第111話 お兄ちゃん
パチパチと焚き火の音が、静かな夜の森に響く。
アマトたちは、次の目的地への道中、野営の準備を終えてくつろいでいた。
「……にしても、さっきの連中、やたらと強かったな」
魔物の肉を食べながら、ルノアがふうと息を吐く。
「ああ。やはり今までの虫どもとは段違いだった」
エメルダも肉に喰らいつきながら頷く。
「ねぇ、ルダル。これも人間界に近くなって、魔素が濃くなったからなの?」
「あぁ、そうだ」
ルノアの問いにルダルが短く答えた。
「ふーん、そうなんだ」
そう言って、ふと、ルノアがミィナの方へ向いた。
「……ところで」
視線の先では、ルクピーが相変わらずミィナの膝の上で丸まり、すっかり抱っこ状態になっている。
「森と里を出たあと、ひょっこり現れてついてきちゃったけど、大丈夫なの? 森の守り神みたいな存在だったんでしょ?」
ミィナはルクピーを見てにっこりと笑うと、その背を撫でながら言った。
「大丈夫よ。いざとなれば、他の村の人たちがすぐに駆けつけてくれるわ。ねぇ?」
のんきに答えるミィナに対し、リーファが鼻で笑う。
「いいじゃない。今頃、あのルーインは大慌てでルクピーを探し回ってるはずよ。いい気味だわ!」
ルノアとエメルダはお互い顔を見合わせると、呆れ返った。
「そんなことよりさ!」
リーファが身を乗り出し、目を輝かせる。
「次のオーガの村って、どんなところなのよ?」
「ああ、そういえばお前、旅立つ前の打ち合わせにいなかったもんな」
ルノアが呆れたように言うと、ルダルが重々しく口を開いた。
「オーガの村は、人間界と隣り合わせの場所に位置している。古くから人間界の干渉を最も強く受けてきた場所だ。だからこそ、獣族以上に武術に誇りを持ち、強さを求め続けた。……そして何より」
ルダルが一息つくと、
「……最も異世界人を敵視する連中だ」
と力を込めて言った。
リーファの表情が固まるも、ルダルに訊ねた。
「……どうしてそんなに嫌ってるのよ?」
「理由は二つ。一つは、異世界人であり“七つの大罪”の一人、”強欲”のプレオナに、村人を惨殺された過去があること。もう一つは、村の戦士が、プレオナの卑怯な手によって殺されたからだ」
「……戦士?」
「あぁ……その戦士の名はソウスイ。かつてオーガ族最強と謳われ、私と同じく、ゼルヴァス十傑に名を連ねた男だ」
「……!?」
リーファが驚き、尋ねる。
「ってことは、ルダルが知ってる人はもういないの?」
「いや、もう一人いる。同じく十傑の一人、ゲンマ……殺されたソウスイの弟だ」
「……」
一座に沈黙が流れる。
ルダルはアマトをまっすぐ見据えて続けた。
「したがって、これまで以上にアマト様に対する反発は必至だ。彼らにとって、異世界人は村の仇も同然なのだからな」
「でも、異世界人だからって、アマトはあいつらとは違うわ!」
リーファがアマトを庇うように声を上げると、ルダルの眉毛がピクリと動いた。
そして、彼女はアマトの顔を覗き込み、同意を求めるように言った。
「いざとなれば、力で制圧しちゃうのもアリってことよね。ねぇ、アマト?」
アマトは火の粉を見つめたまま、何も言えずに黙り込む。
その様子を見ていたルダルがリーファをたしなめる。
「リーファ。アマト様を呼び捨てにするのはダメだ」
ルダルの指摘を受け、一瞬戸惑うも
「そ、それも、そうよね……うーん、うーん」
と言って悩みだすリーファ。
そして、はたと思いついたように顔が明るくなると、
「じゃぁ、こういうのはどう?”おにいちゃん”」
とあっけらかんと言ってのけた。
「「なにぃぃーーー!?」」
驚き飛び上がったのはルノアとエメルダだった。
「いや、ちょっと待て!」
「そうだ。それはおかしいぞ!」
リーファにつかみかかる勢いで言い寄る二人。
「えーっ。いいじゃん。なんか、いまさら”様”ってのも呼びづらいし、かといって呼び捨ては確かに良くないこともわかる。だから一番しっくりくるのが”お兄ちゃん”!」
「いいわけないでしょ!」
特に、アマトの真の目的が前世の妹を探すことであることを、唯一知るルノアは、わずかな優位に縋るように、顔を真っ赤にして猛反対する。
「そうだ!お前より長く付き合いのある俺たちが”様”を付けて呼んでいるんだ。後から来たお前がそんな親密な呼び方をするのは、羨ましすぎ、いや、反則だぞ!」
エメルダも腕を組んで鼻息を荒くした。
そんな二人の様子に笑顔のミィナが割り込んできた。
「あら、いいじゃない。ミィナさんが呼びやすいように呼べば。それに、”お兄ちゃん”ということは、恋愛対象にならないでしょ?だから、あなたたちとはライバルにならないと思うの」
ミィナの言葉に、二人は互いを見合って一瞬制止する。
「そ、そうか……そうだよね。考えてみれば、体型的に妹みたいなもんだし」
「お、おう。実は俺は始めからそう思っていたぞ!」
どこか勝ち誇った顔に胸を張る二人。
そして、今度はリーファが少し恥じらいながら、
「あと、ミィナさんは……ミィナお姉ちゃん」
上目遣いでミィナを見た。
「まぁ、私がお姉ちゃん!?」
嬉しそうに笑うミィナを見て、顔が明るくなるリーファ。
その様子を見てルノアとエメルダが意地悪そうにニヤつく。
「なるほど。ってことは、ミィナはアマト様の兄妹ってことだな」
「残念だったな。ミィナ。お前もライバルから脱落だ」
そしてさっきよりさらに胸を高らかと上げ、勝利を確信している二人がいた。
ところが――
キラリッ!
