


そして彼女は、何事もなかったかのように身を翻し、路地を歩き去った。


その後、空き家の扉が開き、カイザルグが飛び出し、ラグニアとは逆方向へ駆けていったのだった。




――




ガラガラガラ――。


一台の魔馬車が、アシュベルトへの道を急いでいた。


その中で、モルード公爵は憮然とした顔を浮かべている。


「まったく……無能な王には困ったものだ。なぜ私が、あのような者の下に甘んじていなければならんのだ」


杖で床をコツ、コツと叩く。


「まぁ良い。あのような無能はいずれ消える。そして、私がこの国の王になる日も遠くはない」


杖の動きを止めると、いやらしい笑みを浮かべたモルード。


「その時は、あの色欲のラグニアも……わがものに」


その瞬間だった。


「残念だが、その夢は叶わないな。なぜなら……」


声と同時に、魔馬車の扉が開かれる。


「お前は、ここで死ぬのだからな」


エルフの姿をしたミルファが、銀の柄の短刀を手に飛び込んできた。


「な、何者だ!無礼であるぞ!」


モルードが叫ぶ。


だが次の瞬間、その身体は崩れ落ち、魔馬車の床が真っ赤に染まった。


そして、倒れたモルードを見下ろし、ミルファが囁いた。


「カイザルグ……“ログレイドの誓約”は果たしたぞ」


――この事件の報せは、ほどなくガルドリア全土を駆け巡った。


そして、やがてそれは動乱へと変わっていく――。

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