第113話 強欲の理、そして三国会議
七つの大罪、強欲のプレオナがガルドリアをたってから間もない頃――
オーガ族の広大な領域の北側。
そこは、この世界でも屈指の魔素濃度を誇る特異な地帯である。
溢れ出す魔素は植物を異常な速度で成長させ、日光を遮るほどの巨木が幾重にも重なる密林を作り上げる。
その異様さによる独特の静寂があった。
だが、その静寂を破る、地を揺らす獣の咆哮と野獣同士がぶつかり合う獰猛な音。
跳ね飛ぶ鮮血は、極彩色の花弁に飛び散り、どす黒く変色していく。
強力な野生の狼型魔物が二つの群れに分かれ、互いの喉笛を食い破らんと凄まじい戦いがそこにあった。
そして、この魔物たちの凶暴さは自然のものとは思えないほど、常軌を逸していた。
呼吸は荒く、筋肉は異様に膨張し、体表からは濃密な魔素が滲み出している。
まるで、何かによって過剰に強化されている。
だが、それだけではない。
一方の群れは、さらにその上を行く異常さがあった。
統一されすぎているのだ。
個としての意思が希薄になり、まるで一つの意思に従っているかのように。
その異質な群れの中央で、一人の男が悠然と立っていた。
その男の名は、七つの大罪、強欲のプレオナ。
彼は、顔色一つ変えず、その惨劇を眺めていた。
そして、プレオナが鼻を鳴らすと、彼に従う狼たちが一斉に牙を剥き、対立する群れを瞬く間に蹂躙した。
最後の一匹が喉笛を食い破られ、断末魔を上げたところで、ようやく凄惨な喧騒が止んだ。
だが、プレオナの瞳に宿るのは勝利の喜びなどではなく、何十頭もの骸が転がっている光景への愉悦であった。
「第一段階は終わったか。だがここからが私のスキルの真骨頂だ」
プレオナが低く、乾いた声で呟く。
すると、たった今勝利を収めたはずの狼たちの大半が、まるで何かに取り憑かれたように一斉に走り出した。
彼らは一切の迷いなく、樹々に隠れた断崖へと向かい、次々と奈落の底へ身を投じていく。
谷底からは、遅れて断末魔の咆哮が響いた。
「いい。実にいい……」
逃げるでもなく、戦うでもなく、自ら死を選ぶ。
「相手を殺せば生きる。殺せなければ死ぬ……それだけのルールだ」
相手を仕留めた魔物たちは、その瞬間、何かが外れたように足を止めた。
直後、奈落へ身を投じていく同胞の姿を目にし、魂を抜かれたような怯え方でプレオナから距離を取るように後退りをすると、ほぼ同時に後ろを振り向き、恐怖に駆られるように密林の奥へと逃げ去っていった。
「終わったか」
そう呟くように言うと、プレオナの視線は、巨木の根に激突して無惨に砕けた鉄製のコンテナへと向けられた。
ラグナメアの紋章が刻まれたその残骸の周りには、引き裂かれたパラシュートの布切れと、あたり一面に散らばる大量のマナ・インジェクターが転がっている。
「……」
プレオナは不快そうに唇を歪め、散乱した器具の前まで歩み寄ると、
「オルギーとフトノスの奴……面倒臭い落とし物をしていってくれたな。魔物たちがドラッグ漬けになっているではないか」
と言って、ブーツの底でそれを踏みつけた。
だが次の瞬間――彼の口元が釣り上がる。
「お陰で、面白くて仕方がない!」
そう言って、両手を広げて天を仰ぐと、濃厚な魔素の密林地帯に、高らかな笑い声が響いたのだった。
オリンポス神殿のとある広間――
冷徹な静寂が支配する円卓の間。
そこでは今、世界を揺るがす三国会議が執り行われていた。
円卓では、エルメゼリア国代表のユペリスとラグナメア国の将軍オルギーが対面で座している。
彼らの隣にはガルドリア国国王のアークリオス三世が、そして上座には、オリンポス神のサイヴァスが座っていた。
「……そ、その、魔獣の召喚については非常に順調でございます。我が国の科学者たちも総力を挙げ、ラグナメア殿の装置を最大限に活用しておりまして……」
アークリオスの声はどこか浮き足立っていた。
彼はもじもじと指先を動かし、各国の首脳陣へ報告を続ける。
「強欲のプレオナ殿も魔族界へ出立し、偵察を開始しております。我が国の魔族対策に抜かりはございません!」
自信なさげに終始オドオドしていたが、顔ににじみ出る卑屈さを隠しきれず、アークリオスは言葉を締めた。
だが、対面に座る屈強な男――オルギー将軍は、鼻で笑うことすらなく、冷ややかな視線を王へ向けた。
「……アークリオス陛下。貴公は、自分の足元で何が起きているかも把握していないのか?」
「な、……なんですと?」
アークリオスの顔から血の気が引く。
オルギーは、大袈裟に両手を上に向け、肩を窄めると、
「我が方の諜報網によれば……エルシアの森とルムの里付近で、妙な一団が動いている。その中心人物が、元ゼルヴァス十傑の一人、牙咆のルダルと、正体不明の異世界人だ。奴らは、陛下が"順調"と仰る魔獣共を、片端から屠っている可能性がある」
「な……ッ!? ルダルが生きているだと!? それに異世界人だとぉ!?」
寝耳に水の報告に、アークリオスは椅子から転げ落ちんばかりに驚愕した。
その無様な様子を一瞥し、オルギーの隣に座る怜悧な顔立ちの男、ユペリスが口を開く。
「……オルギー将軍。それは確かな情報か? 」
「あぁ、我が国のバナムの死亡が確認された」
オルギーの低い声に、ユペリスの眉がピクリと動く。
「なに?あのバナムか?それなりの功績と実力を持つ男だったと記憶しているが……」
「ああ。少なくとも、野生の魔物ごときに遅れを取るような男ではない。それに、ドーピング剤の使用を許可しておいた。あいつの実力であれば、魔獣の一匹や二匹を倒せるほどのものだ」
オルギーは、アークリオスを一瞥して続けた。
「その男を、ルダルとその異世界人が葬ったとすると、旧型の魔獣召喚装置で召喚した魔獣たちも同じ道を辿っていると考えていいだろう」
オルギーの言葉に、広間に緊張が走った。
アークリオスは「ひぃっ」と小さく声を漏らし、もはや報告どころではない様子で震えている。
ユペリスは顎をさすり、思案にふけった。
「それが事実ならば、即時対処が必要だろう」
と言って、サイヴァスの方を向く。
「どういたしましょうか?」
円卓の最上席に深く腰を下ろし、それまで一度も口を開かなかったオリンポス神、サイヴァスが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、焦燥や驚きは微塵もない。
ただ、絶対的な強者が持つ底知れぬ静寂だけがあった。
「まぁ、プレオナさんの報告を待ちましょう」
穏やかではあるが、どこか冷めきったサイヴァスの声が、広間の空気を覆い尽くしたのだった。