リーファの眼が鋭く光る。
「義・理・の……お姉ちゃん」
その意味を瞬時に理解したミィナは、顔を赤らめると、
「いやだ。リーファ”ちゃん”たらっ!」
と言って、手を頬に当て顔をそむけた。
「…”ちゃん”って、おまえ……。さっきまで”さん”って……」
「ん?どういうことだ?兄がアマト様?ミィナが”義理”?」
まだリーファが仕掛けた”口撃”を理解できない二人がそこにいた。
そこへ、ひょうひょうとした顔で、
「つまり……アマト様とミィナさんが夫婦ってことですね」
とジルクが言った。
「「なんだってぇぇぇーーー!?」」
二人が声を揃えて叫ぶ。
「どう?アマトお兄ちゃん?」
そう言って、アマトに問いかけるリーファ。
「あ、あぁ、いいんじゃないか」
アマトは、赫夜にそっくりな顔のリーファから兄と呼ばれたことにより、むしろ違和感なく受け入れたのだった。
ルダルが少し微笑むと、
「アマト様が許すのであれば私はこれ以上何も言うことはありません」
と静かに言った。
そして――、
「「えっ、えぇぇーーーっ」」
衝撃を受けた二人は、背中合わせのまま、へなへなとその場に崩れ落ちていった。
アマトの精神空間では――
『おい、アマト。お前、まんざらでもなさそうだな』
カオスへの回廊の入り口で引っかかっているゼルヴァスがニヤケながら突っ込んできた。
『い、いや……別にどうということはないさ』
珍しく、アマトが言いよどむと、
『いいじゃない。アマトちゃんだって気持ちが和らぐでしょ?』
『まぁ、そうだな。お前も、人並みなところがあるんだな!』
アマトを戸惑わせたことに喜ぶゼルヴァスであった。
『しかし、リーファは200歳ぐらいなんだろ?それが妹なんて笑えるな!』
と言って、ガハハ、とゼルヴァスが笑う。
『あら?年齢なんか、関係ないわよ。私なんて、こう見えても、150億歳?ん?200億歳?あれ何歳だっけ?まぁ、いっか。たいして変わらないから150億歳よ!まだピチピチの乙女よ。エッヘン』
と、腰に手を当て胸を張るティアマト。
『……お前。俺の前世の宇宙の年齢より生きているのか!?』
驚いたアマトが問い返すと、ティアマトは、ぴょんぴょん跳ねてはしゃぐ。
『それは当然よ。だって、私がアマトちゃんの前世の宇宙を作ったんだもの。ねっ、すごいでしょ!』
アマトとゼルヴァスの一瞬の沈黙。
『『なんだって!?』』
あまりの発言に二人は思わず叫んだ。
『おいおいおい。お前、宇宙とやらを作ったって言うことは、逆に消滅もさせられるじゃないか?』
冷や汗を垂らしながら、ゼルヴァスが訊ねた。
『はぁ?馬鹿なのゼルヴァスちゃん!私は、作ることはできても、破壊することはできないのっ。ていうか、作ることしかできないのっ。破壊だなんて……野蛮ね、ゼルヴァスちゃんは。それに、作ることしかできないから、アマトちゃんに魔素回収も手伝ってもらっているんじゃない。でも、そのおかげで、オリンポス観光気分味わえているけど。うふっ♡』
ノー天気な回答をするティアマトであった。
『……つくづく、お前が残念系女神であってよかったと思うぞ……。魔王である俺様を凌駕する存在があってはならぬからな』
ゼルヴァスがため息をつくと、アマトも
『あぁ、その通りだな……』
と小さく頷いた。
現実の世界では、ルノア、エメルダ、リーファが、まだ言い争っていた。
そんな三人を見て、ミィナ、ルダル、ジルクが微笑んでいる。
その輪の中で、アマトもまた、柔らかく笑っていた。
“お兄ちゃん”。
そう呼ばれた響きは、思っていたよりもずっと、悪くなかった。




